第14話:王都の全面リノベーションと、新首都の誕生
かつての「王都」は、泥と権威にまみれた巨大な遺物だった。
ネオ・グラードによる実質的な買収(M&A)が成立した翌日、アレンはバルカス率いる調査団と共に、数百年変わらぬ石畳の上に降り立った。
そこにあるのは、行き止まりだらけの迷路のような路地、詰まりきった下水道、そして壮麗な外観とは裏腹に、構造的な寿命を迎えた貴族たちの屋敷。
「……リディ、これはひどいな。表面の装飾にばかり金をかけて、基礎がボロボロだ。この街は、生きているのではなく、過去の慣習という名の防腐剤で形を保っているだけの死体だよ」
アレンの言葉は冷酷だったが、調査データはその正しさを裏付けていた。
王都の死亡率はネオ・グラードの五倍。その主因は、不衛生な水回りと、冬場の寒さに耐えられない断熱性の欠如。
「アレン様、王家や保守派の貴族たちは『歴史ある街並みを壊すのは冒涜だ』と、リノベーション計画に猛反対しています。特に、中央広場の聖騎士像と、代々の王が住んだ王宮の取り壊しは絶対に許さないと」
リディが届けたのは、既得権益を「伝統」という言葉で包み隠した反対派の陳情書だ。
だが、アレンは図面を引きながら、不敵な笑みを浮かべた。
「親方。歴史を壊すのは二流だ。一流は、歴史を『機能』の中に組み込む」
「がっはっは! 建築屋らしい言い草だな。で、具体的にどうするんだ? この糞詰まりの街をよ」
「スクラップ・アンド・ビルド(破壊と建設)じゃない。『リノベーション・アンド・アップグレード』だ。王宮は壊さない。……中身をくり抜いて、最新の『行政センター』と『魔導通信サーバー室』に改造する」
アレンのこだわりは、徹底した「機能の再定義」にあった。
彼は、王都の象徴である歴史的な外観を「皮」として残し、その内部にネオ・グラードの最新インフラ――「核」を埋め込むという、大規模な外科手術を計画した。
工事が始まると、王都の住民たちは驚愕の光景を目にした。
重厚な石造りの建物の外壁を魔法で固定したまま、内部だけが重機と魔法で解体され、そこに強固な鉄骨(魔導鋼)と、断熱・防音・魔力線を完備した最新の居住ユニットが、パズルのように組み込まれていく。
下水道は、地下迷宮の掘削技術を応用した、直径五メートルの巨大トンネルに一新された。
「下水が詰まる街に、文明を名乗る資格はない。この地下幹線は、街の老廃物を運ぶだけでなく、洪水時の調整池としても機能させる」
アレンが最も心血を注いだのは、中央広場の再開発だ。
聖騎士像は撤去されるのではなく、新しく建設された「魔導鉄道・王都中央駅」のコンコースの中央に、シンボルとして配置された。
「歴史は、人々の歩みの中心にあるべきだ。博物館に閉じ込めるのではなく、毎朝通勤する人々の目に触れる場所に置く。それが、過去の遺産に対する最大の敬意だ」
数ヶ月に及ぶ「突貫工事」の末、王都は生まれ変わった。
外見は、古き良き王国の伝統的な美しさを保っている。だが、一歩建物の中に入れば、そこには24時間安定した魔力が供給され、冬は暖かく夏は涼しい、ネオ・グラード以上の快適さが備わっていた。
王宮は、形式的な王の住処から、都市連合全体の「データセンター」へと役割を変えた。かつての謁見の間には、大陸全土の魔力流を監視する巨大なホログラム・ディスプレイが並び、リディの指揮下で無数の魔導士が「都市のパラメータ」を調整している。
「アレン様……反対していた貴族たちも、新しくなった屋敷の『全自動魔導洗浄トイレ』と『床暖房』の快適さに屈して、今では『これぞ王道の進化だ』と手の平を返しています」
「快適さは、どんな理屈よりも雄弁だからな、リディ」
アレンは、王都中央駅の屋上庭園から、新しく名付けられた『新王都』の街並みを見下ろした。
もはやここは、誰か一人の王が支配する場所ではない。
大陸全土を結ぶ鉄道と空路、そして情報の十字路。
機能によって人々を結びつけ、利便性によって平和を維持する、アレンが描いた「巨大なマシーン」の一部だ。
「さあ、親方。王都のリノベーションはこれで一段落だ。次は……この大陸全体を一つのキャンバスとして見た時に、足りないものがある」
「……まだやるのか? アレン様」
「ああ。海だ。海を越えた先にある新大陸。そこへ繋がる『魔導海底ケーブル』の敷設工事の準備を始めよう」
アレンの情熱は、大陸の統一すらも一つの「マイルストーン(中間目標)」として通り過ぎていく。
歴史を解体し、未来を組み込む建築家。
彼の設計図は、ついに世界の果てにある「境界線」を越え、真の意味で世界を一つに繋ぐための「全地球的インフラ(グローバル・グリッド)」の構築へと向かい始めたのである。




