第2話:異世界の需要と都市運営の苦悩
第一期工事の完了から数ヶ月が経過した。
かつて「石ころの荒野」と呼ばれ、地図の端で忘れ去られていたグラード領は、今や周辺諸国でも噂の絶えない、異様な熱気を帯びた場所へと変貌を遂げていた。
俺は領主館の執務室で、現代のCADソフトを操作するような感覚で脳内に展開した都市計画図を、羊皮紙の上に投影魔法で転写していた。都市の成長は生き物だ。一度作ったから終わりではない。人口の動態に合わせて、道路網を拡張し、公共施設の配置を最適化し続ける必要がある。
そこへ、バタンと大きな音を立てて扉が開き、一人の女性が飛び込んできた。
「アレン様! またです、また隣領から移住を希望する民が検問所に殺到しております! しかも今回は、商人ギルドの馬車が列をなして道を塞いでいる始末で!」
叫んだのは、俺の秘書官兼近衛騎士を務めるリディだ。ポニーテールに結った燃えるような赤髪を揺らし、彼女は息を切らしながら俺の机に身を乗り出した。鎧の擦れる音が執務室に響く。
「さらには王都の『黄金商業ギルド』の本部から、支店を出したいとの正式な打旨が届きました。アレン様、この不毛の地が、今や王国で最も注目される投資対象になりつつあるんですよ! 少しは驚いたらどうなんです!?」
俺は手にしていたペンを置き、椅子に深く腰掛けて窓の外を眺めた。
「ああ、知っているよ。むしろ、噂が広まるスピードとしては予定より少し遅いくらいだ。リディ、そんなに興奮するな。都市開発において急激な人口流入は、時に毒にもなるんだぞ」
「毒、ですか……?」
リディはポカンと口を開け、理解できないという顔をした。
「インフラの許容限界というものがある。下水道の処理能力、水の供給量、住居の確保、そして何より食料の自給率だ。これらを無視して人を入れれば、せっかくの快適なニュータウンは一瞬でスラム化する。俺が作りたいのは、秩序ある理想郷であって、混沌とした巨大都市じゃない」
リディは呆れたように肩をすくめた。
「ですがアレン様、魔法で整備されたこの街を一度でも見れば、誰もが狂喜乱舞します。特にあの『三つの魔法技術』は、この世界の常識を根底から覆してしまいましたから」
リディの言う通り、俺が導入した現代知識ベースのインフラは、異世界の住人たちにとってはオーバーテクノロジーの塊だった。
一つ目は、「ゴミの出ない街」。
現代日本の高度な下水処理場を、魔法と魔物で再現したものだ。地下深くに設置した巨大なタンクには、俺が特殊な魔力を与えて品種改良した「クリーン・スライム」が数万体飼育されている。彼らは生活排水や生ゴミ、排泄物までもを「餌」として完全に分解し、浄化された水へと変えてくれる。
この世界の街は、どこへ行っても悪臭と不衛生が当たり前だ。しかしグラード領には、道端にゴミ一つ落ちておらず、空気は常に澄んでいる。
二つ目は、「魔石式街路灯」。
日本のLED街灯の再現だ。日中に太陽光を浴びた特殊な魔石がエネルギーを蓄え、暗くなると一斉に自動点灯する。夜道が昼間のように明るくなったことで、夜間の犯罪率はほぼゼロになった。治安の良さは、商人が拠点を置く上での最大の付加価値だ。
そして三つ目が、最も需要が殺到している**「一戸建てエリア(グラード・テラス)」**。
当初の集合住宅での生活に慣れ、一定の経済力をつけた民や、優秀な技術者を対象とした分譲住宅地だ。
各戸には庭があり、二階建て。内装は魔法で断熱性を極限まで高めた石材を使用し、夏は涼しく冬は暖かい。さらにキッチンには、俺が金属性の魔力で回路を刻んだ「魔力コンロ」が標準装備されている。薪を使わず、煙も出ない魔法の調理器具は、主婦層の間で「女神の贈り物」とまで呼ばれているらしい。
「リディ、移住者の審査はさらに厳格に行え。単なる労働力としてではなく、この街の美観を損なわず、共に維持・発展させていく意志がある者だけを選別するんだ」
「分かっております。ですが、あまりに希望者が多すぎて……昨日は隣領の代官が『うちの領民が半分いなくなった! 責任を取れ!』と検問所で怒鳴り散らしておりましたよ」
俺は苦笑し、窓から見える整然とした街並みを指差した。
「まだ序の口だ、リディ。これからが本番だぞ。現在の徒歩と馬車、そして一部の騎獣に頼った物流では、この街の成長スピードに追いつかなくなる。ボトルネックが発生する前に、次の手を打つ必要がある」
「ボトル……ネック? また新しい言葉ですね。次は何をなさるつもりで?」
リディが興味深そうに身を乗り出す。
「まずは『ショッピングモール』の大規模建設だ。バラバラに散らばっている商店を一箇所に集約し、物流の効率を上げる。そしてその中心地へ繋がる、魔動車専用の『多層バイパス道路』を作る」
「バイパス……特急専用道路、でしたっけ。それと、あの鉄の塊みたいな馬車を量産するんですか?」
「ああ。さらにだ、リディ。大型の魔物を家畜化して定時運行させる『公共交通機関(異世界バス)』の試験運行も計画している。目的地まで決まった時間に、誰でも安価に移動できるシステムだ。これが定着すれば、移動時間は大幅に短縮され、グラードは真の意味でこの大陸のハブ――経済の心臓部になる」
俺の言葉を聞き終えたリディは、半分呆れ、半分は期待に目を輝かせながら深い溜息をついた。
「……アレン様。あなたは本当に、この地を治める主君なのか、それとも街を作ることに取り憑かれた狂った建築家なのか、時々分からなくなります」
「どちらも正解だ、リディ。理想の街を作るには、強権を振るえる主君としての顔と、完成形を夢想する建築家としての狂気、その両方が必要だからな」
俺は再びペンを握り、羊皮紙に新たな線を引いた。
グラードの快進撃は止まらない。しかし、その急速な発展は、平和な都市開発だけでは済まされない「影」――周辺諸国の嫉妬や、魔の森の深淵に潜む異変をも引き寄せようとしていた。
都市が巨大化すればするほど、守るべきものも増える。
俺の「ニュータウン」が、次に必要とするのは……強力な『盾』だ。




