第1話:魔力式区画整理
辺境領グラードの朝は早い。
早朝、俺は領主としての最初の仕事を行うべく、セバスに伴われて領民たちが暮らす「村」の広場へと向かった。
そこに集まっていたのは、痩せこけた体と、諦めに濁った瞳をした数百人の民だ。彼らにとって、王都からやってきた若き領主など、搾取の対象が変わった程度にしか思われていないのだろう。
俺は広場の中央に立ち、声を張り上げた。
「皆、よく聞いてくれ。私はアレン・フォン・グラード。今日この時をもって、この領地の古いルールはすべて廃棄する!」
ざわめきが広がる。俺は一歩前に出て、足元の泥濘を指差した。
「この街は、雨が降れば泥に沈み、魔物が来れば防ぐ術もない。だが、そんな日々は今日で終わりだ。ここに、道は広く、水は枯れず、夜でも明るい――誰もが快適に暮らせる『都』を建設する!」
「そんなこと、できるわけねぇ……」
群衆の中から、年老いた男が一人、力なく笑った。
「ここは不毛の地だ。石ばかりで、まともな道すら引けねぇんだぞ」
「ああ、その通りだ。だからこそ、作り直す必要がある」
俺は懐から一本の杖を取り出し、地面に突き立てた。
前世で何度も通った現場。図面を引き、地権者と交渉し、重機を回して風景を変えてきた記憶を呼び起こす。
脳内に描くのは、完璧に整列したメインストリート、等間隔に配置された生活用道路、そして災害に強い排水勾配を計算したグリッド状の都市計画図だ。
「――土魔法・大規模形状変化!」
爆音とともに、大地が生き物のように蠢き始めた。
「な、なんだ!? 地震か!?」
領民たちが悲鳴を上げ、膝をつく。
だが、それは破壊ではない。創造だ。
俺の魔力が荒野を波立たせ、地表の不純物を篩にかけ、デコボコだった地表を一瞬にして水平へと均していく。
ごろごろと転がっていた巨大な岩石は、俺の魔力に操られ、一箇所に集まっては細かく砕かれ、強固な基礎石へと精錬されていった。
「第一段階、地盤改良終了。続いて、暗渠排水路の設置……」
俺は杖をさらに深く突き立て、地面の下へと意識を潜らせる。
この世界の村に足りないのは、衛生観念だ。下水が垂れ流しでは病が流行る。
俺は魔法で地中に巨大な石造りの管を形成し、生活排水と雨水を完全に分流する近代的な下水道ネットワークを構築した。さらに、遠くの山脈から流れる水脈を水魔法で強引に引き込み、街の至るところに設置した公共水道へと繋いでいく。
「……信じられん。これは神の御業か?」
立ち尽くすセバスの呟きをよそに、俺は最終段階へと移行する。
都市開発の華、それは上部構造物――つまり建物だ。
「次は……集合住宅だ。木造は火事に弱い。石造りの多目的マンションを作るぞ」
イメージするのは、日本のRC構造(鉄筋コンクリート)だ。
この世界にはコンクリートはないが、金属性の魔力を土魔法と組み合わせれば、より強固な素材が作れる。
俺は地中から抽出した金属成分を骨組みとし、その周囲を魔法で圧縮した石材で固めていった。
ガガガ、という重厚な音とともに、荒野に一本の塔が……いや、五階建ての集合住宅がその姿を現した。
外壁は汚れが目立たないよう磨き上げられた白石。各部屋には風通しを考えた大きな窓を配置し、魔法陣を組み込んだ「魔力式調理器」を全戸に完備させた。
「これが……家なのか?」
一人の少年が、恐る恐るその建物に近づく。
これまで彼らが住んでいたのは、藁葺きの屋根に隙間風が入る掘っ立て小屋だった。それが今、目の前には王都の貴族街ですらお目にかかれないような、洗練されたシルエットの石造り建築が堂々と建っているのだ。
夕暮れ時。
朝まで石ころだらけの荒野だった場所には、完璧な直線を描く幅広の石畳道路と、その両脇に立ち並ぶ白亜の集合住宅群が完成していた。
俺は額の汗を拭い、満足げにその光景を眺めた。
「まだ一棟目だが、いい出来だ。セバス、すぐに領民たちの入居審査を始めろ。それから、建築の知識がある者を集めてくれ。俺の魔法を補助する『工務店』を結成する」
俺の手のひらには、まだ熱い魔力の残滓があった。
日本の過密都市で、数センチの境界線を巡って地権者と粘り強く交渉していたあの頃に比べれば、魔法で大地を自在に操れるこの世界は、天国だ。
「さあ、お遊びはここまでだ。次は商業エリアと、魔動車が走るバイパス道路の着工に入るぞ」
アレンの不敵な笑みが、夕陽に照らされた。
辺境領グラード。かつて不毛と呼ばれたその地は、一人の狂気的な「都市開発者」の手によって、歴史上類を見ないスピードで変貌を始めたのである。




