第16話:魔導インターネットの普及と、異世界SNSの誕生
新大陸との海底ケーブル敷設によって、情報の「伝達速度」は極限まで高まった。だが、アレンにとってそれは、単に巨大な土管を埋めたに過ぎない。その土管の中にどのような「流体」を流し、人々の生活をどう変えるか。それが次なるフェーズの課題だった。
「リディ。これまでは情報の『量』を競ってきた。これからは、情報の『手触り』を変えるぞ」
アレンは、手のひらサイズの薄い水晶板――新型の個人用端末『グリモア・タブレット』をリディのデスクに置いた。
それは、魔導カードの機能を拡張し、魔導通信網を通じていつでも、どこでも、誰とでも情報のやり取りができる、前世のスマートフォンを魔法的に再現したデバイスだった。
「アレン様、これは……魔導カードに文字が浮かび上がっています。しかも、私が返信を書くと、隣の部屋にいる職員の端末に一瞬で届きました!」
「それが『魔導インターネット』だ。情報の中心地にわざわざ行かなくても、指先一つで世界中の知識にアクセスできる。そして、これが今回導入する目玉のアプリ――『コネクト・グラード』だ」
アレンが導入したのは、SNSだった。
当初、それは冒険者たちの情報交換や、職人の技術共有の場として開放された。だが、情報の「拡散性」と「承認欲求」という人間の根源的な性質に火がつくまで、時間はかからなかった。
「おい、見たか? 辺境の村の農夫が投稿した『巨大カボチャの収穫』に、王都の貴族が『いいね(魔力評価)』を付けてるぞ!」
「隣の領地の宿屋の食事が美味いっていう噂、本当だったんだな。写真(魔導写し)付きで流れてきたぜ」
アレンのこだわりは、この「情報の民主化」によって、既存の階級社会をソフト面から解体することにあった。
かつて、情報は高い壁に囲まれた図書館や、特権階級のサロンに独占されていた。だが、『コネクト・グラード』の上では、名もなき平民の言葉が、王族の演説よりも多くの「共感」を集めることが可能になったのだ。
「リディ。情報の流れを垂直(上意下達)から水平(多対多)に変えるんだ。人々が自発的に情報を発信し、交流し始めれば、社会の『新陳代謝』はこれまでの数百倍に加速する」
「ですが、アレン様。不確かな噂や、他人への誹謗中傷も溢れ始めています。昨日も『新王都のパン屋で食中毒が出た』というデマが流れ、危うく暴動が起きそうになりました」
リディの懸念に、アレンは冷徹な「システム管理者」の顔を見せた。
「だからこそ、情報の『透明性』と『スコアリング』が必要なんだ。リディ、アカウントに『信用スコア(クレジット)』を紐付けろ。公共料金の支払い状況、都市への貢献度、そして発信した情報の正確さ。これらを数値化し、スコアが高い者の発言ほど、システムの優先順位を高める」
「それは……人々を数字で管理するということですか?」
「管理じゃない、最適化だ。信用できる者の声が大きく、嘘をつく者の声が小さくなる。それが健全な『情報の市場』というものだよ」
アレンは、SNSを通じて膨大な「ビッグデータ」を収集し始めた。
人々が今、何を欲しているか。どこの地域の治安が悪化しているか。どのインフラに不満があるか。
かつては視察や調査に数ヶ月かかった社会の「体温」が、今やリアルタイムでアレンの手元に届く。
「バルカス。北東区画の住民たちが、夜間の街灯が暗いと呟いている(ポストしている)ぞ。至急、あそこの魔導灯の出力を20%上げろ。それから、南の港では新鮮な魚が余っているようだ。魔導鉄道の臨時貨物便を出して、中央広場の市場に安値で流せ」
「がっはっは! まるで街の声が直接聞こえてくるようだな、アレン様。魔法よりも、こっちのほうがよっぽど予言者みてぇだぜ!」
アレンの「社会変革」は、政治のあり方すらも変えた。
複雑な法案の是非を、魔導インターネットを通じた「オンライン住民投票」で決める試みが始まったのだ。
旧態依然とした貴族の合議制ではなく、数万人のユーザーによる直接的な意志決定。
ネオ・キャピタルの広場では、人々が端末を片手に、未知の誰かと議論し、新しいビジネスを立ち上げ、あるいは趣味のコミュニティを作っている。
そこには、生まれた家柄や国籍に縛られない、情報の海を泳ぐ「デジタル領民」という新しい人種が誕生していた。
「……アレン様。あなたは世界を繋いだだけではなく、人々の『心』までをも、あなたの設計した回路の中に閉じ込めてしまったのですね」
リディが、膨大なデータが流れるモニターを見つめて呟く。
「人は、一度知ってしまった『繋がり』を手放すことはできません。このシステムが止まった時、人々は暗闇よりも深い絶望を味わうことになるでしょう」
「そうならないようにメンテナンスし続けるのが、私の仕事だよ」
アレンは、自身のタブレットに流れてくる領民たちの「何気ない日常の呟き」に、そっと『いいね』を付けた。
アレン・フォン・グラード。
彼は、重機と魔法で大地を改造し、そして今、情報の糸で人々の精神を再編した。
第16話。それは、物理的なインフラが「社会」という名の意志を持ち、世界がアレンの指先一つで脈動し始めた、歴史の転換点であった。




