第45話 副将戦は『ルナリアVS銀老』・中編
【引き続き、ルナリア視点】
Q:体毛を操るモンスターの対処法は?
A:丸焼きにすればいいんじゃない?
実に短絡的で、理想論的なアイデア。
だが、私にはそれを実行するだけの魔法がある。
「ソル・プロミネンス!」
杖の先から、太陽フレアの如き極大の炎が迸る。
狙うは、無数の銀腕を蠢かせる老猿――銀老。
『受けて立とうぞ!』
長年封印されていた銀老は、
久方ぶりの強敵に嬉々として嗤う。
体毛で編み上げられた腕を前へと突き出し、先端を掌のように大きく広げて炎の波を迎え撃った。
――バアァァァァァァァンッ!
灼熱の爆発が空間を揺らす。
濛々と立ち込める爆煙。
やがて煙が晴れると……。
そこに、銀老の姿はなかった。
(消えた……!?)
見失った。
警戒しながら、敵を見つけ出すために目を凝らす。
だが、最悪の気配は――
『――後ろじゃよ』
背後から、鼓膜にへばりつくような粘着質な声。
「プロテクション・ドーム!」
私は咄嗟に振り返り、
半球状の防御結界を展開した。
『千手銀剛・蹂連拳!』
ドンッ! ドガンッ! ズガンッ!!
四方八方から、結界が乱打される。
『ホホホホホホホホ!
叩いて叩いて、
肉を柔らかくほぐしてやるわい!』
――キィィィィィィィッ!
結界が悲鳴を上げる。
このままでは近いうちに破られてしまう。
何か次の一手を打たなければ。
私は結界の中から、冷静に敵を観察した。
結界を殴りつけている銀色の剛腕。
それは、全部で42本ある。
そしてよく見ると、
そのうちの26本は、
先端が黒く焦げ落ちている。
ここから導き出される考察は2つ。
つまり、さきほどの『ソル・プロミネンス』を防ぐために必要な腕の本数は26本だったということ。
そして、たとえ焼き払ったとしても、毛根さえ残っていれば瞬時に再生されてしまうということ。
(……すっごくやっかいね)
この術を封じるには、『ソル・プロミネンス』を超える火力で、毛根一つ残さず焼き尽くすしかない。
ただ、そうなってくると一つ大きな問題がある。
(こんな場所で超火力の魔法をぶっ放しちゃうと、みんなを巻き込んじゃう……!)
今、私の周囲では、
いたるところで激戦が繰り広げられている。
仙猿皇と楽しそうに殺し合っているサトー。
赫猿魔の群れに決死の突撃を仕掛ける竜人たち。
彼らのためにも、
この場所から急いで離れなければならない。
(そのためには――)
必死に思考を巡らせているなか、
――不意の違和感。
突然、足元がぐらりと揺れた。
何かが、地中深くで蠢いているような嫌な感覚。
「フライ!」
「シェル・ベール!」
本能が告げる危険信号。
私はすぐに飛行魔法と、
自身を包む薄皮の防御魔法を展開した。
次の瞬間。
――ドォォォォォォンッ!!
地中から巨大な銀色の腕が突き上がる。
プロテクション・ドームの弱点。
それは、『足元』からの攻撃だ。
間一髪で結界を解除し、
飛行魔法で攻撃の隙を縫って空へと離脱する。
だが、完全には避けきれなかった。
「ッ……!」
右足の太ももを、鋭い剛毛が掠める。
『おしい!』
シェル・ベールで全身を覆っていたおかげで致命傷にはならなかったが、皮膚の下を強く殴られたような鈍い痛みが走る。
『まだまだじゃあ!』
逃がすまいと、
銀老がさらに無数の腕を上空へと伸ばしてきた。
「ソル・プロミネンス!」
迫り来る銀腕の群れを炎で焼き払い、
強引に道をこじ開ける。
私はそのまま、
一気に上空へと逃れることに成功した。
『ハエのようにちょこまかと逃げ回りおって。
撃ち堕としてやるぞ。
千手銀剛・蝶腕翼!』
眼下で、
銀老が自らの体毛を操り、
巨大な蝶のような羽を形成した。
白銀の羽自体はとても美しい。
だが、それが『体毛』でできていることと、
本体が『醜悪な老猿』であることを思うと、
控えめに言って最悪のビジュアルだ。
銀老が羽ばたき、猛烈なスピードで追尾してくる。
(ちょうどいいわ。
このまま飛んで、この場所から離れる!)
超火力の魔法をぶっ放すための、安全圏へ。
『逃げるな小娘!
千手銀剛・銀砲弾!』
銀老の腕が筒状に変形する。
そこから放たれたのは、
闘気で極限まで圧縮された強烈な毛玉の大砲だ。
体毛を操るという一見地味な能力だが、闘気と合わさることで恐ろしいまでの汎用性を誇っている。
ヒュンッ! ドガンッ!
空気を引き裂きながら、
無数の砲弾が殺到する。
私は飛行魔法を駆使し、
バレルロールで躱し、
急降下で軌道を逸らす。
頬を掠める砲弾に背筋を凍らせながら、
必死で空を駆け抜けた。
かなりの距離を離れた。
人影はない。
眼下に広がるのは、雄大な大河だけ。
(……ここまで来れば大丈夫。
――さぁ、決めるわよ)
私は空中で反転し、
猛追してくる銀老と正面から向き合った。
『……もう逃げないのか?』
獲物を追い詰めたと確信したのか、
銀老がいやらしい笑みを浮かべる。
私は静かに杖を構えた。
「えぇ、このあたりがちょうどいいわ。
あんまり遠くへ離れると、
あなたを倒した後、帰るのが大変だもの」
――場は整った。出し惜しみはしない。
「ソル・ネメシス」
私が扱える、最大火力の炎属性魔法。
全魔力量のおよそ8割を消費する代わりに、
すべてを灰燼に帰す絶望の炎。
銀老の眼前に、
小さな、
本当に小さな火球がフワリと現れる。
次の瞬間。
――バアァァァァァァァアアアアンッ!!!
火球は一瞬にして何百倍にも膨張し、
大気を呑み込み、
視界を白に染め上げた。
空中に第二の太陽が生まれたかのような、
圧倒的な閃光と熱線が弾け飛ぶ。
私は自身に防御魔法を二重にかけ、
凄まじい衝撃波と熱波に耐える。
轟音が過ぎ去り、
すべてを焼き尽くした衝撃が静まった後。
私はゆっくりと前方を確認した。
何もない。
銀老の姿は、完全に消滅していた。
(倒した――)
いや。
私は微かに残る、銀老の闘気を感知した。
視線を向ける。
約300メートル先の林に、巨大な『丸い綿』のようなものが引っかかっていた。
表面は真っ黒に焦げているが、
綿の中身は無事な様子だ。
その綿がシュルシュルとほどけていく。
――そして中から、あの老猿が姿を現した。
爆発の直前。
奴は全身の毛を限界まで伸ばし、
自らを包み込む巨大な綿帽子を形成したのだ。
その結果、爆発による突風を帆のように受けて後方へと吹き飛ばされ、致命的な熱線をやり過ごしたというわけだ。
『ホッホッホ!
ちと激しい爆風じゃったが、
この通り、無傷じゃ』
長い髭を撫でながら、
銀老は底意地の悪い笑みを深める。
『さて、娘っ子のほうは――
ホホホ、すっかり燃料切れじゃな!』
銀老の嘲笑が、森に響き渡った。




