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第19話:宇宙からの環境リノベーション「テラ・マネジメント」

 軌道エレベーター『バベル・タワー』の完成により、アレンは地上から三万六千キロの静止軌道に、全大陸を俯瞰する「惑星管理センター(プラネット・コントロール)」を設置した。

 そこから見える星の姿は、青く、美しく、そしてアレンの目には「あまりにも整備不良が目立つ老朽物件」に映っていた。


「リディ。この星の空調設備(大気循環)は最悪だ。北方は氷に閉ざされ、中央には広大な砂漠が放置されている。さらに、数年に一度は台風や洪水という名の『雨漏り』や『浸水』が発生している。……これはもはや、惑星という建物の致命的なメンテナンス不足だよ」


 アレンは、ホログラムで投影された惑星表面の熱分布図サーモグラフィを指でなぞった。

 かつて人々が「神の怒り」や「自然の猛威」と呼んで畏怖した現象。アレンにとって、それは単なる「設計上の不具合」に過ぎなかった。


「アレン様、まさか……天気まで『工事』の対象にするおつもりですか? 気象は精霊たちの複雑な絡み合いによって保たれている均衡です。それを弄れば、生態系そのものが崩壊しかねません!」


「均衡が崩れているから、災害が起きるんだよ、リディ。私は壊すんじゃない。最適化チューニングするんだ。……いいか、異常気象は『工事不良』だ。欠陥住宅に住み続ける領民を放っておくわけにはいかない」


 アレンのこだわりは、徹底した「全地球的メンテナンス」にあった。

 彼は、前話で接収した浮遊要塞のミラー技術を応用し、静止軌道上に巨大な『魔導反射鏡オービタル・ミラー』を数百枚展開した。

 これは、太陽光や月の魔力を特定の地点へ、ミリ単位の精度で集束・分散させる、宇宙規模の「照明・暖房器具」である。


「バルカス、準備はいいか。まずは北方の凍土の『解凍工事』から始める。それから、中央砂漠の熱源を宇宙へ逃がして低気圧を誘発し、人工的な『散水設備(降雨)』を稼働させるぞ」


「がっはっは! 宇宙から地上の天気を弄るなんて、もはや建築屋の仕事じゃねぇ、神様の代行業だな。だが、図面通りに風が吹き、雨が降るのを見るのは、土を弄るのとはまた違った快感だぜ!」


 アレンは、バベル・タワーを通じて供給される膨大なエネルギーを使い、『テラ・マネジメント(惑星環境管理)』を開始した。

 

 まず、万年雪に閉ざされた極寒の地へ、宇宙のミラーから柔らかな熱線が注がれた。

 氷が解け、数百年ぶりに大地が顔を出す。アレンはそこに、あらかじめ用意しておいた耐寒性の高い植物の種を、飛空艇から大規模に散布させた。

 次に、灼熱の砂漠。ミラーをシェードとして使い、地表の温度を急激に下げた。気圧差が生じ、海からの湿った空気が砂漠へと流れ込む。数日後、一滴の雨も降らなかった砂の大地に、慈雨が降り注ぎ、一夜にして緑の芽が吹き出した。


「アレン様、世界中の気象観測所ギルドから悲鳴が上がっています! 『予報が100%的中するどころか、予報通りの時間に雨が降り、予報通りの風速で風が止まる。世界が時計仕掛けになったようだ』と……」


「リディ。ランダム性は、インフラにとって最大の敵だ。いつどこで災害が起きるか分からない恐怖を、私は『管理された安心』に置き換えたい。……見てくれ、この降雨スケジュール。農業地帯には週に二回、深夜の三時から五時の間にだけ雨を降らせる。日中の作業効率を最大化するためにな」


 アレンの「環境リノベーション」は、もはや地上の政治すらも無力化した。

 敵対的な感情を持つ勢力がいたとしても、アレンがその領土だけ「ピンポイントで雨を降らせない」あるいは「永続的な春を維持する」という、環境的な報奨と制裁アメとムチを使い分けることで、誰もが彼の規約に従わざるを得なくなったからだ。


「……あなたは、世界そのものを『完璧な温室』に変えてしまおうとしているのですね」

 リディは、宇宙から見た地表の美しさに戦慄した。

 砂漠は緑の絨毯に変わり、極地には新たな居住区が広がり、台風の卵は発生した瞬間にミラーの熱線で蒸発させられる。

 そこには、飢えも、寒さによる死も、災害による悲劇もない。……だが、同時に「自然」という名の野生も消え去ろうとしていた。


「リディ。野生とは、管理能力の不足を肯定する言葉だ。……私は、この惑星という名の『家』の主として、全住人が快適に過ごせるよう、屋根を直し、空調を整えているだけだよ」


 アレン・フォン・グラード。

 彼は、かつて追放された辺境の土を弄ることから始め、今や宇宙から惑星の鼓動バイタルを調整する「星の管理人」となった。

 

 第19話。それは、人類が初めて自然の気まぐれから解放され、アレンが設定した『標準環境スタンダード・シチュエーション』の中で生き始めた、惑星リノベーションの完成日であった。


「さて、空調は整った。……次は、この家の中に『新しい家族』……つまり、異世界からの知的生命体を招き入れるための『玄関ゲート』を検討するか」


 アレンの独り言は、もはや一惑星の出来事にすら留まろうとしていなかった。

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