プロローグ:不毛の地と現代の記憶
眩しい太陽の光が、網膜を刺す。
意識の混濁の中で、俺――佐藤一馬は、最後に見た光景を思い出していた。
それは、深夜のオフィスで眺めていた再開発エリアの図面だった。大手ゼネコンで中堅社員として働き、東京の複雑に入り組んだ過密都市を、いかに機能的で美しい「街」へと再編するか。それが俺の人生のすべてだった。
不規則な生活、積み重なる疲労。ふと椅子に深く腰掛けた瞬間、意識がどこか遠くへ吸い込まれるような感覚があった。
「……ここ、は?」
ゆっくりと目を開けると、視界に入ってきたのは、日本の賃貸マンションの天井ではない。
見上げるほど高い天井には、緻密な彫刻が施された石造りの梁が走り、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。横たわっているベッドも、キングサイズを優に超える広さで、指先に触れるシーツの質感は驚くほど滑らかだ。
呆然としながら体を起こし、壁に立てかけられた大きな鏡へと歩み寄る。
そこに映っていたのは、見知らぬ青年だった。
涼やかな銀髪、意志の強さを感じさせる鋭い銀の眼光。二十代半ばといったところか。貴公子然としたその顔立ちは、かつての「三十路を過ぎて疲れ切ったサラリーマン」の面影など微塵もない。
「アレン様、お目覚めですか?」
重厚な扉が静かに開き、初老の男が入ってきた。隙のない身のこなし、白髪を整えたその姿は、絵に描いたような執事だ。
彼の言葉が、俺の脳内に一つの「知識」を呼び覚ます。
アレン・フォン・グラード。それがこの青年の名。そして俺が今いる場所は、王国の最果てにある「グラード辺境伯領」の領主館だ。
「……ああ、おはよう。セバス」
自然と口から出た言葉に、俺自身が驚く。俺は、アレンとしての記憶と、佐藤一馬としての記憶が混濁する中で、自分が「異世界転生」したことを直感的に理解した。
セバスと呼ばれた執事は、恭しく頭を下げた。
「本日より、正式にグラード領の統治が始まります。先代より引き継いだこの地の現状を確認されるとのことでしたので、地図と資料を用意いたしました」
渡された羊皮紙の地図を広げた瞬間、俺の「ゼネコン社員」としての魂が激しく揺さぶられた。
「……なんだ、これは」
地図に描かれていたのは、あまりにも悲惨な現状だった。
領地の半分は「魔物の森」と呼ばれる危険地帯に侵食され、残りの半分は石ころだらけの荒野。申し訳程度に流れる川は整備もされず蛇行し、雨が降ればすぐに氾濫しそうだ。領民たちが住む村は、計画性もなく無秩序に家が並び、泥にまみれた細い道が迷路のように繋がっている。
そこにあるのは、生活の利便性も、防衛上の配慮も、将来の発展性も、何一つ考慮されていない「ただの居住地」だった。
「ひどいな……」
思わず漏れた独り言に、セバスが悲しげに目を伏せる。
「左様でございます。ここは王都から見捨てられた不毛の地。農作物は育たず、流通の拠点からも外れている。アレン様がここへ送られたのは、実質的な追放に等しい……」
だが、セバスの言葉は、俺の耳には届いていなかった。
俺の目は、羊皮紙の上に「グリッド(方眼)」を幻視していた。
この勾配なら排水はどう処理できるか。この荒野を均せば、どれほどの宅地が確保できるか。どの位置に幹線道路を通せば、物資の流通が最大化されるか。
そして、ふと自分の掌を見つめ、集中する。
――熱い。
指先から、目に見えないエネルギーが噴き出している。これが「魔力」か。
アレンの記憶が教えてくれる。彼は希少な「土属性」と「金属性」の魔力を持っており、その出力は王国でも有数だった。だが、軍事や戦闘に興味を持たなかった彼は、その才能を「無能」と切り捨てられたのだ。
しかし、俺にとっては違う。
土を自在に操り、硬度を変え、形状を固定できる力。
金属性の魔力で、強固な構造体を瞬時に生成できる力。
そして俺の頭の中には、数多のプロジェクトで培った「現代都市のノウハウ」がある。
重機も予算も必要ない。俺自身が重機であり、俺の魔力が予算だ。
東京の過密な街並みを、血の滲むような思いで調整し、数センチの境界線にこだわって開発してきた俺にとって、この広大で真っさらな「キャンバス(荒野)」は、宝の山に見えた。
「セバス。追放だとかなんだとか、そんなことはどうでもいい」
俺は地図をデスクに叩きつけ、窓の外に広がる広大な荒野を見据えた。
「ここを、この世界で最も住み心地が良く、最も機能的で、最も美しい街に変える。王都の連中が涙を流して移住を請うような、究極の『ニュータウン』を作ってやるんだ」
佐藤一馬としての知識と、アレンとしての魔力。
その二つが噛み合った瞬間、異世界の都市開発という、俺の第二の人生が幕を開けた。




