第13話:周辺諸国の「システム加盟」と王国解体
王都は沈黙していた。
魔力供給を断たれ、通貨の価値が紙屑となった旧王国は、もはや国家としての体をなしていない。暗闇に包まれた王宮で、国王や保守派の貴族たちが虚勢を張っている間にも、現実に直面している地方の諸侯たちは、生き残るための道を模索し始めていた。
「アレン様、国境沿いの三領地の領主から、連名で『緊急陳情書』が届いています。内容は、彼らの領地をネオ・グラードの魔力網に接続してほしい、というものです。条件として、彼らは王家への忠誠を破棄し、我が都市連合の規約を遵守すると明言しています」
リディが持ってきたのは、実質的な「降伏勧告」ではなく「加盟申請」だった。
アレンは、窓の外で整然と発着を繰り返す飛空艇の光を眺めながら、満足げに頷いた。
「いい傾向だ、リディ。剣を交えて領土を奪えば、戦後処理と復興に莫大なコストがかかる。だが、彼らが自ら『システムへの加盟』を望むなら、それはただのインフラ拡張事業だ。……征服するより、買収(M&A)する方が遥かに安上がりなんだよ」
「買収……ですか。ですが、彼らを受け入れれば、その領地にある貧民街や老朽化した施設の維持費もこちらが持つことになりますよ? 採算は合うのですか?」
「リディ、目先のコストに囚われるな。これは『プラットフォームの独占』だ。彼らが我が都市連合の規約にサインした瞬間、その土地の資源、労働力、そして市場はすべて我がシステムの管理下に入る。長期的なキャッシュフローで見れば、これほど美味しい投資はない」
アレンは即座にバルカスを呼び出し、国境を越えた「インフラ延伸工事」の準備を命じた。
「親方、出番だ。魔導鉄道のレールをさらに北へ百キロ伸ばす。同時に、ダムからの送電幹線を敵陣……いや、新しい『加盟予定地』へと引き込むんだ」
「がっはっは! まさか戦場のど真ん中にレールを敷きに行くことになるとはな。剣を持った騎士たちが、俺たちの工事車両を見て『早く魔力を繋いでくれ!』と手を振ってやがるぜ。奇妙な光景だな、アレン様!」
バルカスの言う通りだった。
飢えと闇に苦しんでいた領民や兵士たちにとって、ネオ・グラードの工事部隊は「侵略者」ではなく「救世主」だった。工事が進み、暗かった街に魔導灯が灯り、駅に物資を満載した列車が滑り込むたびに、領主たちは王家への忠誠をあっさりと捨て、アレンが作成した「ネオ・グラード利用規約」に署名していった。
アレンのこだわりは、ここでも「規格の統一」にあった。
「いいか。加盟するからには、その領地の度量衡、法律、納税システムをすべてグラード規格に合わせてもらう。これは支配ではなく、システムの互換性を確保するための『アップデート』だ」
アレンは、加盟した領地に対し、かつての王家が行っていた「重税」を廃止し、代わりに「インフラ利用料」という名目の低額かつ透明性の高い課金制度を導入した。
さらに、キャッシュレス通貨『G』を導入させることで、その領地の経済動向をリアルタイムで把握し、最適な物資供給を行う「スマートリージョン」化を推進した。
この「インフラによる平和的な浸食」は、王都を完全に孤立させた。
一ヶ月が経つ頃には、王都を取り囲むすべての有力領地が、ネオ・グラードの「システム」に加盟していた。
「アレン殿……いや、アレン閣下。これ以上の抵抗は無意味だと、陛下もお悟りになりました」
王都から派遣された最後の手使は、もはや威厳など欠片もなく、やつれた顔で頭を下げた。
「王都そのものを『グラード特別再開発地区』として受け入れてほしい、とのことです。ただし、王家の最低限の体面と、歴史的建造物の保存を条件としたいと」
アレンは冷徹に資料をめくった。
「王都の維持管理費、および老朽化した下水道の改修コスト。そして王家という名の『不要な間接部門』のリストラ……。コスト面では厳しいが、王都のブランド価値と地政学的な立地を考えれば、買収する価値はあるだろう」
「……アレン様、本当に国を一つ、丸ごと買い取ってしまうのですね」
リディが呆然と呟く。
「リディ。国とは、人々が安全に、便利に暮らすための『巨大な器』だ。その器がひび割れて中身が漏れているなら、新しい器に中身を移し替えるのが、都市計画家の仕事だ」
アレンは立ち上がり、新しい大陸地図を描き出した。
そこには、かつての「王国」という境界線は存在しない。
代わりに、ネオ・グラードを心臓とし、血管のような鉄道と魔力網で結ばれた、機能的で合理的な一つの「巨大都市連合」が描かれていた。
「本日をもって、王国という概念は解体された。これからは、契約とインフラによって結ばれた『新世界』の建設段階に入る。……さあ、リディ。王都の再開発コンペの要項をまとめろ。忙しくなるぞ」
アレン・フォン・グラード。
彼は、血を流す代わりに、契約書と魔導レールを用いて大陸を統一した。
旧時代の王たちが築いた城壁は、アレンが持ち込んだ「利便性」という名のハンマーによって、音もなく崩れ去ったのである。




