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第6話:魔動バイパスと「秒単位」の衝撃

 巨大ショッピングモール『グラード・セントラル』の成功は、領地に未曾有の富をもたらしたが、同時に都市計画者としての俺に、最悪の頭痛の種を突きつけていた。

 

「……動かないな」

 領主館のバルコニーからメインストリートを見下ろし、俺は深く溜息をついた。

 眼下には、荷物を満載した馬車、移住者の大八車、そして物珍しさにやってきた観光客の騎獣が入り乱れ、巨大な「動かない列」を作っている。


「アレン様、もう限界です! モールへ向かう馬車が交差点で絡まり、今朝から一歩も進んでいないエリアがあります。騎士団が交通整理に出ていますが、馬のいななきと御子たちの罵声で、街の静寂が台なしです!」


 リディが髪を振り乱して報告に来る。彼女の言う通り、現在のグラード領は、急激な経済発展にインフラの「ソフト面」が追いついていない典型的な状況だった。


「リディ。渋滞はただの不便じゃない。それは『経済の損失』だ。一時間の渋滞で、どれだけの商機が消え、どれだけの労働力が無駄になるか考えたことはあるか?」


「け、経済の損失、ですか……。ですが、道は十分に広く作ったはずでは?」


「道の広さだけじゃ解決しない。必要なのは『流れの制御』と『手段の転換』だ。……よし、やるぞ。グラード領・交通革命モビリティ・リデザインだ」


 俺は即座にバルカスと『剛腕工務店』を招集した。

 今回の工事は、単なる道路拡張ではない。俺が設計図に書き込んだのは、二つの大胆な施策だった。

 一つは、物流を都市部から切り離すための「空中高架バイパス」。

 そしてもう一つが、個人所有の馬車に頼らない公共交通機関――「魔導定期バス」の運行である。


「アレン様、この高い壁みたいな道は何だ? 空を走らせるのか?」

 バルカスが、魔法投影された立体図面を見て目を剥く。


「そうだ、親方。重い荷物を運ぶ長距離馬車を、生活道路に入れるから詰まるんだ。都市を貫通する専用の『バイパス』を作り、物流を二層構造にする。さらに、主要な交差点には信号機を置くのではなく、『円形交差点ロータリー』を導入する。信号待ちによるアイドリング……いや、馬の足止めを最小限にするためだ」


 工事は、3D魔法プリンティング技術によって驚異的なスピードで進んだ。

 街の頭上を、優雅な曲線を描く石造りの高架道路が走り始める。それはまるで街を抱擁する巨大な龍のようだった。


 だが、真の衝撃はソフト面にあった。

 俺は魔の森で捕獲した大人しい性格の大型魔物「グレート・トータス(大亀)」に、俺が設計した豪華な客室キャビンを背負わせた。魔力を動力源とする補助車輪を装着し、一定の速度を維持できるように改造した「魔導バス」だ。


 俺は街の各所に、雨避けの屋根がついた「バス停留所」を設置し、そこに一枚の板を掲げた。


「……アレン様、この数字の羅列は何ですか?」

 リディが不思議そうに、その板――『時刻表』を指差す。


「これは『秩序』だ、リディ。このバスは、朝の八時ちょうどにこの場所に現れ、八時三分に出発する。そして次の停留所には八時十分に着く。毎日、寸分違わずにな」


「は、八時……三分? そんな細かい時間は、教会の鐘くらいでしか測れませんよ! そもそも、客がいなくても出発するなんて、もったいないじゃないですか!」


 リディの反応は、この世界の住人として当然のものだった。彼らにとって時間は「だいたい太陽があの位置にある頃」という、極めて曖昧なものだ。


「いいや。時間が守られるからこそ、人は計画を立てられる。計画が立てられるからこそ、効率が生まれるんだ。……今日から、グラード領の時計をすべて私の魔導時計に合わせろ」


 運行初日。街は混乱に陥った。

「おい! まだ乗り込んでる途中だろうが!」

「申し訳ありません、定刻ですので」

 俺が教育した「バス運転手」たちは、情け容赦なく扉を閉める。最初は憤慨していた領民たちだったが、数日もすると驚くべき変化が起きた。


 人々が、バス停に掲げられた時計をチラチラと見ながら、早歩きで移動し始めたのだ。

 八時五分発のバスに乗れば、八時十五分にはモールの職場に着ける。その「確信」が、人々の行動を劇的に変えた。


「信じられません……。あんなにルーズだったドワーフの職人たちが、時計を見て走っています。街全体のテンポが、これまでの倍に速まったようです」

 リディが、停留所で整然と列を作る人々を見て、感嘆の声を漏らした。


 高架バイパスが物流を吸い上げ、地上では魔導バスが人々を効率よく運ぶ。

 かつての喧騒と罵声は消え、街には整然とした「流れ」が生まれた。

 信号機のないロータリー交差点では、馬車が滑らかに円を描いて合流し、淀みのない循環を実現している。


「渋滞が消えただけじゃないな、アレン様」

 バルカスが、バス停で談笑する人々を眺めながら言った。

「みんな、歩かなくて済むようになった分、浮いた時間で別の仕事をしてやがる。あるいは、余計に買い物をしてやがる。時間が『金』に変わるってのは、こういうことか」


「その通りだ、親方。時は金なり。……だがな、これだけ効率化を進めると、今度は別の問題が出てくる」


 俺は、バスの車窓から流れる整然とした街並みを見つめた。

 都市は、完成に近づくほどに強固な「法」と「秩序」を求める。

 そして、そのあまりにも高度な文明は、近隣の領主たちに「恐怖」を植え付け始めていた。

 

「アレン様、王都から使者が来ています。『グラード領の独自の時間は、王国の権威を乱すものだ』と……難癖をつけに来たようです」


 リディの報告に、俺は不敵な笑みを浮かべた。

「時間の主導権を握る者が、経済の主導権を握る。それが理解できない古い連中には、一度『時刻表』通りに動くこの街のスピードに酔いしれてもらうとしよう」


 グラード領・交通革命。それは単なる道の整備ではなく、異世界の人々に「分単位の規律」を刻み込む、精神の再開発でもあった。

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