第23話:銀河鉄道の夜 〜全惑星を結ぶ定期便の運行開始〜
かつて辺境の泥にまみれた一本の街道から始まったアレンの物語は、今や銀河の深淵を貫く「光のレール」へと昇華されていた。
多元宇宙との貿易協定が軌道に乗り、月面都市『ルナ・グラード』が銀河の心臓として鼓動し始めてから数年。アレンが最後に手掛けたのは、ワープゲートという「一瞬の跳躍」ではなく、星々の間を優雅に、そして正確に巡る『全惑星環状鉄道』の完成だった。
「リディ。ワープゲートは便利だが、あれは『地点』を結ぶだけのものだ。だが、文明の成熟には、景色を眺め、風(魔力流)を感じ、移動そのものを享受する『時間』が必要なんだよ」
アレンは、ルナ・グラードの中央ターミナルに鎮座する、クリスタルと魔導鋼で組み上げられた壮麗な列車を見上げた。
それは、真空の宇宙を音もなく滑り、星々の重力波をレールとして進む、銀河で最も正確な「時計」でもあった。
「アレン様、全惑星の主要都市から新大陸、そして異次元の支店までを結ぶ定期便の運行ダイヤが確定しました。……誤差は、一光年につきコンマ数秒以内。これでもう、この銀河に『物理的な隔たり』を感じる者は一人もいません」
「いい数字だ、リディ。正確な運行こそが、社会に対する最大の誠実さだからな」
運行開始の夜。アレンは自ら最後尾の展望車両に乗り込み、リディと共に出発のベルを聞いた。
列車がルナ・グラードを離れると、窓の外には息を呑むような銀河の絶景が広がった。かつては命懸けの冒険だった星間移動が、今や温かい紅茶を飲みながら、座席で本を読んで過ごす日常の風景へと変わっていた。
車窓からは、アレンが整備した『テラ・マネジメント』によって美しく色づいた惑星たちが、宝石のように並んで見えた。
火星の赤い大地には広大な緑の農地が広がり、土星の輪には氷の採掘基地が規則正しく並び、そして遥か彼方の異次元ゲートからは、クリスタルの生命体たちが観光列車に手を振る姿が見える。
「……アレン様。見てください。人々が笑っています。SNSには、今日初めて宇宙旅行に出た子供たちの投稿や、別々の惑星に住む恋人たちが、この列車で再会を喜ぶ写真が溢れています」
リディが端末を見せながら、少しだけ潤んだ目で微笑む。
そこには、かつてアレンが追放された時に見た、絶望も飢えも、理不尽な身分差もない。
情報の速度、移動の自由、そして無限のエネルギー。アレンが一つずつ積み上げてきたインフラが、人類という種族を「生存のための苦闘」から、真の意味で「自由な生活」へと解き放ったのだ。
「がっはっは! アレン様、これでもう俺たちの仕事は上がりか? どこを向いても完璧に整備されちまって、修理が必要な場所を探すほうが難しくなっちまったぜ」
隣の席で高級な酒を煽るバルカスが、上機嫌に笑う。
だが、アレンはその言葉を聞き、夜空のさらに深い闇を見つめた。
「……いや、バルカス。インフラに『完成』という文字はない。社会が成熟すれば、今度は『精神の摩耗』という新しい不具合が起きる。……皆が等しく幸せで、何不自由ないこの完璧な世界に、何かが欠けているとは思わないか?」
「欠けてる? 腹は膨れてるし、家は暖かい。これ以上の何を望むってんだ?」
「……『不確実性』だよ」
アレンのこだわりは、常に一歩先、あるいは社会の「歪み」に向けられていた。
すべてが予定通りに進み、すべてがアレンの設計図の中に収まっている。この完璧すぎる調和は、見方を変えれば、もはや進化の余地がない「完成された静止画」に近い。
「リディ。情報の伝達が速すぎて、人々は『驚き』を失いつつある。移動が簡単すぎて、『旅の重み』が消えている。……インフラは人を支えるものだが、人を甘やかしすぎれば、魂の強度が落ちるんだ」
「……アレン様。あなたは、自分が作り上げたこの最高傑作を、また壊そうとしているのですか?」
「壊しはしないよ。……『アップデート』するだけだ」
アレンは、手元のタブレットに新しい、そしておそらく人生で最後の巨大なプロジェクトの概要を表示させた。
それは、銀河のインフラをさらに広げるものではなく、この世界そのものを「デバッグ」し、より高次元の存在へと引き上げるための、驚天動地の計画だった。
「この銀河の物理法則そのものに、誰かの書いた『コード』の癖を感じるんだ。……バルカス、リディ。次の停車駅は、この世界の『果て』だ。……そこにいるはずの『元請け業者(創造神)』に、この世界の設計変更(赤入れ)を提案しに行こうじゃないか」
銀河鉄道は、無数の星々を繋ぎながら、ついに因果の果て、世界の裏側へと続く「未舗装の領域」へと加速していく。
第23話。それは、完璧な社会を手に入れたアレンが、次なる「最高効率の宇宙」を求めて、神の設計図に挑むための、最後の長い旅の始まりであった。




