第44話 副将戦は『ルナリアVS銀老』・前編
『いいな、オマエ。
ブチ殺しがいがある』
仙猿皇の喉奥から、地を這うような低い声が漏れる。
信頼していた配下を2匹同時に、それもゴミのように片付けられ、あまつさえ「弱すぎ」と断じられたのだ。迷宮主としてのプライドが、その黄金の体毛を激しく逆立たせる。
――バチッ、バチチッ!
静電気のような火花が空間に散った。
仙猿皇の全身から溢れ出した濃密な闘気が、物理的な圧力となって砂埃を撒き散らす。逆立った金毛は、まるで伝説の戦士――スーパー○イヤ人の如く輝きを増し、その小柄な体躯からは想像もつかないほどの威圧感となって俺を襲う。
(おー、まるでフリーザ様になった気分だ)
だが、そのプレッシャーを感じれば感じるほど、俺の口角は自然と吊り上がった。心臓の鼓動が早まる。恐怖ではない。これは、強敵を前にした時の歓喜だ。
「あいつは俺がやる。
ルナリアは、銀色のヤツを頼む」
顎でしゃくって、仙猿皇の隣で静かに長い顎髭をさわる白銀の老猿――銀老を指差す。一見すれば枯れた老猿だが、その眼光の奥に潜む狡猾さは、間違いなく一筋縄ではいかない。
隣に立つルナリアが、ふわりと銀髪を揺らしながら杖を構え直した。その瞳には、すでに魔物を狩る魔術師としての冷徹な輝きが宿っている。
「ん、了解したわ。
あんまり無茶しないでね」
「大丈夫だ。
……よし。じゃあ、始めようか」
俺が黄金の仙猿皇へ向けて地を蹴るのと同時に、ルナリアの身体が風を纏い、銀老の正面へと躍り出た。
【ルナリア視点】
『ホホホ、これは驚いた。
若いお嬢さん、しかもエルフとは。
……エルフは、実に貴重だ』
銀老が、粘りつくような視線で私を舐め回す。
『おぬしらエルフは肉をあまり食べぬゆえ、草食動物のような澄んだ味がする。特に、脂ののった乳房は希少な部位なのだが……いかんせん、エルフの小娘からはあまり量が採れんのが悩みどころじゃな』
汚らわしい言葉。
だが、私の心は凪のように静かだった。
魔物の挑発にのるつもりはない。
ただ、一点。
「私、お肉は結構食べるわよ?
だから、たぶんお望みの味じゃないわ」
淡々と言い返しながら、私は無意識に自分の胸元へ視線を落とし、小さく溜息をつく。
「それに……そこについては今後に期待。
余計なお世話よ。
あと――」
言葉の途中で、私は魔力を爆発させた。
「――イグニス・ベール!」
刹那、私の全身を神聖な炎が包み込む。
――バチバチッ!
何かの焼ける音が響く。
それは、見えないほど細い『銀色の糸』。
つまりは、『銀老の体毛』であった。
「女の子の体に『体毛』をこっそり巻き付けるなんて、どうかと思うわよ?」
この短時間の会話の最中、
銀老はすでに攻撃を仕掛けていたのだ。
闘気を練り込んで自在に操る、白銀の体毛。それをルナリアの四肢に絡みつかせ、人形のように支配するつもりだったのだろう。
『……ホゥ。よく気がつきましたな』
「私、目はいい方だから。
魔力や闘気を纏ったものは、嫌でも目につくの」
私は銀老から視線を逸らさず、その背後――囚われた竜人たちに意識を向ける。彼らを閉じ込めている巨大な檻。あれもまた、銀老の体毛を編み上げて作られた『疑似的な鉄格子』だ。
「その檻も、理屈は同じね。
――スピリット・ヴォイド!」
杖を地面に突くと、魔力を帯びた衝撃波が地面を駆け抜け、檻に到達した。瞬間、銀老の練った闘気を瞬間的に中和・散逸させる。
闘気を失った鉄格子はただの『毛』へと戻り、地面に力なく落ちる。
「さぁ、はやくここから逃げて。
近くにあなたたちの仲間が来てるわ。
合流して、手当てをしてもらって」
自由を取り戻した竜人たちは、一瞬呆然としていたが、すぐに戦士としての本能を取り戻して立ち上がった。
「助けていただき感謝する!
だが、俺たちは誇り高き竜人の戦士!
あなた方だけを戦わせて、自分たちだけオメオメと逃げ帰るわけにはいかん!」
「……そう。じゃあ、周囲にいる残りのお猿さんたちの相手をしてもらえるかしら?」
「承った!
野郎共、行くぞ!
戦士長の仇を討つんだ!」
一斉に吠える竜人たち。
その怒号と共に、彼らは周囲を取り囲んでいた赫猿魔の群れへ向けて、死地から這い上がった獅子の如き勢いで突撃を開始した。
『……せっかく捕らえた食料を、こうも簡単に逃がされるとは。また捕まえねばならないではないか』
銀老が、長い顎髭を訝しげに毟る。
「その心配は必要ないわ。
どうせあなたは、ここで私に倒されるんだから」
『……おぬし、少々勘違いをしておるな』
ドクン、と空気が震えた。
老猿の瞳から理知の光が消え、底知れない、獣特有の純粋な殺気が溢れ出す。
彼が解き放った膨大な闘気が、その白銀の体毛を編み上げ、変幻自在に形を変えていく。それは背中から、肩から、脇腹から、まるで何本もの巨大な『腕』が生えたかのようだった。
『術をいくつか無効化したくらいで。
……調子に乗るなよ、小娘。
――千手銀剛。
その身で味わうが良い』
もはや、そこには老いた猿の姿はなかった。
数十本の銀腕を蠢かせる、異形にして武の化身。
私も静かに杖を掲げ、次の魔法を構築し始める。




