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第22話:異世界(多元宇宙)からの「新規顧客」

 月面静止軌道上に浮かぶ『火星第一インターチェンジ』の管制室。そこは今、かつてない緊張に包まれていた。

 設置されたばかりのワープゲートが、意図しない共振を起こし、モニターには本来存在しないはずの座標から「物理的な接触」を求める信号が点滅していたからだ。


「アレン様! ゲートの向こう側から、強力な重力波と共に、未確認の物体がこちら側に押し入ろうとしています。これは……ゲートの暴走でしょうか!?」


 リディが端末を叩きながら声を荒らげる。だが、アレンはコーヒーを一口啜り、冷静にその波形を分析していた。


「暴走じゃないよ、リディ。こちらが空間を折り畳んだことで、向こう側の世界に『穴』が開いたんだ。……例えるなら、壁に釘を打ったら隣の家の住人が『何事だ』と覗きに来たようなものだ」


「そんな呑気な……! 相手が侵略者だったらどうするのですか!?」


「侵略? いや、リディ。向こうからわざわざこちらに来るということは、彼らには移動の意志と、それを実現する知性がある。……つまり、彼らは『新規顧客』だ」


 アレンのこだわりは、未知の存在を「敵」や「神」ではなく、あくまで「市場のプレイヤー」として扱うことにあった。

 彼はゲートの出力を絞るどころか、逆に安定化のためのエネルギーを最大化させ、次元の裂け目を「正式な玄関口」へと拡張するよう命じた。


「未知との遭遇? いや、これは新規市場の開拓マーケティングだ。相手が誰であれ、我々のインフラを利用するなら、まずは規約にサインしてもらわなければならない」


 やがて、ゲートの奥から光を放ちながら現れたのは、肉体を持たず、幾何学的なクリスタルの集合体のような姿をした知的生命体――『次元放浪者ディメンジョン・ワーカー』たちだった。

 彼らは強大な魔力を放ち、言葉ではなく精神波によって直接、宣戦布告とも取れる威圧的なメッセージを放ってきた。


『……我ラハ次元ヲ統ベル者。境界ヲ侵ス矮小ナル種族ヨ、其ノ罪ヲ……』


「はい、そこまで。……バルカス、翻訳機の音量を最大にしろ。あと、彼らの正面に巨大なホログラム・ディスプレイを展開。……いいか、第一声が重要だ」


 アレンは通信回線を開くと、威圧的な沈黙を破り、極めて事務的なトーンで語りかけた。


「ネオ・グラード銀河交通公社、最高経営責任者のアレンだ。……貴殿らは、当方の管理する『空間高速道路』に無許可で侵入した。これは重大な規約違反だ。本来なら法的措置を取るところだが、初回に限り『新規加盟キャンペーン』の対象として扱ってやろう」


 クリスタルの生命体たちが困惑するように光を明滅させる。彼らにとって、これほどまでの「事務的な対応」は、数千年の歴史の中で初めてのことだった。


『……規約? 加盟? 我ラハ強大ナル力ヲ持ツ……』


「力があるなら、なおさら支払い能力には問題なさそうだな。リディ、彼らの端末……というか、精神波の波長に合わせた『ネオ・グラード利用規約・多次元版』を送信しろ。内容は、空間使用料の支払い義務、当方の通信規格への準拠、および商行為における紛争解決の仲裁権だ」


 アレンが提示したのは、友情の証でも、服従の誓いでもなかった。

 「我々の提供する便利なシステム(インフラ)を使いたいなら、こちらのルールを守れ」という、純然たるビジネスの契約書だった。


「リディ、彼らの住む次元には、我々が喉から手が出るほど欲しい『高純度エーテル結晶』が豊富にあるようだ。……逆に、彼らの世界には『情報の娯楽』や『加工食品』という概念がない。……バルカス、商使を出す準備をしろ。あちらの次元に、第一号店のコンビニと、魔導インターネットの中継基地を建設する」


「がっはっは! 異次元にコンビニかよ! アレン様、看板の文字はどうする? 向こうの奴ら、目がねぇみたいだぞ」


「精神波で直接脳内に広告を流せ。……いいか、未知の文明との一番平和的な解決策は、彼らを『顧客』にしてしまうことだ。我々のインフラに依存し、我々の提供する便利さを一度でも味わえば、彼らは二度と剣(あるいは重力波)を向けてくることはなくなる」


 数時間後。

 次元を統べる誇り高き生命体たちは、アレンが提示した「便利すぎる機能」の数々――一瞬で次元を移動できるゲートの維持管理や、全知全能に近い検索エンジン『グラード・サーチ』のデモンストレーションに、完全に圧倒されていた。


『……認メヨウ。此ノ「規約」トヤラハ、理ニ叶ッテイル。我ラモ「システム」ノ一部トナルコトヲ、許諾スル』


 こうして、史上初の「次元間貿易協定」が締結された。

 ゲートの向こう側からは、見たこともない資源が滝のように流れ込み、こちら側からはネオ・グラードの文化とインフラが、ウイルスのような速度で別次元へと浸食していった。


「……アレン様。あなたは本当に、神様でも悪魔でもなく、ただの『商人プランナー』なのですね」

 リディは、次々と成立する「異次元支店」の建設図面を見ながら、半ば呆れたように笑った。


「リディ、世界が広すぎるから争いが起きるんだ。……銀河も、次元も、すべてを一つの『商店街』にしてしまえば、店主同士は仲良くするしかない。……さて、次はどの次元の地権者と交渉しようか?」


 アレン・フォン・グラード。

 彼は、物理的な宇宙の果てを越え、概念的な次元の壁すらも「新規市場」として飲み込んでしまった。

 第22話。それは、多元宇宙という未知の闇が、アレンの配布した「利用規約」という名の光によって、ネオ・グラードの巨大な商圏の一部へと書き換えられた日であった。

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