第7話:魔力発電ダムと「スマートグリッド」の誓い
都市の発展とは、すなわち「エネルギー消費」の増大と同義だ。
魔導バスが走り、ショッピングモールが深夜まで輝き、全戸に魔導コンロが普及したネオ・グラードにおいて、これまでの「個別の魔石消費」に頼ったエネルギー供給は限界を迎えようとしていた。
「アレン様、深刻な問題です。魔石の価格が先月の三倍に跳ね上がっています。このままでは、一般の領民は明かりを灯すことすらできなくなりますよ!」
リディが山積みの請求書を抱えて執務室に飛び込んできた。
魔石はこの世界の電池だ。だが、その寿命は短く、廃棄された魔石は環境を汚染する。急速な近代化を遂げたこの街では、電力……ならぬ「魔力」の需要が、供給を完全に上回っていた。
「わかっているよ、リディ。個々に電池(魔石)を買い足すモデルは、小規模な村までの話だ。この規模の都市を維持するには、巨大な『発電所』と、それを届ける『送電網』が必要なんだ」
「発電……? また新しい言葉ですね。空から雷でも落とすおつもりですか?」
「いいや、もっと安定したソースを使う。グラード川の上流、切り立った峡谷に巨大な『魔力発電ダム』を建設する」
俺はバルカスを呼び、かつてない規模の土木工事を命じた。
だが、今回の工事はこれまでとは勝手が違った。建設予定地には、古くからその水域を守る「水精霊」たちが住み着いており、彼女たちは「川の流れを止める」という暴挙に激しい拒絶反応を示したのだ。
「人間の若造が、聖なる流れを塞ごうというのか! 自然の摂理を乱せば、下流の命は枯れ果て、精霊の怒りが街を沈めるだろう!」
峡谷に響き渡る精霊の警告。領民の間でも、「ダムを作れば祟りがある」という不安が広がり、環境保護を訴える一部の住人たちが工事の中止を求めてデモを始めた。
「アレン様、やはり無理ですよ。精霊を敵に回してまで強行すれば、街の維持どころではありません」
珍しく慎重な姿勢を見せるバルカスに、俺は首を振った。
「親方、俺がやりたいのは『自然破壊』じゃない。『持続可能な開発』だ。精霊たちと、そして反対する住人たちと話をさせてくれ」
俺は峡谷のほとりに立ち、集まった精霊と反対派の住人の前で図面を広げた。
「皆、聞いてくれ。私が作るのは、ただ川を止める壁ではない。これは精霊の力を『循環』させ、増幅するための装置だ」
俺が提示したのは、最新の「多目的ダム」の設計図だった。
「第一に、このダムは『治水』を目的としている。毎年、春の雪解け時期に下流の村が浸水していたのを覚えているだろう? このダムで水量を調整すれば、洪水という悲劇を永遠に消し去ることができる。これは精霊にとっても、守るべき生命が増えるということだ」
精霊たちがざわめく。俺はさらに続けた。
「第二に、水門に配置するのは、特殊な精霊石を用いた『魔力変換タービン』だ。川の流れを止めるのではない。流れが持つエネルギーの一部を、街を輝かせる魔力へと変換させてもらうだけだ。そして使い終わった水は、浄化魔法を施した上で、今よりも清らかな状態で下流へ返す」
俺は土魔法を使い、峡谷の岩肌に完成後のビジョンを投影した。
そこには、ダム湖の周囲に広がる豊かな森と、水鳥が集う公園、そしてダムから供給される安価な魔力で、夜も暖かく過ごす領民たちの笑顔があった。
「精霊の力を搾取するのではない。精霊の恵みを、都市の血液として循環させる。これを『スマートグリッド(賢い供給網)』と呼ぶ。ダムで作った魔力は、魔力線を通じて全戸に送られ、領民はもう高い魔石を買う必要はなくなるんだ」
「……そんなことが、本当に可能なのか?」
反対派の代表が、震える声で尋ねた。
「約束する。もしダムによって自然が壊れるようなことがあれば、私は領主の座を退こう。これは、この街の『千年先の安全』を買うための投資なんだ」
俺の真摯な……いや、ゼネコン社員としての執念を感じ取ったのか、精霊たちは静かに水面へと消えていった。暗黙の了解だ。
工事は開始された。
バルカスたちの職人技と、俺の3D魔法プリンティング、そして精霊たちの協力(水の流れを一時的に変える等)により、半年後、グラード峡谷に壮大なアーチ式ダムが完成した。
送電開始の夜。
ダムから放たれた青白い魔力が、街中に張り巡らされた「導魔線」を駆け巡り、一斉にネオ・グラードの街灯や家庭の魔導具に火を灯した。
「……信じられない。魔石を替えていないのに、コンロが燃えている。街灯が、今までよりずっと明るい!」
リディが窓の外を見て、感極まった声を上げた。
各家庭の魔力消費量は、中央管理室の巨大な魔導パネル――スマートメーター――にリアルタイムで表示されている。需要に合わせてダムの放流量を自動調整し、無駄を極限まで省く。
まさに、「オール魔力化」都市の誕生だ。
「アレン様、ダムの周囲が観光地になっていますよ。精霊たちも、新しくできた湖を気に入ったようで、水遊びをしています」
バルカスが、酒瓶を片手に嬉しそうに報告してきた。
「ああ、親方。エネルギーの自給自足は、独立独歩の第一歩だ。これでグラードは、王都の魔石ギルドに首根っこを掴まれることもなくなる」
俺は手元の計器を見つめながら、次の計画を練っていた。
安定した大電力……いや、大魔力を手に入れた街が次に向かうべき場所。
それは、さらなる高速移動か、あるいは重工業の自動化か。
「アレン様、あまり詰め込みすぎないでくださいね。時間は『時刻表』通りに進んでも、私たちの体力が持ちませんよ」
リディの軽口に、俺は苦笑した。
ネオ・グラード。その輝きは、もはや魔の森の暗闇も、王都の古い権威も寄せ付けないほどに強まっていた。
エネルギー革命。それは、アレンがこの世界に刻んだ、最も「文明的」な足跡となったのである。




