□2-2 潜入捜査
ファミレスのドリンクバーが苦手だった。常に背後で慌ただしく人が動いていて、選択を急かされているような気になる。
迷うのは好きではなかったハルトは、あらかじめ何を飲むかを決めていた。
黒いデニムのポケットに手を突っ込みながら、氷のないグラスにコーラが注がれるのをただ眺める。
席に戻ってくると、ちりちり、と鈴の音が鳴った。
「うおハルト。パフェにコーラはヤバいって」
ハルトが向かった四人掛けのテーブルの向かいに座っているのは、銀縁フレーム眼鏡をかけた痩せた黒髪の男性、ヨシノ・マコトがいる。
カジュアルな紺色のスーツ姿で頬杖をついており、右手には黒い鈴があった。いわゆる宝来鈴のそれは、いつも彼が持ち歩いているもので、ハルトがボサっとしていると鳴らされる。ほぼ犬のような扱いである。
「俺のなかでは正解っすよ。ファミレスではコーラしか飲まない」
ハルトはヨシノと会う時、いつもシンジュクのファミレスチェーン店に来ていた。人を窓から見下ろせたり時間を気にしなくていいという理由だったが、最近は時間制限が課されているため、場所を変えようかという話も出ていた。ハルトはファミレスらしい味がするハンバーグが好きだったので、あまり変えたくはない。
「若者の舌すげぇー。シンジュク甘党界隈調べて記事にしてみるか?」
「アリ。それはアリっす」
ヨシノはインスタントコーヒーを啜った。彼の発言の通り、最近はWEBライターも副業にしているとのことだ。
トーキョー、なかでもイケブクロやシンジュクやハラジュクなどの実態を面白おかしく記事にしてみると、意外と閲覧数が伸びてそれが小銭になるらしい。
魔人はびこる『魔境』と呼ばれるトーキョーは、外部の人間からすればファンタジーな面も多く、一定の需要もある。文章を書くのが苦手なフリーターのハルトとしては、大変な仕事という印象しかない。
本日ハルトがヨシノに呼ばれたのは彼のその副業ではなく、『本業』の用事だと言われていた。しかし会ってからは雑談がほとんどで、その本題にはあまり深入りしていない。
「そんで結局おまえ、家出してから何かしら良くなったの?」
「家出って感じじゃないですって。借りてる部屋も親父が保証人です。十分円満っす。円満な家出」
「円満な家出……? あのな、ちょっと電車乗れば行ける実家からわざわざシンジュクなんて魔境に一人暮らししに来る奴、普通に家出だから覚えとけよ」
実家と仲違いをしているわけではないが、何度も否定するほどでもないのでハルトはコーラを啜った。
「あと家賃は? 今やってるバイトも」
「ヨシノさん近況の話まだ続くんすか? 本題は?」
「これが本題」
「はあ……ワンルームで八万。バイトは引っ越し屋とコンビニと居酒屋です。前に言わなかったっけ」
ヨシノはふーんと呟いて眼鏡を持ち上げた。
「それなら報酬は月一〇万だな。コンビニと居酒屋辞めろ」
稼働日次第では安い気がするが、家賃は賄える。とりあえず腕を組むハルト。
「つき? 内容なんですか」
ヨシノも腕を組み、テーブルの身体を乗り出した。
「潜入捜査」
「げ……ヨシノさんマジで言ってる? なんのドラマみたの」
「悪いめちゃくちゃ盛ったわ。ただ、ちょっと魔人がいっぱい出入りしてるバーでバイトしてみてくれよ、って話」
「俺みたいなフリーターって便利っすよね」
「そりゃおまえハルトだから言ってんだぞ」
全然そうは思えないが、ハルトもテーブルに乗り出してみると、ヨシノは眼鏡を持ち上げた。
「オレは警察やめてシンジュクで情報屋やって長いけど。やっぱ込み入った話に協力してもらうのはそこそこマトモで、そこそこイカれた行動力の奴じゃないと務まらない。下手なヤツに話もってっても全然ダメ。ガタガタうるせえから」
「もしかしておっさんにイカれてるって言われた?」
「だって意外とブレーキないだろ。グダグダ言わねえ」
「迷うのが苦手なだけです」
「しかも昔から喧嘩慣れしてるから頑丈だぜ」
「俺は一方的に殴られるだけなんだけど……」
一応、ハルトとヨシノは長い付き合いだった。
最初の出会いは八年前で、イケブクロでの通り魔事件をきっかけにヨシノと知り合った。ハルトの家族が被害に遭い、ハルトの目撃情報とヨシノの伝手を通じて、警察により通り魔犯を短期間で逮捕するに至った。当時のハルトからすれば、警察より役に立っていたのではないかと思わされるほどに。
彼とはそれ以来の繋がりで、最低でも年に一度はヨシノと顔を合わせ、仕事の都合で毎年変わる彼の風貌をよく揶揄していた。
そんなヨシノと頻繁に会うようになったのは、つい一年くらい前のこと。
ハルトが高校を卒業してしばらく経った後、ヨシノの活動拠点としているシンジュクで一人暮らしを始めたことがきっかけとなり、現在までたまに行動を共にしていた。
自称情報屋の彼のパシリとして、会社役員の不倫現場の撮影をしたり、一つ眼の迷いイヌを探したり、カブキ町の路上で宙に浮く大道芸人の魔人をとある団体にリクルートしたり、無限ハーブと呼ばれる魔業系薬物の取引ルートを追跡したり、政治活動を野次るバイトをしたり、今回のような話をされたり。
報酬もあったりなかったりで、仕事とは果たしてなんなのかを考える日々。
しかし目的もなくフリーターとしてシンジュクに暮らしているハルトとしては、漠然と生きているよりはマシな刺激がヨシノの周囲にはあった。
「そんなおっさんとつるんでんだから多少アレ」
「まあ確かにそう」
「納得しちゃった」
「それで目的。なんですか?」
「そのバー、どうもきな臭いとこが多いんだと」
「きな臭いって、魔人とかヤクザとかの関係? 普通じゃないすか」
ハルトは茶色に染めた自分の前髪を引っ張った。髪が伸びてきている。
「だいたいシンジュク、表通り外れたとこはそんなんばっかだ。他に理由あるでしょ」
ヨシノは口元を押さえて笑った。
「さすがにそう思うわな」
「変質者とつるんでますから」
「……。というわけで、そこのバイトに入ってそれとなーく調べてもらいたいことがいくつかある」
ハルトはスマートフォンを取り出してメモを取ることにした。
「ひとつめ。普通に今言った魔業の件。去年に木っ端ヤクザの鳴牙組がヘマして魔業の大量検挙が起きてから、どこの組織がうまいこと魔業の裏事業をまとめられるか競い合ってる。その手の運び屋が、情報交換に利用してるらしい」
「様子見ることしかできないっすけど了解っす」
「常連だけ覚えときゃいい。これは大した話じゃない」
それなら飲食店でも普通に意識するかもしれない。
「ふたつめ、その店には異常な強さの魔人が働いている」
「へー。ウチの事件の時の人みたいな」
強い魔人と言われると思い出すのは、ハルトの家族を加害した通り魔犯を捕まえていた魔人だ。バイクで逃げた犯人を追い、身体一つでそれを追いかけ、バイクごと犯人を持ち上げて捕まえた男。当時のヨシノによると警察関係者にはたまに居るそうだ。
「一年前の春先、女の子ひとりで複数の男どもをボッコボコに片付けた動画知ってるか?」
「……なんかチラっと見た気がする。ショート動画かな」
「その子が働いてる」
「こえーよボコられるじゃん」
「仲良くなれたらインタビュー記事が書けるぜ。なんならハルトが書け」
「書けっかなぁ……、とりあえず了解っす」
「強い理由もわかりそうなら聞いとけよ。内容次第ではそこで話が変わってくる」
ハルトはとりあえずスマホのメモを書いていく。
「話が変わるっていうのは?」
「その子が『魔法使い』なら、欲しがってる奴らがそこら中にいるだろ」
「……あー。もし居たとしても、国とかが保護してるってやつ」
「なにしろ実験材料にもなるからな」
『魔法使い』と呼ばれるものは、魔人のなかでも特別な存在とされる。
一般の魔人の特性は、道具を使ったほうが効率よくできることや、人間の身体的な活動の延長であるものが大半である。
ハルトの認識では、あくまで『なんらかの道具をあらかじめ自前で持っている汎人』が魔人であり、それ以上でも以下でもない。例えば『素手で懐中電灯が使える』とか、その程度だと考えている。
しかし魔法使いについては、天候を変える、死んだ人間を蘇生する、ある物質を全く別の物質に置き換えるなど、真偽すら怪しい内容が語られている。
『魔法』と呼ばれているそれは、戦争で使われた大規模な魔業と同等か、それ以上の影響を世界に与えるとも。
彼らを見つけた者には国や地方自治体から報酬が出るという都市伝説的な噂も立っており、実際に懸賞金を出している村もニッポンにはある。
ゆえに現代の『魔法使い』と呼ばれるものは、半ば宇宙人やツチノコのようなモノと化していた。
もちろんハルトはそのようなものに出会ったことはない。
「見つけたら人身売買すね」
「そもそもトーキョーは魔人だらけだし、他所の国にも流しやすいって話も聞くだろ。魔法使いに限らずな」
「ほんとひでー話。まぁそんときはそんとき……。っていうか、もしその子がそうだったら、どっかに売るんすか?」
「そこは訊くなよ。わかるだろ」
わからなくはないけれども。ハルトは適当に頷く。
「んでみっつめ、メインテーマ」
「はい」
「そこで働くバイト連中についての調査だ。なんか知らんがバイトがすぐ辞めるそうで、求人が常に稼働してる。今もサイトに求人情報が上がってるぜ」
ブラックなバイトだろうか。
「そしてオレの調べによると、いなくなってるバイトってのは全員魔人」
「おー。俺、汎人」
「しかもこれまた調べによるとだな」
無駄に勿体ぶった様子で、ヨシノは冷めていそうなコーヒーの残りを一気に飲んだ。
「魔人の連中、その後は全員行方不明になってる」
ファミレス店員がチョコレートパフェを一つ運んできた。ハルトはひとすくいして食べる。ジャンキーな甘さが舌に響く。
「それこそ人身売買では?」
「かもな。そんで、バイトの調査絡みについては追加報酬がある」
「追加っすか」
「ちょっとしたツテで依頼されたんだ。どうにかして、そこでバイトしてたウチの家出娘の所在を掴んでくれって案件。依頼人は魔業規制法の厳罰化を推進してる『凪の党』の政治家、ハザミ・ソウスケ。んで娘ってのは、その政治家の、魔人の隠し子だ」
ヨシノはスマートフォンの画面をハルトに見せた。
黒いスーツ姿のスキンヘッドで背の高い中年男性と、サングラスをかけた褐色の肌の女性が身を寄せて並んだ写真が映る。
女性は焦げ茶色の髪を編み込み、エクステンションなのか極彩色のカラフルな髪を束にして垂らしている。服装はデニム主体で露出は多めで、異国のダンサーかとハルトは思った。
「ひと月くらい前から音信不通で行方がわからんとよ。もう大人だからってしばらくは放っておいたそうだが、いつからかバイトも辞めてて、ヌルっと所在がわからなくなっちまったそうだ」
「正直いうと父娘には見えないっすね」
「父娘に見られたくないのかもな」
「思春期すか。名前は?」
「マリア」
「聖母だった」
仮にこの写真が流出しても、イベントか何かの記念撮影のようにも見え、隠し子だとかいう話にはならなそうだ。
「この風貌ならすぐ見つかりそうだけど」
「逆にいえば、この風貌じゃないから見つからないのかもしれねえな」
「たぶんそういうことっすね」
ガチの家出とはなるほど大変な家庭もあるものだ。ハルトはメモを追加する。
「結局バーでのバイトってのは、主にその女の人、マリアさんの手がかりを探すためって理解でいいすか」
「おう。バーのほうはお前に頼む。バイトの出入りが多いわけだし、ヤバそうならすぐ辞めるのもアリだ。一応オレは他を当たっておく。そもそも案件はコレだけじゃねえ」
「つうかヨシノさん、政治家からのツテあんの?」
「探偵業もやってるの知ってるだろ。俺はこの道なげーんだよ」
「……あー。肩書き多いよなぁ、探ったらワサワサ湧いてきそう」
「ゴキブリみたいな言い回しやめとけよおまえ」
あきれた顔で席に座り直したヨシノの鈴の音が、ちりちり、と聞こえた。
ハルトはとりあえず納得して、現在の居酒屋バイトを辞めることにした。
「あともう一つ」
「はい」
「そこのオーナーには潜入してんのバレんなよ。多分めんどくせえから」
「結局潜入なんだ……」




