第21話:太陽系外への「高速道路」と魔導ワープゲート
月面都市『ルナ・グラード』の完成は、人類を「重力の檻」から解放した。だが、アレン・フォン・グラードにとって、それはまだ「玄関先を整えた」程度のことだった。
彼の次なる不満の対象は、宇宙のあまりの広大さ――すなわち「移動時間」に向けられた。
「リディ。飛空艇で月まで数日、さらに遠方の惑星(星々)へは数年、あるいは数十年。……こんな非効率な『通勤圏』が許されると思うか? 人生の貴重な時間を、ただの移動に消費させるのは、設計者として最悪の罪悪だ」
アレンは、月面の司令センターで、漆黒の宇宙に点在する近隣の惑星群をホログラムで映し出した。
「アレン様、宇宙が広いのは物理法則です。どれほど飛空艇を加速させても、光の速さを超えることはできません。それに、月まで数日で着けるようになっただけでも、歴史的な快挙なのですよ?」
「リディ、それは『道を走る』から時間がかかるんだ。道そのものを折り畳んでしまえば、距離はゼロになる。……いいか、移動時間は人生という資産における最大のロスだ。そのロスをゼロにするのが、エンジニアとしての最低限の礼儀なんだよ」
アレンのこだわりは、空間そのものを「曲げられる建材」として扱うことにあった。
彼は、バベル・タワーを通じて採取した膨大な月の魔力と、かつて捕獲した古代要塞の重力制御技術を極限まで圧縮。空間の二点を直接繋ぎ合わせる『魔導ワープゲート(空間歪曲門)』の試作機を、月面の静止軌道上に建造した。
「バルカス、現場の準備はどうだ? ゲートの『枠』の強度が足りないと、通過する瞬間に空間の歪みで中身がバラバラになるぞ」
「がっはっは! 心配すんなアレン様。ミスリルに高純度のオリハルコンを練り込んだ『空間安定鋼』で組み上げた。宇宙がひっくり返ってもビクともしねぇほど頑丈だぜ。……で、最初の『出口』はどこに設置するんだ?」
「まずは太陽系内の資源惑星、火の星だ。あそこには鉄と魔導鉱石が山ほど眠っている。あそこに『火星第一インターチェンジ』を建設する」
起工の瞬間、月面のゲートの中央に、吸い込まれるような真黒な渦が発生した。
アレンは自ら、最新の高速輸送カプセルに乗り込み、ゲートへと突入した。
一瞬の無重力感。窓の外を流れる星々が線となって消え、次の瞬間――。
カプセルの外には、赤茶けた大地が広がる火の星の光景が広がっていた。
移動時間は、わずか「0.5秒」。
通信の遅延すらも無視した、究極のショートカット路の完成だった。
「リディ、疎通確認完了だ。……火星の地価を今の百倍に設定しろ。ここも今日から、ネオ・グラードへの『徒歩圏内』だ」
この『空間高速道路』の開通は、世界(あるいは太陽系)の概念を完全に破壊した。
ネオ・グラードの自宅で朝食を食べ、ワープゲートを通って火星の採掘現場に出勤し、昼休みには月面のレストランで食事をして、夕方には新王都のデパートで買い物をして帰る。
そんな、銀河規模の「広域生活圏」が、アレンの手によって現実のものとなった。
「アレン様……これでは、もはや国境どころか、星の区別すら意味をなしません。人々は『どこに住んでいるか』ではなく、『どのゲートの近くにいるか』でコミュニティを形成し始めています」
「それでいい、リディ。場所の制約を取り払えば、人は才能を最大限に発揮できる。……それに見てくれ。ゲートの通行料だけで、次の『恒星間ゲート』の建設費がもう半分以上稼げているぞ」
アレンの野心は、もはや止まらない。
彼は太陽系の主要な惑星すべてにゲートを設置し、さらにその先、隣の恒星系へと繋がる「銀河バイパス」の測量を開始した。
かつて、馬車で数日かけて領地を巡っていたアレンは、今や一歩踏み出すだけで光年を跨ぐ男となった。
だが、その表情に驕りはない。彼にとってこれは、単に「不便な道路を舗装し、信号機を設置した」だけの、淡々としたメンテナンス作業の延長に過ぎなかった。
「さて、次は土星のリングを建材として回収する工程に入る。バルカス、あの氷の輪を『空間舗装材』に転用できるか計算してくれ」
「がっはっは! 無茶を言う。だが、あんたの引く図面なら、土星の輪っかだってただの砂利に見えてくるから不思議だぜ!」
アレン・フォン・グラード。
彼は、人類が数万年かけても到達できなかった星々の距離を、自身の「設計図」の中に折り畳んでしまった。
第21話。それは、宇宙という無限の空白が、アレンの敷いた「高速道路」によって、ただの『近所』へと成り下がった、物流革命の極致であった。
「リディ、ゲートの通過ログを解析しろ。……どうやら、このゲートを逆流して、こちらの『インターチェンジ』に迷い込もうとしている奴らがいるようだ。……未確認の、別の宇宙(世界)からな」
アレンの指差すモニターには、本来繋がっているはずのない「次元の裂け目」から漏れ出す、未知の信号が点滅していた。




