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第24話:神の設計図への「赤入れ」

 銀河鉄道の終着駅は、星図にも載っていない「無」の領域だった。

 『ギャラクシー・ライン』の特別車両が停車したのは、空間の連続性が途切れ、色も形も意味をなさない白銀の境界線。アレンは、バルカスとリディを引き連れ、その「世界の端」へと降り立った。


「アレン様……。空気が、いえ、存在そのものが希薄です。ここは本当に、私たちが住む世界の裏側なのですか?」


 リディが不安げにアレンの裾を掴む。彼女の足元では、現実の床と、何も存在しない虚無が、不規則なブロック状に混ざり合っていた。


「ああ。ここがこの世界の『バックヤード』……つまり、神の作業場だ。バルカス、計測器オシロスコープを設置しろ。この世界の物理定数が、ここでどう定義されているかを確認する」


「がっはっは! 了解だ。……おいおい、ここじゃ万有引力定数が数秒ごとに変動してやがる。とんでもねぇ『手抜き工事』の跡が見えるぜ、アレン様」


 アレンたちは、その白銀の空間の先へと歩みを進めた。すると、そこには巨大な「記述の海」が広がっていた。空中に浮かぶ無数の黄金の文字。それが、重力の強さ、魔力の性質、そして人々の「運命」という名のシナリオを構成する、世界のソースコードだった。


 そして、その中心に、一人の老人が座っていた。

 彼は退屈そうに空中に指を走らせ、新しい星の誕生や、どこかの惑星での争いを、まるで砂遊びのように操作していた。


『……珍客だ。自らが作ったインフラで、ここまで辿り着いた種族は初めてだよ。……私は創造神。君たちの世界の元請け業者、といったところかな』


 神の言葉は、音ではなく意識に直接響いた。リディとバルカスがその圧倒的な存在感に膝を突きそうになる中、アレンだけは懐から一束の分厚い「書類」を取り出した。


「創造神さん。お会いできて光栄だ。だが、挨拶よりも先に済ませたい仕事がある。……これを見てくれ」


 アレンが突き出したのは、彼が長年書き溜めてきた『世界構造改善提案書』、いわゆる「赤入れ」済みの設計図だった。


「あんたの設計は、全体的に『情緒』に頼りすぎている。ドラマチックな悲劇を起こすために、エネルギーの供給を不安定にし、移動距離をわざと長く設定しているだろう? そのせいで発生するランダムな死や飢餓は、システム全体の効率を著しく下げているんだ」


『……ほう。悲劇もまた、魂を磨くためのスパイスなのだがね。私の設計に文句をつけるというのかね?』


「文句じゃない、仕様変更の提案だ。……いいか、あんたの書いた『運命シナリオ』という名のコードにはバグが多すぎる。努力した者が報われない矛盾や、理不尽な天災によるインフラの崩壊。これはエンジニアから見れば、単なるデバッグ不足だ。……この世界のバージョンを『2.0』にアップデートさせてもらう」


 アレンの言葉に、周囲の空間が激しく震えた。神の怒りか、あるいは困惑か。

 だが、アレンは一歩も引かない。彼はその黄金の文字の一つを指差し、魔導ペンで力強く斜線を引いた。


「この『寿命による知識の消失』という項目を削除し、『経験の共有サーバー化』に置き換える。さらに、この『魔力の地域格差』を定数化して均一にする。……それから、この世界の物理法則に『不確実性(自由意志)』をあと15%上乗せしろ。……人々が、あんたのシナリオから外れて、自ら新しいインフラを築ける余白を作るんだ」


『……傲慢だな、アレン。私がこのコードを消せば、君という存在そのものが無に帰すのだぞ?』


「やってみろ。だが、君も退屈していたんじゃないか? 自分の書いた完璧(だと思っている)な箱庭の中で、駒が動くだけの光景に。……私の提案は、この世界を『自律進化型』のシステムに変えるものだ。そうなれば、私ですら予想できない未来が生まれる。……あんたにとっても、そのほうが面白い鑑賞物になるはずだ」


 アレンの瞳には、かつて辺境で荒野を見つめていた時と同じ、静かな、しかし確かな「施工主」としての情熱が宿っていた。

 神は、アレンが差し出した「赤入れ」済みの書類を手に取り、しばらくの間、沈黙した。


 やがて、神は小さく、しかし楽しげに笑った。


『……よかろう。私の設計にこれほど鮮やかな「赤」を入れたのは、君が初めてだ。……アレン・フォン・グラード。君の提案を採用しよう。……ただし、これからの世界に起きるすべての「不具合」の責任は、君が負うことになるぞ?』


「望むところだ。……アフターメンテナンスは、弊社の最も得意とするところだからな」


 神が指を鳴らした瞬間、白銀の空間が眩い光に包まれた。

 世界のソースコードが、アレンの書き換えた通りに再構築コンパイルされていく。

 

 第24話。それは、人類が神の書いた「運命」という名のレールを脱し、アレンの設計した「自由と責任」の荒野へと踏み出した、全宇宙規模の引渡し日であった。


 光の中で、アレンは隣に立つリディとバルカスの手を取った。

「さあ、帰るぞ。……明日の朝からは、もっと忙しくなる。……新しい世界に、ふさわしい道路を敷かなきゃいけないからな」


 銀河鉄道の汽笛が、新しく生まれ変わる世界の静寂を切り裂いて響き渡った。

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