第12話:共通通貨「G」と信用のインフラ
ネオ・グラードの独立宣言とインフラ封鎖は、王国に凄まじい衝撃を与えた。だが、アレンにとってそれは「物理的な切り分け」に過ぎない。
次に彼が着手したのは、世界の血液たる『通貨』のリノベーションだった。
「アレン様、また難題です。独立に伴い、王国の金貨や銀貨の流通が滞っています。商使たちは『グラードの品物は欲しいが、支払うための金貨が足りない』と嘆いていますし、領民たちも旧貨幣の価値が下がることを恐れて買い溜めを始めています」
リディが持ち込んだのは、経済の末端で起きている「決済不全」の報告だ。
この世界の経済は、金や銀の現物価値に依存している。だが、急激に膨れ上がったネオ・グラードの巨大な経済規模に対し、物理的な金属の量は圧倒的に不足していた。
「リディ。金貨なんていう重くて、偽造しやすくて、数えるのに手間がかかるデバイスはもう時代遅れだ。これからは、金属の重さではなく『システムの信用』を流通させる」
「……信用を、流通させる? 抽象的すぎてさっぱりわかりません」
「簡単なことさ。ダムに貯蔵された『残存魔力量』。これを担保とした新しい価値の尺度を導入する。名前は『G』だ」
アレンのこだわりは、「通貨とは情報である」という前世の確信に基づいていた。
彼は地下迷宮で見つかった古代の演算回路と、街中に張り巡らされた魔導通信網を連結し、前世の「キャッシュレス決済」を魔法的に再現するシステムを構築した。
アレンは全領民に対し、魔法的な生体認証機能を備えた薄い板状の「魔導カード」を配布した。
「いいか、これからは買い物をする際、金貨を数える必要はない。店にある魔導端末にこのカードをかざすだけで、君たちが都市に貢献して得た『G』が即座に移動する。……決済のリードタイムをゼロにするんだ」
当初、領民たちは目に見えない「数字」を信じようとはしなかった。
だが、アレンは決定的な一手を打つ。
「本日より、ダムから供給される魔力、魔導鉄道の運賃、そしてショッピングモールの全商品は『G』でしか決済できないものとする。旧王国の金貨を持ち込んでも、ここでは一粒の麦も買えない」
この強引とも言える「通貨切り替え」は、瞬く間に劇的な効果を生んだ。
金貨を馬車で運ぶリスク、両替の手数料、紛失の恐怖。それらすべてから解放された商人たちは、こぞって『G』を求め始めた。
何より、『G』はネオ・グラードという「世界で最も豊かで安全なインフラ」へのアクセス権そのものだったからだ。
「アレン様、恐ろしいことが起きています……」
数週間後、リディが震える手で最新の経済指標を持ってきた。
「王国の各地で、商使たちが金貨を捨てて『G』を買い求めています。王都の金貨の価値が暴落し、逆に『G』の価値が上がり続けている。……今や王都のパン一つ買うのに、かつての十倍の金貨が必要になっているそうです」
「当然の結果だ、リディ。信用のない通貨はただの金属だ。この大陸で一番信頼できるものは何か? 王様の言葉か? いいや、間違いなく定刻通りに動く鉄道と、蛇口から無限に出る魔力だ。……信用こそが、最強のインフラなんだよ」
アレンはさらに、魔導通信網を介した「遠隔決済」を導入した。
王都にいる商人が、ネオ・グラードの倉庫にある商品を『G』で決済し、そのまま空路で他領へ配送させる。現金を一度も触ることなく、巨大な富がネオ・グラードのシステム上で動いていく。
「親方。次は『自動引き落とし』の仕組みを実装するぞ。家賃や公共料金をいちいち支払いに来させるのは時間の無駄だ」
「がっはっは! アレン様、あんたはとんでもねぇ泥棒だな。剣も使わずに、王様の金庫を空っぽにしちまうんだからな!」
バルカスが愉快そうに笑う。
王都の財政は破綻寸前だった。軍隊を動かそうにも、支払う金貨に価値がなくなり、兵士たちは「金貨よりもGをくれ」と不満を漏らし始めていた。
アレンが構築した「キャッシュレス社会」。それは、国家の枠組みを経済的なネットワークで上書きする、音の出ない革命だった。
「リディ。次のステップだ。周辺の諸領主たちに通知しろ。彼らが『G』のシステムを導入し、我が都市連合の規約に同意するなら、彼らの領地にも魔導鉄道とダムの魔力を延長してやる……とな」
「……実質的な、経済的併合ですね」
「いいや、再開発だよ、リディ。バラバラに壊れかけている大陸を、一つの巨大な、効率的な都市として建て直すんだ」
ネオ・グラードの夜。
街は、かつてないほど洗練された静寂と輝きに包まれていた。
人々は魔導端末を軽やかに操作し、未来を「決済」していく。
アレン・フォン・グラード。
彼はついに、この世界の「富の定義」を書き換えた。
彼の設計図にあるのは、もはやただの街ではない。世界中の「信用」というエネルギーが流れ込む、巨大なサーバーとしての新国家。
第12話。それは、アレンが真の『世界の支配者』として、通貨という名の鎖を解き放った日であった。




