第18話:軌道エレベーター計画・バベル・タワーの起工
新王都の上空五百メートルに静止した漆黒の要塞『カストディアン』は、今や恐怖の象徴ではなく、世界最大の「建設用クレーン」へと姿を変えていた。
アレンが次に描いた図面は、もはや地図(平面)の体をなしていなかった。それは、地面から天の彼方、星々が瞬く「静止軌道」まで一直線に伸びる、垂直の線だった。
「リディ。土地不足に悩む必要はもうない。これからは、垂直方向の未利用空間も徹底的に活用するぞ」
アレンは、ダムの全出力と浮遊要塞の反重力エンジンを直結させた、空前絶後の起工式を宣言した。
プロジェクト名は『バベル・タワー』。かつての神話では神の怒りに触れて崩壊した塔だが、アレンにとっては、単なる「超高層・垂直交通インフラ」に過ぎない。
「アレン様、正気ですか……? 空の果てには空気がなく、猛烈な寒さと、正体不明の『宙の魔力』が渦巻いていると言われています。そこに塔を建てるなんて、物理の限界を超えています!」
「リディ、限界とは『予算』と『技術』の不足を言い換えた言葉だ。技術ならここにある。要塞の重力制御でケーブルの自重を打ち消し、ダムの魔力で炭素結晶の魔法構造を強化すれば、理論上、塔はどこまでも高く伸ばせる」
アレンのこだわりは、「宇宙というフロンティアのインフラ化」にあった。
彼が宇宙を目指す理由は、ロマンや探検ではない。月の魔力を直接採取し、全大陸のエネルギー問題を恒久的に解決するという、極めて実務的な「資源確保」のためだった。
「バルカス。基礎工事は任せたぞ。地上のターミナル駅は、地下迷宮の最深部まで杭を打ち込め。地球の重力に逆らうんじゃない。地球そのものと『一体化』するんだ」
「がっはっは! 地下から宇宙まで一本道かよ、アレン様。ドワーフの歴史でも、天を突く工事なんて聞いたことがねぇ。だが、面白ぇ。ミスリル合金のワイヤーを編み込んで、神様も腰を抜かすほど頑丈なやつを張ってやるぜ!」
工事は、カストディアンを「上昇する足場」として利用する形で進められた。
要塞が少しずつ高度を上げ、その下から超高強度の「魔導炭素ケーブル」が地上のターミナルへと伸びていく。
その光景は、地上の人々から見れば、天から一本の細い糸が降りてきているようであり、あるいは大地から光の柱が昇っていくようでもあった。
「リディ、SNSで『宇宙就職キャンペーン』を始めろ。軌道エレベーターの中継基地に建設する『宇宙ホテル』や『無重力研究所』のスタッフを公募するんだ。……宇宙は選ばれた英雄が行く場所じゃない。電車に乗って出勤する『職場』にする」
アレンの宣言通り、バベル・タワーの建設は、世界中の産業構造を激変させた。
高度一万メートル、二万メートルと、塔が空を貫くにつれ、地上の気象に左右されない「成層圏発電所」や、真空環境を利用した「高純度魔導薬工場」が、塔の各階層に次々と「開店」していった。
「アレン様、塔の建設が始まってから、世界中の投資家たちが『宇宙の地価』に注目し始めています。高度が高ければ高いほど、月の魔力が純粋で高価に取引される。……もはや、地上の土地よりも、空の上の権利のほうが高い値段で売買されていますよ」
リディが、驚愕の不動産指標を報告する。
アレンはそれを聞き、満足げに笑った。
「それでいい。インフラが価値を作り、価値がさらなる投資を呼ぶ。……垂直方向への拡大は、経済の閉塞感を打破する唯一の解決策だ」
建設開始から一年。
ついにエレベーターの籠が、雲を抜け、大気の層を越え、真っ黒な宇宙へと到達した。
そこには、遮るもののない太陽の光と、青く輝く大陸の全景、そして、手の届きそうなほど近くに、魔力の塊である「月」が浮かんでいた。
「……綺麗ですね、アレン様。あんなに争っていた王都も、新大陸も、上から見れば一つの『設計図』の一部にしか見えません」
リディは、エレベーターの展望室から見える絶景に息を呑んだ。
だが、アレンは既にその先を見ていた。
「ああ。だが、まだ『空白』が多い。リディ、次は月面に『第一太陽光・魔力集積所』を建設する。そこからこのバベル・タワーを通じて、全大陸に無限のエネルギーを配送するんだ。……そうなれば、この星に『エネルギー不足』という言葉は存在しなくなる」
アレン・フォン・グラード。
彼は、地下迷宮から始まった開拓を、ついに星の外へと繋げた。
第18話。それは、垂直方向の未利用空間が、アレンの指先一つで「人類の共有資産」へと書き換えられた、宇宙文明の始業ベルであった。
「さて、バルカス。月面の重力は弱いらしい。……つまり、地上の六倍の高さのビルが建てられるってことだ。ワクワクしないか?」
アレンの野心は、もはや一つの惑星という箱庭すらも、手狭に感じ始めていた。




