第40話 竜人たちとの『交流』
ルナリアと2人、優雅に湖畔ランチを楽しんでいたところに、謎の竜人娘が乱入してきた。どうやら追い剥ぎ目的のようだったが、極度の空腹により自滅。
倒れたままお腹を鳴らす彼女を放っておくわけにもいかず、俺は追加で食事を用意してやることにした。
「はぐ、むぐっ!
これめっちゃ美味しいネ!
もっと欲しいヨ!」
「へい、おまち」
少女はブラックホールのごとき吸引力で、次々と肉を胃袋へ吸い込んでいく。俺は網の上で肉を焼き、タレを絡め、皿に乗せる作業を延々と繰り返していた。
なんか、居酒屋の大将になった気分だ。
「ふぅ〜、もう満足ネ〜、美味しかったヨ〜」
串焼きを100本以上平らげた蘭鳳は、お腹をさすりながら芝生の上に大の字になって寝転んだ。俺とルナリアも、お茶をすすりながら一息つく。
「美味しい食べ物に、綺麗な景色。
社畜時代には手に入らなかった幸せだな」
3人で並んで、ゆったりと食後の余韻に浸る。
平和な昼下がりだ。
と、思ったのも束の間。
「いや、こんなことしてる場合ちゃうネ!」
くつろいでいた竜人娘が、シュバッと飛び起きた。
「まずは、ご飯恵んでくれてありがとネ。
すごく美味しかったヨ。
――はい、これでひとまず感謝終了ネ」
彼女はキリッとした顔で宣言し、腰に手を当てた。
「さぁ、アナタたち!
残りの食糧ぜんぶ、ワタシに渡すヨロシ!
抵抗するなら力ずくで奪うヨ!」
さっきの続きをやり始めた。
満腹になったことでエネルギーが充填され、本来の目的を思い出したらしい。恩を仇で返すとはこのことだが、その表情にはどこか切羽詰まったものがある。
この竜人娘が、なぜそこまでして食糧を求めているのか。まずは事情を聞くべきだろう。
「そういえば、デザートまだ食べてなかったな。
はい、これルナリアの分。
はい、これ君の分。
それでも食べながら、君の話を聞かせてくれ」
「なにこれ、めっちゃ甘いネ!
とろけるヨ!
ほっぺた落ちるネ!」
俺たちはスプーンを咥えて幸せそうに頬を緩める彼女から、事の顛末を聞くことにした。
「ワタシの名前は蘭鳳ネ!」
黒髪に鮮やかな赤のメッシュが入った髪を揺らし、少女は元気よく名乗った。大きな瞳に、健康的でしなやかな肢体。見るからに活発そうな、元気印の竜人娘だ。
話によれば、彼女はこの先の冥公山の近くに住む竜人族の娘らしいのだが、現在、竜人族たちは深刻なトラブルに見舞われているという。
「赫猿魔の大群が村を襲ったネ。みんな命からがら逃げ出したけど、食べるものがなくて困ってるヨ」
「冥公山に、赫猿魔か」
その単語に、俺は眉をひそめた。どちらも、俺たちの目的地である☆3ダンジョン『猿猩雲仙』に関連するキーワードだ。
「『猿猩雲仙』って聞いたことあるか?」
「あぁ、赫猿魔たちの住処のことネ。アイツら、普段は住処から絶対に出ないはずナノニ、急に雪崩みたいに押し寄せてきたヨ。……なにかがおかしいネ」
蘭鳳の表情が曇る。
この子の話をまとめるとこうだ。
『猿猩雲仙』には赫猿魔が生息しているが、普段は迷宮内から出てこない。しかし、何らかの理由で迷宮が暴走し、その余波で竜人族の集落が襲われた。
そして、着の身着のまま逃げてきた彼らに、十分な食料などあるはずもない。そこで、ちょうど美味そうな飯を食っていた俺たちから飯をカツアゲしようとしたらしい。
「お前たち、食糧をたくさん持ってるネ?
お願いヨ!
ワタシの仲間にも分けてほしいネ!」
蘭鳳は地面に頭を擦り付けんばかりの勢いで頼み込んでくる。
(まぁ、たまたま食糧は腐るほど持っているし、困っているなら助けるのが筋か)
それに、迷宮が暴走した理由も気になる。
現地民から何か詳しい話を聞けるかもしれない。
「分かった、仲間のところへ案内してくれ」
蘭鳳の案内で、俺たちは竜人族が身を隠しているという岩場へ向かった。鬱蒼とした森を抜け、切り立った崖の下にある洞窟の前。そこには300人近い竜人たちが身を寄せ合っていた。
彼らの姿は、基本的には人間と変わらない。だが、その頭部には天を衝くような2本の角が生え、手足は硬質な竜の鱗で覆われている。ファンタジー作品でよく見る、典型的な『竜人』の姿だ。
(めっちゃ見られてるな、俺たち)
突然現れた異邦人――人間とエルフのコンビに、彼らは一様に警戒の眼差しを向けてくる。無理もない。極限状態の彼らにとって、得体の知れない部外者は敵でしかないだろう。
ピリついた空気が流れる中、蘭鳳がトテトテと一人の老婆のもとへ駆け寄った。
「バアちゃん!この2人組が食糧を分けてくれるって言ってるヨ!」
老婆――避難民を取りまとめている巫婆の霊辰は、俺たちをじろりと観察した。
「ふむ、エルフと――ニンゲンか?
しかし蘭鳳や、見たところ、この方々は何も持っていないようだが?」」
たしかに、アイテムはすべてスマホのポーチにしまっているので、はたから見れば一文無しに見えるだろう。
疑うのも無理はない。
「とりあえず、自己紹介はあとにして。
ルナリア、今こそ爆買いしたアイテムの使いどころだ。さぁ、ドカンと出してやってくれ」
「分かったわ!」
ルナリアは待ってましたとばかりに胸を張り、手慣れた手つきでスマホを操作した。
次の瞬間。
――ドサドサドサドサッ!
虚空から、山のような物資が雪崩のように溢れ出した。燻製肉、パン、新鮮な果物、さらには樽に入った酒までもが、瞬く間に小山を築く。
「こ、これはいったい……!」
霊辰が驚愕に目を見開く。遠巻きに様子を見ていた竜人たちも、突如現れた食糧の山に吸い寄せられるように、ぞろぞろと集まってきた。
「さぁ、遠慮はいらないわ!
お腹いっぱい食べてね!」
その後は、ちょっとしたお祭り騒ぎになった。
空腹を満たした竜人たちの顔には生気が戻り、俺たちへの警戒心もすっかり解けたようだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」
「こんなに美味しいご飯、食べたことない!」
小さな角を生やした子供たちが、口々に礼を言いながら集まってくる。実に和やかな光景だ。さっきまでの悲壮感が嘘のように、場は温かい空気に包まれている。
「ね? 爆買いして良かったでしょ?」
ルナリアが勝ち誇った顔で胸を張る。
アイテムショップで彼女が暴走気味に買い込んだ時は、「これ、1年分くらいあるだろ……」と戦慄したものだが、結果的にこうして人助けができたのだから、よしとしよう。
「サトー殿、ルナリア殿。この度は我らを救っていただき、なんとお礼を申してよいやら……」
子供たちの世話を終えた霊辰が、深々と頭を下げてきた。
「困った時はお互い様です、霊辰さん」
俺は笑顔で応じつつ、本題を切り出した。
「実は俺たち、『猿猩雲仙』に用があって、この近くまで来たんです。よければ、今回の騒動について詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
「ふむ……」
霊辰の話は、基本的には蘭鳳から聞いた内容と同じだった。
しかし、1つだけ、気になる情報があった。
「この騒動が起きる直前に、一族で『戦士の儀』が行われておったのじゃ。成人したばかりの男たちが、力試しに赫猿魔を狩る儀式での……。もしかしたら、彼らが迷宮でなにかをしてしまったのかもしれん」
「なるほど」
突然、迷宮が暴走した理由。その引き金は、儀式に向かった若者たちが引いてしまった可能性が高い。
そして、彼らのほとんどが、まだ迷宮から帰ってきていないらしい。
(食後の運動がてら、原因の究明と生存者の救助に向かうのも悪くないな)
そう考えていた時だった。
「はぁ、はぁ……!
お、お前ら、ここからすぐ逃げろぉっ!」
森の方角から、1人の男が転がり込むように現れた。殿を務めていた戦士の1人だろうか。全身が傷だらけで、身体中から血が流れている。満身創痍だ。
「奴らが、赫猿魔の群れが、すぐ近くまで来ている!
防衛線が突破された!」
場が凍りついた。
子供たちが悲鳴を上げ、母親にしがみつく。せっかく穏やかな空気になっていたところに、再び絶望が舞い戻ってきたのだ。
だが、しかし、
俺にとっては、ちょうどいい。
「よし、出番だな」
俺は腰の剣に手をかけ、不敵に笑った。




