第15話:海底ケーブル敷設と、新大陸との情報通信革命
新王都の再開発を終えたアレンの視線は、既に大陸の端、荒れ狂う「絶界海」の向こう側へと向けられていた。
そこには、かつて飛空艇ですら航続距離の限界で到達困難とされた「新大陸」が存在する。断片的に伝わる噂によれば、そこは未知の資源と独自の古代文明が眠るフロンティア。だが、アレンにとっての関心事は、黄金や領土ではなかった。
「リディ、現代の支配とは、領土の広さではなく『情報の解像度』で決まるんだ」
アレンは、王宮の最深部に設置されたデータセンターで、世界地図の空白地帯を指差した。
「飛空艇で往復に一ヶ月かかる場所なら、情報は一ヶ月遅れて届く。だが、もしここから新大陸までを『線』で繋げば、情報の遅延はコンマ数秒にまで圧縮できる」
「まさか、アレン様……。あの深さ数千メートル、海獣が跋扈する海底に、通信路を作るというのですか? 飛空艇による定期便を増やすほうが現実的です!」
「いいや、物理的な移動には常に『コスト』と『リスク』が伴う。だが、一度敷設したケーブルを流れる情報には、重さも摩擦もない。……いいか、情報は光の速さで運べ。それが経済を制する唯一の法則だ」
アレンのこだわりは、徹底した「低遅延」への執着だった。
彼はバルカスと共に、特殊な魔導鋼と絶縁用の精霊樹脂を幾重にも重ねた「魔導海底ケーブル」を開発した。これは、内部に極細の「魔導ファイバー」を通し、光信号として情報を伝達する、前世の光海底ケーブルを魔法的に再現したものだ。
「がっはっは! 陸の次は海の中かよ。アレン様、今度は『深海作業用ゴーレム』の出番だな。水圧に耐えられるよう、外殻をミスリル合金で補強しておいたぜ」
バルカスが誇らしげに指し示したのは、巨大なカニのような形状をした多脚作業機械だ。
アレンはこのゴーレム部隊を率い、新王都から海岸線まで魔導鉄道で運び込んだケーブルを、巨大な敷設船へと積み込んだ。
工事は、困難を極めた。
海底には巨大なクラーケンや、魔力に反応する深海魚たちが潜んでいる。だが、アレンはここでも「排除」ではなく「環境構築」で対応した。
「ケーブルに『海獣忌避の微弱魔力』を常に流し続けろ。彼らにとってこのケーブルを『不快な境界線』だと思わせるんだ。それから、海嶺の熱源を利用して、一定間隔で『増幅器』を設置しろ。信号の減衰を許すな」
数ヶ月に及ぶ深海での隠密工事。
アレンは、新王都のデータセンターに籠もり、送られてくる深海の地形データと格闘し続けた。
「あと三マイルで大陸棚だ。リディ、新大陸側の『受信拠点』の地権確保は済んでいるな?」
「はい。現地に先遣隊として派遣した商使が、現地の部族長に『魔法の鏡(通信端末)』を献上し、通信基地の建設許可を『聖地の保護』の名目で取り付けてあります」
そして、ついにその瞬間が訪れた。
新王都のサーバー室に置かれた水晶球が、激しく点滅を始める。
「……信号、受信。新大陸側ステーションとの同期、完了しました! 疎通確認、成功です!」
リディの叫びと共に、ホログラム・ディスプレイには、これまで霧に包まれていた新大陸の気象データ、市場価格、そして現地の映像がリアルタイムで流れ込んできた。
「これで終わりじゃないぞ。リディ、全大陸の銀行、ギルド、行政機関に対し、『グラード・ネットワーク』への接続を義務付けろ。新大陸の稀少資源の取引価格は、これからこのネオ・キャピタルのサーバーが決定する」
情報の非対称性が、一瞬にして崩壊した。
これまで新大陸の品物を高値で売りつけていた悪徳商人たちは、ネオ・キャピタルから発信される「一秒刻みの相場情報」によって、その利益をすべて失った。
逆に、情報の速さを味方につけたネオ・グラードの企業連合は、新大陸の需要を正確に予測し、最適なタイミングで物資を送り込み始めた。
「……アレン様。世界のすべての情報が、この地下迷宮のサーバーに集まってきます。人々の会話、取引、移動……すべてが数字となって、あなたの手元に。これでは、あなたは神も同然ではありませんか?」
リディの問いに、アレンは苦笑いして首を振った。
「神じゃないよ、リディ。私はただの『システム管理者』だ。この巨大なマシーンが止まらないよう、メンテナンスを続けるだけの男さ。……さあ、次のフェーズだ」
アレンの指先は、今度は空のさらに上、夜空に輝く「月」を指した。
「海底に線を引けたなら、空にも『見えない線』を引けるはずだ。……衛星通信、あるいは軌道エレベーター。この世界の『天井』がどれほどの高さか、測りに行こうじゃないか」
情報の革命を成し遂げたアレン。
彼は、海の底に沈めた一本のケーブルによって、世界の境界線を消し去った。
第15話。それは、物理的な領土を越え、大陸そのものが「グラード・システム」という名の巨大な脳の一部となった日であった。




