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トーキョー魔人界隈  作者: キノコェ
2章 2022年3月
12/17

□2-3 あるバイト

 ハルトは潜入するバー『みちる』について簡単に調べた。昼はカフェで、夜はバーの業態を取っている店だった。バイトの求人は夜だけで、夜七時から深夜一時まで。

 時給は相場より高いが、ざっと見たところやる作業が多く、接客もキッチンも雑用も全部が対象。臨機応変に動ける経験者を歓迎している。

 いまどきこんな求人誰も来なくねえか、とぼやきながら、そのバイトの面接を受ける準備を進めた。


 履歴書を印刷してリュックに詰め、面接用のリクルートスーツを着て『みちる』の店のそばまでやってきた。アポ取りは電話で完了しており、午後二時に終わる昼の営業の後に面接の予定だ。

 店はシンジュクの繁華街から少し離れたビル街の脇道を奥に入った通りにある。

 その他にも近くには二軒、老舗の風格がある中華料理屋と、入りやすそうな居酒屋がある。この道をさらに抜けていくと住宅の多い区画が広がっていくため、おそらく色々とちょうどいい立地。

 店『みちる』の前には、黒いエプロンをつけた店員らしき赤い髪の女性がいた。店の入口の脇のビルとのスキマに向かってしゃがみ、箱らしきもの見つめて手をかざしている。

 中が見えないタイプのネズミ取りのようだった。


「ネズミ。苦手なんですか」


 ハルトが後ろから声をかけると、女性はしゃがんだまま背筋を伸ばして振り返った。


「唐辛子くらい苦手」


 滑舌がよく聞きやすい声。

 しかし苦手の尺度がわからない。

 女性はネズミ捕りを無視して立ち上がり、ハルトに向き直る。


 セミロングのゆるいウェーブの赤髪が目立った。濃い赤のフレームの四角い眼鏡越しには大きな緑色の瞳が揺らめき、ハルトは目を奪われたような気になった。

 女性は整った容姿であったが、その部分に見惚れたわけではなく、その瞳の光が妙に気になった。

 なにかが絡みつくような奇妙な感覚があるなかで、ハルトはどうにか言葉を取り戻した。


「えっと……バイトの面接で来ましたハイジマです。そちらのお店の方だと思って声かけちゃいました」

「あー、電話の!」


 女性は目と口を大きくあけた。金色の輪の形をしたイヤリングが光った。女性は店の入り口を見ると、ぴたりと止まってすぐにネズミ捕りを見下ろして、むっと口を閉じた。


「俺そういうの大丈夫なんで捨てますよ」


 女性は口をぽかんと開けて、右手の人さし指を立てた。


「さ……採用……?」

「……とりあえず中入りませんか」


 ハルトはネズミ捕りを持った。中に『居る』感覚がある。女性はバックヤード側から入るようハルトを連れ立って、所定のゴミ置き場も確認してネズミ捕りを捨てた。そのまま事務所やロッカー、小さめの倉庫の説明までさらりと済まされてしまう。女性は説明慣れしている様子だった。バイトの出入りが多いためだろう、むしろ頼もしい。


「手はよく洗ってね。なんなら手さえ洗えばいいよー」


 キッチンで手を洗い、キッチン内の設備も説明された。食器洗い器があるので、前の居酒屋よりは効率よく働けそうだと勝手に納得した。


 カフェバー店内の説明のついでということで、店内の端の二人掛けの席へ案内された。見回すと、カウンター席が八席、ソファ席とテーブル席が数席ある程度で、キャパシティはニ〇席程度だった。カウンター周りには酒。壁に沿った棚には酒。カフェの様相はあまり感じられない。

 カフェらしい雰囲気としては、入り口付近にある大きな緑色の観葉植物や、小さな鉢に入った極彩色の植物がいくつかあるのと、コーヒー用の食器があるくらいだった。

 ハルトがリュックから履歴書を差し出すと、女性は丁寧に受け取り、椅子に座るよう促してきた。


「私はアカギ・カギリ。オーナーが親族なので、名前で読んでくださっていいですよ」


 この女性は「みちる」じゃないんだ。となんとなく思った。また、ヨシノの言っていたオーナーというのも彼女ではないらしい。


「改めて。ハイジマ・ハルトです」

「よろしくー」


 軽い返事である。二人で席につき、お互いに背筋を伸ばして座り直した。カギリは履歴書をざっと眺めて、首を右に傾けた。


「二〇歳。フリーターさんですね」

「全然タメ口使ってください」

「ありがとー。ウチ魔人のお客さま多いんだけど、ハルト君も魔人っぽいし慣れてるかな」

「シンジュク暮らしなので魔人には慣れてますけど、俺は汎人ですよ」

「え?」

「えっ?」


 カギリは驚いたように眼鏡を下にずらし、ハルトを見て動きを止めた。瞳の緑色が光る。


「失礼。みまちがえた」

「見間違えるもんなんだ」


 眼鏡をかけ直すカギリ。


「じゃあハルトくん。だいたいでいいので、どれくらいの期間働けそう?」

「あー……半、年?」


 早速引っ掛かってしまった。ヨシノから不倫写真撮影の張り込みの時に言われたが、何か生活圏外の事を『それらしくやる』ときには、何をしている人間でどんな目的でそこにいるのかは決めておけと言われていた。

 しかし目的なく生きているフリーターだ。誤魔化しても仕方ない。


「ちなみにウチは人手不足なので、もっと長くいてもらっても大丈夫だよー」


 大丈夫とは言うが。ハルトは一瞬考えた。


「ちなみにバイトがすぐ辞めちゃうとか見ましたけど、そのへんは」


 カギリは履歴書をテーブルに置いた。


「へー。誰から聞いたの」


 無表情だとちょっと怖いタイプの顔つきだった。ハルトはことも無げな表情を意識して鼻から息を吐く。


「ネットの口コミに書いてましたよ。入れ替わり激しいからさみしいみたいな」


 ヨシノが二週間前にしれっと地図アプリのクチコミに書いている。彼が似たような案件で、とっかかりとしてたまにやっている手口だ。

 カギリは目を丸くした。


「ありゃ? そんなの書いてくれる人いるんだ。へー、すごいなー」


 シチュエーション次第では怪しすぎるが、事実ではあるようだ。


「アルバイトの子に辞める理由は逐一訊いてないから、店長としては問題の認識はないかなー」


 ハルトは特にリアクションを取らずに、カギリの持つ履歴書を見つめた。


「それで。ぶっちゃけ雇ってもらえますか? 正直に、時給よくて稼働時間がちょうどいいのでお願いしたいです」

「うん。居酒屋経験アリで受け答えもサクサクしてるし、キッチンの使い方もだいたいわかってそうだから。時給とか服装は求人の通りで、試用期間はなし。シフトはまた考えるけど、いつから来れそう?」

「なんなら今日でもいけます」

「んー……。今日来れるならお客さまとして来てもらおうかな。お代は私がもつし、雰囲気とかはわかってもらったほうがいいと思う」

「雰囲気?」

「クチコミとかあるなら知ってるかもだけど、ちょっとウチの店ってクセあるから」

「わかりました。夜に飲みにきます。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げて顔をあげると、カギリが両手で頬杖をついてハルトを眺めていた。


「ね。ハルトくんってお酒強い?」

「まだ飲みたてですけど、普通だと思います」

「よかった。たすかるー」

「え?」


 ◇


 夜の営業の開始に合わせて『みちる』に直行するのも気恥ずかしい感じがして、『みちる』のそばにある中華料理屋で腹ごなしをしてから向かうことにした。この店もバーと同じく、深夜まで営業しており、出前もしているらしい。

 中華料理屋『天竜』のカウンターでハルトがチャーハンを食べながらビールを飲んでいると、後ろのテーブル席の男性二人の会話が聴こえてきた。


「次ってまたあそこ? 俺は別の店行きたい」

「近いから便利なんだよ歩いて帰れるし。別って言っても、おまえが推してるシンジュクプラチナム街の店、シーシャしかいいとこ無いだろ」

「ぐったりシーシャ満喫できるからいいんだよ。ハマりすきてヤバい。三日に一回は行くし常連だらけ」

「シーシャって中毒性あんの?」

「しらんけど。おまえだってそっちの店、店員の子と話したいだけだろ」


 若めの年代のようだった。二十歳そこそこのハルトよりいくつか上の様子である。


「話したらめちゃくちゃ飲まされるから話はしない。遠目に見ながら飲む。カワイイから」

「キモいねぇ」

「おまえこそ酔ってきたらいっつも店長さんに話しかけるじゃん。キレーな笑顔でスルーされて、注文だけは速攻で対応してもらってよ」

「酔ってるから覚えてない。店長が美人なことは覚えてる」

「いやダメだ、オレら見た目の話しかしてねーわ。さっさと癒されに行こう」

「だなー、遅い時間だとたまに怖そうなの来るし」


 ハルトは中華スープをゆっくり啜りつつ、スマートフォンで時刻を確認した。そろそろいい時間だ。わりと普通の人も通っているようだが、遅い時間の客層は確認しておく必要がありそうだ。


「つーか明日仕事だから、バーッと行って飲んで寝るぞ!」


 ちりんちりん、と男性二人が店から出ていく音がした。


「……すみません、杏仁豆腐ください」


 仕事か。

 結局ヨシノの言われるがままになっている自分に気づき、一旦デザートを頼んだ。すぐにスプーンと共に出てきて、甘い物を口に含みながらハルトは少し考える。

 ヨシノに流されながら行動をする自分について、一人になるたび思うところはあった。


 現在シンジュクで暮らしてはいるが、このままシンジュクでヨシノと共に、あるいは独りであっても、無目的にフリーターで居続けるつもりはなかった。


 ヨシノが悪い人間だとは思っていない。しかしハルトとしては、自分自身がずっと付き従うような立ち位置の人間でもないとも思っていた。今回のような話も自分なりに受け止めて、自分の意思で手伝いをするつもりだった。

 ただ、このような仕事を続けた先にどうしていけばいいのかは、まだ見当がついていなかった。


 ハルトは将来に迷っていた。

 そのきっかけはとても単純な話だ。


 父親の再婚相手が魔人だった。

 だから、警察官になれなかった。


 ニッポンでは魔人は警察官になれないが、親族に魔人がいる汎人でも同様に、安全や機密上の理由で警察官にはなれない。

 ハルトは中学の進路面談でその事実を初めて知った。ぼんやりと考えていた進路の指針が知らぬ間に閉ざされていた。公務員にはなれないこともないが、警察となると話が違ってくるとのことで、汎人であった担任教師も複雑な表情を浮かべていた。


 ハルトは誰かの助けになりたいと強く考えていた。

 小学生の頃。母と妹が事件に巻き込まれてすぐ。ヨシノに連れられて警察官たちに世話になり、その仕事ぶりをそばで見てから、漠然と。


 当時の警察官たちのように、顔もよく知らない者を助けられる人間になりたかった。当意即妙、一意専心というべきスピード感と責任感。彼らの真剣な表情に、悲嘆にくれる時間が惜しいとすら思わせてくれた。

 奪われたからと顔を伏せることもなく、怒りをあらわに喚き散らすのでもなく、与えられた状況で何をすべきかを考えることが大事だと実感した。


 あのときの警察官のような人間になるにはどうしたらいいか。それを警察官ではない今の生活のなかでも考えていた。

 けれど考えすぎるほどではない。不意にまた行き先が見えなくなった時、きっとなにかを恨んでしまいそうになる。

 不相応にやさぐれてみてもロクなものにならないのは、高校生活の三年間でよくわかっていた。


 ヨシノに付き合って行方不明の魔人を探すのも、なんらかの人助けになるだろうかと考えていた。

 過去の経験から魔人はあまり好ましくはないけれど、そんな私情を乗り越えられる者こそが、知らない誰かですら助けられる立派な人間なのではないかと考えている。

 そんな輪郭のない理想だけはあった。

 ハルトはいまの日々のなかで、その形を探すべきだと考えていた。


「杏仁うま……これって自家製ですか?」

「違いますよ通販です」


 しらなくていいこともあるなぁ。グラスのビールを空にして、ハルトは会計を済ませた。


 ◇


 カフェバー『みちる』の店の表にはガラス窓もあるため、人影くらいは見えた。ざっと見ると半分くらいの席が埋まっていそうな様子で、ハルトも客として入店した。

 ドアには大きな鈴がついていた。勢いよく開けると、がらんっ、と結構な音がした。客はほどほどに会話をしていて気にされず、ハルトはカウンターのほうへ近づく。昼の女性、カギリの姿はなかった。

 わずかに聴こえるジャズ風の音楽を背景に、ソファのあるテーブル席のほうでは、げらげらと笑う男性たちの声がしている。


 店内は暖色系の灯りがともり、カウンター後ろの棚は日中と同じく、たくさんの日本酒に焼酎、ウイスキーやバーボン、クラフトビールの瓶がずらりと並んでいた。昼にも来たが夜のほうが狭い印象がある。棚の一部はボトルキープ用で、結構な数がキープされており、すなわち常連の数ということになる。

 あっ。とテーブル席のほうで女性の声がして、パタパタとハルトへ近づいてくる足音が聴こえてきた。


「ごめんなさい気付かなくって。おひとりですか」

「ひとりです」


 返事をしながら女性を見ると、ハルトは少し驚いた。


「とりあえずビール?」


 例の動画の女の子に似ていた。

 ピンク色の厚底スニーカーを履いた白黒のメイド服の姿だった。なぜメイド服なのだろう。

 白いカチューシャの乗る頭は、真っ黒なロングヘアをツインテールにして、その髪の先端に向かってゆるいウェーブがかかっている。骨格は華奢だがすらりと身長があり、女性としては平均よりも高い。

 肌は白く、何か塗っているようにも見えた。唇は淡いピンク色で緩い笑みを湛えている。瞳の周りは長い睫毛と、控えめな黒いアイシャドウ。


 なにより目を惹くのが、大きな紫色の瞳。

 カギリの緑色とも違った異質を感じた。彼女が例の魔人ならば、魔人の性質のせいなのかもしれない。


「お? あたしそんなにかわいいか」

「きみはいきなりなにを言ってるの……」


 彼女は白い歯を見せて笑った。高めの声質や笑い方、口調から察するに、ハルトとあまり年齢が変わらないような印象だった。


「こっちみて固まってんじゃん。いいならビール持ってくるね」

「じゃあ生で。お願いします」


 はーい、と店員は大股でするりとカウンターへ向かって、ビールサーバーからグラスへ注いでゆく。

 ハルトも居酒屋経験があるが、作業に慣れているのは分かった。ビールを注いで当然のように丁度いい厚さの泡を作りつつ、店内の様子にアンテナを立てているのが表情でわかる。所作に余裕があった。


「どーぞハルトくん。雑なお通しでごめんね」


 カウンター越しにどんとグラスが置かれ、菓子の小袋も小皿に乗って出てきた。


「名前……? ……俺が新しいバイトなのバレてたんだ」

「カギリさんに聞いてた。あたし勝手に履歴書みたし、目つき悪いからすぐわかったよ。あとカギリさんは一瞬だけラーメンの出前の受け取りに抜けてるから、すぐ戻ってくるよ」


 さっぱりした笑顔を見せ、彼女は別の客に呼ばれた。


「あたしキルカ。よろしく」

「よろしく。俺はハイジマ・ハルト。『くん』付けはいいよ」

「じゃーお互いタメ口呼び捨て! あたしたちほぼタメ!」


 手を軽く振って、すぐにキルカは客の方にさっさと向かった。彼女は男達を一方的にボコボコにできるくらい強い魔人であるはずだが、気安い雰囲気で安心した。

 いつか見た覚えのある顔といつか聴いたような声である気がしたが、バイトするにあたって、彼女の暴行動画を何度か見ていたからだろうとハルトは結論付けた。


「――あっはっはっはっ! サカモトさんやば! とった魚拓でかすぎだよ!」


 キルカの様子を見ると、バーと呼ばれるものとはちょっと趣が異なっている。店長であるカギリが来れば、少しは雰囲気が変わるだろう。


 しれっと「目つき悪い」と言われたことを思い返しつつ。ハルトはピーナッツをつまみ、喉にキンキンに冷えたビールを流し込んだ。

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