第41話 歩み寄る『殺意』
森の中を、3つの影が疾走する。
「こっちネ!
敵の反応がウジャウジャあるヨ!」
先頭を走るのは蘭鳳だ。彼女は複雑に入り組んだ樹海を迷いなく進んでいく。どうやら彼女は、微細な魔力や気配を感じ取るスキル『サーチ』の能力を持っているらしい。
「森が騒がしいわ。
動物たちも異変に気がついているわね」
並走するルナリアが、険しい表情で周囲を観察する。自然と共に生きるエルフの感覚は鋭敏だ。
(迷宮まで、まだ8日はかかるはずだったのに。
こんなに早く迷宮に挑戦できるとはな)
迷宮暴走のおかげで、向こうから出向いてきてくれたわけだ。
何が起こるか分からない。
だからこそ、異世界は面白い。
俺は走りながら愛刀『ナイト=ペイン』を抜き放ち、臨戦態勢に入った。
数分もしないうちに、森が開けた場所に出た。
そこは、まさに地獄絵図だった。
「ぐあっ!」
「くそっ、キリがない!」
十数人の竜人の男たちが、必死の形相で武器を振るっている。彼らは集落を守るために残った殿部隊だ。だが、その体はすでに満身創痍。肩で息をし、立っているのがやっとという状態だった。
対する敵は――赫猿魔。身長2メートルを超える、赤黒い体毛に覆われた大猿の魔物だ。太い腕から繰り出される豪腕は岩をも砕き、その数は目視できるだけでも50体を超えている。
『ウキャキャキャキャキャ!』
『グガァァァァッ!』
猿たちは嘲笑うように奇声を上げ、次々と森の奥から湧き出てくる。絶望的な戦力差だ。
「クソッ!」
一人の戦士がバランスを崩し、倒れ込む。そこへ、赫猿魔が巨大な拳を振り上げた。あの拳が直撃すれば、頭蓋などトマトのように弾け飛ぶだろう。
「危ないネ!」
蘭鳳が悲鳴を上げるのと、俺が地面を蹴ったのは同時だった。
――ヒュンッ!
風を切る音と共に、俺の体は戦士と魔物の間に割って入っていた。
「え……?」
死を覚悟した戦士が、呆然と目を見開く。 赫猿魔の拳が、間に入った俺の脳天めがけて振り下ろされる。
(遅いな)
――ザンッザンッ!
瞬間、銀閃が走る。
赫猿魔の動きがピタリと止まった。
次の瞬間、振り上げられた剛腕が肩から滑り落ち、続いて首がゴロリと地面に落ちた。
『ウ……ギャ……?』
断末魔を上げる暇もなく、巨体が崩れ落ちる。
「あ、あんたはいったい?」
助けられた戦士が、震える声で俺を見上げる。俺は剣についた血を払い、ニヤリと笑いかけた。
「助けに来た。
あとは俺がやる――いや、やりたいから、みんなは少し休んでてくれ」
俺は視線を前方に移す。仲間を一撃で殺され、周囲の赫猿魔たちが一斉に俺を敵と認識したようだ。 60体近い殺意が俺に集中する。
『ウキャキャキャキャッ!』
四方八方から、赤い津波となって猿たちが襲いかかってくる。普通なら恐怖で足がすくむ光景だろう。だが、今の俺には『食後の運動相手』にしか見えない。
「さぁ、蹂躙の時間だ」
俺は深く息を吸い込み、魔力を練り上げる。使うのは、数日前に手に入れたばかりのあのスキルだ。
「レイジ・フィスト!」
――ボォォォォォッ!
俺の拳が、紅蓮の闘気に包まれた。
赫猿魔たちは、自慢の腕力で獲物を殴り殺す。ならば俺も、同じ土俵でねじ伏せてやろう。
『ウギャッ!』
赫猿魔が拳を振り下ろす。
それに合わせて、俺も拳を叩きつけた。
まずは力比べだ。
――バァァァァンッ!
結果、
衝突音と共に、赫猿魔の右腕が根元から吹き飛んだ。
「まぁ、下っ端はこんなもんか。
コイツらを早く一掃して、ラスボスに挑むぞ」
そう言いながら、俺は片腕を無くして怯んだ赫猿魔の頭を吹き飛ばした。
圧倒的な暴力。
赫猿魔たちは次々と光の粒子となって消えていく。。
「す、すげぇ……」
「なんだあの強さは……!」
竜人の男たちが、開いた口が塞がらないといった様子で見ている。そんな彼らの視線を背中に感じながら、俺はさらなる敵を求めて戦場を駆ける。
しかし、あまりにも狩るペースが早すぎて、赫猿魔の湧きが追いついていない。もっといっぱい、かかってきて欲しい。
というか、他の場所で戦っている竜人たちを助けるためにも、周辺にいる赫猿魔を全部ここに集めたいところだ。
(よし、アレを使おう)
「ルナリア、『がっつりチキン』を使ってくれ!」
「分かったわ!」
ルナリアは俺の要望に応え、アイテムポーチから『黄色いチキンの玩具』を取り出した。
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【がっつりチキン】
けたたましい音を立てて、周囲のモンスターをがっつり集めるアイテム。見た目は、某『叫ぶチキン』に酷似している。
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「えぇと、使い方は――。
あ、お腹を押せばいいのね」
ルナリアが『がっつりチキン』のお腹をグッと押して、解放する。
その瞬間、
――ぴゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあっ!
チキンが、甲高い奇声を上げた。
もう、完全にソレである。
叫び終わったチキンは役目を終え、すぅ〜と光の粒子になって消えていった。
「ものすごい数の気配が、こっちに近づいてくるヨ!
100は優に超えてるヨ!
アナタ、いったい何したネ!?」
蘭鳳がルナリアの肩を掴んで揺さぶる。
「大丈夫よ、サトーが何とかするから。
そうよね?」
「あぁ、俺にやらせてくれ。
ルナリアは、竜人たちの護衛を頼む」
「ん、分かったわ」
「いつも助かる」
ルナリアがいれば、みんなの安全は確保できる。
後顧の憂いはない。
――ドドドドドドドド!
地響きと共に、迫り来る赫猿魔の大群。
俺は愉悦に口元を歪め、再び戦場へと飛び込んだ。
「よし、お前で最後だな」
――ブシャッ!
最後の1匹の頭を握り潰し、俺は血を振り払った。周囲には静寂が戻っている。ひとまず、危機は去ったようだ。
「……サトー殿。我ら一族を救っていただき、感謝の言葉もございません」
竜人の戦士が、俺の前に進み出て片膝をつく。
めっちゃ畏まっている。
「気にしないでくれ。
それより早く、ケガ人を助けよう」
俺たちはすぐに救助活動に移った。途中、赫猿魔たちは何度も襲ってきたが、その度に俺が瞬殺して退けた。
4時間ほど、森を捜索しただろうか。
何人か遺体で見つかった者もいたが、被害は予想よりも少なく済んだ。『戦士の儀』に参加していた若者たちも、多くが無事に保護された。
だが、未だに行方が分からない者もいる。
蘭鳳の兄、天翔もその1人だった。
「……お兄ちゃん」
蘭鳳の表情が曇る。
俺はルナリアと顔を見合わせ、頷き合った。
「俺たちはこれから『猿猩雲仙』へ向かう。迷宮主を倒さないと、この暴走は止まらないだろうからな。その時、一緒に君の兄を探すよ」
「……サトー」
「そうね、きっとどこかに身を隠してるのよ。
大丈夫、諦めちゃダメよ」
ルナリアも、蘭鳳の頭をポンポンして励ます。
「そうネ。
お兄ちゃんが簡単に死ぬわけないネ……!」
2人の励ましを受け、蘭鳳の瞳に少しだけ光が戻る。
そんな話をしていた、その時だった。
「――ッ!
何かがこっちに来るネ!」
蘭鳳が鋭い声で警告を発する。
――ゴクリ。
一同、戦闘態勢をとって、襲撃に備える。
そんな俺たちの前に、
茂みがガサガサと揺れ、人影が現れた。
それは、
「お兄ちゃん!」
蘭鳳が叫び、駆け寄ろうとする。そこに立っていたのは、探していた兄、天翔だった。
「良かったネ!
心配したんだヨ!
もう死んじゃったかと――」
「……」
天翔は何も答えない。ただ、異様に口角の上がった笑みを浮かべ、蘭鳳を見下ろしている。
――ゾワッ!
突然、強烈な殺気が肌を刺した。
俺は本能的に剣を抜く。
「蘭鳳、離れろッ!」
叫ぶと同時に、天翔の笑みが醜く歪んだ。
バキバキと音を立てて腕が変形し、長く伸びた爪が蘭鳳に襲いかかる。
――ガキィィンッ!
間一髪。
俺の『ナイト=ペイン』が、その凶刃を受け止めた。
「お前、天翔じゃないだろ」
至近距離で睨みつける。目の前の『ソレ』は、人間にはありえない角度で首を傾げ、ニヤリと笑った。
『エイフ・ギリタ?
《あ、なんでバレたんだ?》』
――ボンッ!
天翔の姿が白煙に包まれる。
煙が晴れたそこに立っていたのは、金色の体毛と邪悪なオーラを纏った小柄な猿――迷宮主だった。




