第39話 腹ペコの『追い剥ぎ』
村を出発してから、7日目の昼。
「お、あれが『転移装置』じゃないか?」
遠くの開けた場所に、ストーンヘンジみたいな石柱群が見えてきた。『i map』の表示とも一致しているし、あれが転移装置なのだろう。
「やっと……ちゅー……着いたのね……ちゅー」
隣を歩くルナリアは、異世界タピオカミルクティーをストローで吸い上げながら呑気な声を上げた。
完全にピクニック気分である。
この7日間、俺たちは野営をしながら次の目的地である☆3ダンジョン『猿猩雲仙』を目指してきた。本来なら過酷な旅路になるはずだが、豊富な課金アイテムのおかげで、ここまでわりと快適な旅を送れた。
せっかくなので、
役に立ったアイテムを2つほど紹介しよう。
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【シャワーボール】
〜説明〜
透明なゴム状のボール。
10分間、頭上からお湯を流してくれる。
気温によってお湯の温度が変わる。
値段:800G
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現代人が異世界に飛ばされてまず気になるのは『お風呂事情』……でもないが、やはり風呂に入れないのは嫌だろう。
特に、俺は今、ルナリアと一緒に旅をしている。
ニオイや汚れには気をつけたい。
そんな時にこれさえあれば!
いつでもどこでも手軽に温かいシャワーを浴びることができる。シャンプーや石鹸(自然に良いやつ)も別売りで売っているので、匂いに困ることはない。
QOLが爆上がりだ。
あと、お風呂といえば……、
エルフたちはヌーディスト気質があるらしい。
ルナリアと出会った初日、川で体を清めた彼女は、何食わぬ顔で服を着ないまま俺の元へ戻ってきたことがあった。
あまり異文化を否定したくはないのだが、さすがに公序良俗的に問題になりそうなので、人前では常時服を着るよう約束してもらった。
以来、彼女はちゃんと約束を守ってくれている。
ちゃんと約束守れてえらい。
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【魔物除けキャンプカバー】
〜説明〜
縦横5メートルの空間に特別な結界を張る。
雑魚モンスターはその中に入ることができない。
12時間経つと結界は勝手に消失する。
※迷宮内では使えない。
値段:3,000G
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いわゆる、モンスター版の蚊帳である。
これがあれば、夜も安心して熟睡できる。
飯の匂いに釣られてゴブリンたちが何匹かやって来たことがあったが、結界に阻まれて中に入れず、指をくわえてヨダレを垂らしながら去っていった。
さながら、異世界版サファリパークである。
「きみは体色がナメ◯ク星人みたいなフレンズなんだね!」→ゴブリン。
と、そうこうしているうちに、俺たちは転移装置らしき遺跡に到着した。ストーンヘンジの完成版のような、円形に並んだ石柱。石柱には、よくわからない文字が刻まれている。
「で、どうすれば転移できるんだ?」
「真ん中に立ってみるのはどうかしら?
なんか、見るからに怪しくない?」
遺跡の中心には、「ここに乗ってください」と言わんばかりの台座があった。
「なるほど」
というわけで、
俺とルナリアは一緒に台座に乗る。
その瞬間、
――ピロリロリン♪(着信音)
俺とルナリアのスマホが鳴った。
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【TG20769:転移装置に接続しました】
〜入力欄〜
転移したい転移装置のナンバーを入力してください。
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どうやら、転移装置ごとにIDナンバーがあり、それを入力することで転移する仕組みらしい。
今俺たちがいるのは『TG20769』。そして『i map』によれば、目的地のナンバーは『MR96192』だ。
さっそく、画面に入力する。
「これで送信っと――あ」
送信ボタンを押した瞬間、エレベーターに乗った時のような浮遊感に襲われるとともに視界が歪んだ。
そして次の瞬間、
景色が一変していた。
鬱蒼とした森の中にいたはずが、目の前には静かな湖畔と、切り立った岩山が広がっている。
まさに『秘境』といった趣の場所。
「ほんとに転移できたわね。
景色もいいし、ここで一旦、ご飯にしよ」
「お、いいね」
迷宮までは、ここからさらに徒歩で8日ほどかかる。焦る旅でもないし、気長に行こう。
俺たちは湖のほとりで火を焚き、昼食の準備を始めた。肉の焼ける香ばしい匂いが、静かな湖畔に漂い始める。
「もぐもぐ――あ、なるほど、これが幸せか」
「わたしも今、すごく幸せ」
だが、俺たちは気づいていなかった。
呑気に昼食を食べる俺たちを、物陰からじっと見つめる『飢えた視線』があることに。
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【迷宮暴走から避難した竜人族たち】
迷宮暴走からすでに3日が経過していた。
赫猿魔の大群に襲われ、集落を追われた竜人たちは、かなり遠くの方まで逃げ延びていた。
男衆は殿として残り、今もどこかで戦っているはずだ。普段なら彼らが狩猟で食料を調達してくるのだが、今はいない。その上、命からがらの避難だったため、ろくな食料を持ち出すこともできなかった。
結果、彼らは深刻な飢えに直面していた。
若い女衆たちで食料を必死に集めているが、300人近い避難民の腹を満たすには到底足りない。
「蘭鳳、悪いがよろしく頼むよ」
女衆を取りまとめている巫婆が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「まかせて、バアちゃん!
いっちょ行ってくるネ!」
蘭鳳は満面の笑顔で手を振り、今日も食糧探しへと飛び出した。住んでいた集落を失っても、彼女は明るいまま。
だがそれも、『空元気』である。
集落を失い、悲しみに暮れる皆を元気づけるために、無理やり明るく振る舞っているだけだった。
――ぐうぅぅぅぅぅぅぅ。
盛大にお腹が鳴る。
見つけた食料はできるだけ子供や老人に回しているため、ここ3日間、蘭鳳はろくに食事をしていない。それでも、なんとか必死に生きていた。
兄である天翔なら、きっとそうするから。
(……お兄ちゃん、大丈夫カナ?)
あれから、天翔は行方不明のままだ。
とても心配である。
(もしかしたら――。)
悪い想像が頭をよぎる。
「ううん、お兄ちゃんは強いから大丈夫ネ!
今は自分たちの心配スルヨ!」
蘭鳳はブンブンと頭を振って不安をかきけし、食糧探しに集中しようとした。
と、その時。
――すんすん。
「……あれ?
なんかすごくいい匂いがするネ」
風に乗って、脂の乗った肉の焼ける匂いが漂ってきた。極限の空腹も相まって、理性が吹き飛ぶ。蘭鳳の体は、操り人形のように勝手に匂いの元へと引き寄せられていった。
茂みをかき分けると、
そこには湖畔でくつろぐ一組の男女がいた。
女の方は、長い耳と美しい紫髪を持つエルフ。
そして男の方は――。
「あれは……ニンゲン?」
最近、この世界に突如現れた謎の種族だ。
耳が短く、奇天烈な服を着ている。
集落にも何度か人間がやってきたが、怪しいのでその度に追い返していた。なぜエルフと人間が、こんな場所で仲良くご飯を食べているのか。
いや、そんなことはどうでもいい。
(すごく……おいしそうネ……)
――ゴクリ。
匂いの正体は、彼らが焚き火で焼いている串焼き肉だ。滴る肉汁。焦げた醤油の香り。口の中に大量のヨダレが溢れ出す。
(彼らから食料を奪えたら、みんな喜ぶヨ!
普段はそんなことしないけど、今は非常事態。
……やるしかないネ!)
背に腹は代えられない。蘭鳳は覚悟を決め、茂みから2人の前へと勢いよく飛び出した。
「アイヤーッ!
そこのあなたたち!
痛い目に遭いたくなかったら、持ってる食糧をぜんぶここに置いていくヨロ――」
威勢よく見得を切った、その直後。
――きゅるるるるるるるるる。
雷のような腹の虫が鳴り響いた。
「……くっ、お腹が空きすぎて力が……」
ガクリ。
蘭鳳は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。
エルフと人間の2人は、顔を見合わせる。
そして男(人間)の方が、焚き火で焼いていた串焼きを1本手に取り、倒れている蘭鳳に差し出した。
「とりあえず……僕の串焼きをお食べよ」
男はアンパンの代わりに、串焼きを分けてあげた。
それが、俺と蘭鳳の出会いだった。




