第38話 解き放たれし『迷宮主』
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【シュミル地方・竜人族の集落】
――シャァァァァァァンッ!
銅鑼の音が、渓谷に木霊する。
極彩色の装飾が施された中華風の建物が並ぶ、竜人族の隠れ里。その中央広場に、屈強な男たちが整列していた。
「これより、『戦士の儀』を開始する!」
祭壇の前で、戦士長が厳かに告げる。目の前に並ぶのは、今年成人を迎えたばかりの若き竜人たちだ。
「明日の日の出前に、赫猿魔を討ち取り、その『左耳』を持ち帰れ!それを成し遂げた者のみが、一人前の戦士を名乗ることを許される!
――さぁ、行くのだ!」
号令とともに、若者たちが地を蹴る。一斉に山へと駆け出す男たちの背中を、里の女子供たちが見送っていた。
「お兄ちゃん、がんばってネ!」
ひときわ通る声援を送るのは、赤と黒のメッシュが入った髪を揺らす少女、蘭鳳だ。兄である天翔は、走りながら振り返り、妹にひらりと手を振ってみせた。
そんな彼の横に、猛スピードで並走する男がいた。
「おい天翔、分かってるよな?
より多くの赫猿魔を倒した方が、麗鱗を嫁にできる。
漢の勝負だ!」
同期の空辰だ。彼は天翔の同意も得ず、勝手に勝負を突きつけてニヤリと笑う。
「だから何度も言ってるだろ。
それは麗鱗自身が決めることだ。
俺たちが勝手に決めていいことじゃない」
天翔は呆れたように溜息をつく。
だが、空辰は鼻を鳴らしてさらに加速した。
「ハッ、なんだ?
負けるのが怖いのか?」
安っぽい挑発。
天翔の眉が一瞬ピクリと動く。
が、すぐに冷静さを取り戻し、鋭い視線を向けた。
「……俺が、お前に負けるわけないだろ」
2人の影が、風のように森の中へと消えていった。
【冥公山】
そこは、切り立った5つの岩山が『蓮の花』のように円形に並ぶ、天然の要害だった。中央部は盆地となっており、一年中、深い霧に覆われている。
今回の獲物である赫猿魔は、この危険地帯に巣食っている。
「――シッ!」
鋭い突きが、赫猿魔の喉元を貫く。
「これで10体目!
そっちはどうだ!」
「俺は12体」
「チッ、マジかよ!」
天翔と、空辰。
2人の実力は、他の参加者たちと隔絶していた。
里始まって以来の逸材と称される2人は、次期戦士長候補として常に競い合ってきたライバル同士であり――そのうえ、想い人まで同じだった。
2人は競い合うように、奥へ奥へと進んでいく。
他の者たちが手前のエリアで苦戦する中、彼らの足は止まらない。やがて彼らは、過去に誰も到達していない領域――冥公山の中心部へと踏み入った。
「こりゃいったい……?
天翔、ちょっとこっちに来てくれ!」
深い霧の中、先行していた空辰が足を止めた。
「なんだ、どうした?」
倒した赫猿魔の左耳をナイフで削ぎながら、天翔が返事する。
「いいから、早く来てくれ!」
ただならぬ様子に、天翔は警戒しながら駆け寄った。
そして、息を呑む。
「これは……なにかの遺跡か?」
霧の晴れ間に現れたのは、巨大な石積みで造られた、古代の霊廟のような建築物だった。苔むした石壁には、数珠を首にかけた僧侶のようなレリーフが彫り込まれている。
「中央に入り口があるぞ!
入ってみようぜ!」
空辰が好奇心を抑えきれずに入り口へ向かう。天翔もまた、未知の遺跡に惹かれ、その後を追った。
「こんな場所があったなんてな!
村に帰ったらみんなに話してやろうぜ!」
「おい、気を引き締めろ。
何が起こるか分からんぞ」
石造りの回廊を進むと、すぐに突き当たりの広間に出た。そこには、1体の石像が鎮座していた。
「これは……猿の石像?」
祭壇の上に、あぐらをかいて座る猿の像。その姿は、まるで中国の古い物語に出てくる『斉天大聖』を彷彿とさせた。
「見ろ、あの石像の頭に金の輪がはめ込まれている!
お宝みっけ!」
空辰が目を輝かせて祭壇に駆け寄る。
その目は完全に泥棒のそれだった。
「おい、やめておけ!
見るからに怪しいだろ!」
「これ、麗鱗にあげたら喜ぶぞ!
って、硬いなこれ!
うぐぐぐぐぐ――うおっ」
制止も聞かず、空辰が力任せに引っ張る。
――スポン!
古びた石像の頭から、金の輪がすっぽりと外れた。
その瞬間、
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
遺跡全体が、悲鳴のような地響きを上げた。
「な、なんだこれ!」
立っていられないほどの激震。
天井からパラパラと砂塵が落ちてくる。
「おい、あれを見ろ!」
天翔が指差した先。
金の輪を失った石像に、ピキピキと亀裂が走り始めた。その隙間から、直視できないほどのまばゆい光が溢れ出す。
次の瞬間。
――ピカァァァァァンッ!
閃光とともに、石像が内側から爆散した。
2人はとっさに腕で顔を覆う。
「な、なんだったんだ今のは?」
やがて、揺れが収まる。恐る恐る目を開けると、そこにあったはずの石像は跡形もなく消えていた。
――ゾワッ!
代わりに、全身の毛が逆立つような、冷たく重い殺気が背後から膨れ上がった。
2人は弾かれたように振り返る。
そこにいたのは、1匹の猿だった。
赫猿魔よりも遥かに小柄。
だが、その体から立ち昇る金色の闘気は、生物としての格の違いを雄弁に物語っていた。
『ハマンタティ・レレガ・ハゼー!
《この時をどれほど待ち侘びただろうか!》』
猿は自身の両手を見つめ、恍惚とした表情でニヤリと笑う。封印から解き放たれた歓喜が、その邪悪な瞳に宿っていた。
『ハホータム・ニシュバー!
《封印は解かれた!》』
猿が腕を振り上げ、咆哮する。
『アヴダイ・ヒシュトレルー!
《野郎ども、思う存分、暴れ回りやがれ!》』
――ウキャキャキャキャキャ!
その日、竜人族の集落は地獄と化した。
「なぜこんなところにまで赫猿魔が!?
こいつらはあの場所から出られないんじゃないのか!?」
見張り台の男が絶叫する。
山の斜面を埋め尽くすほどの赤い津波――赫猿魔の大群が、雪崩のように集落へと押し寄せていたのだ。
「戦士たちよ、盾となれ!
女と子供を逃がす時間を稼ぐのだ!」
戦士長の怒号が響く。
しかし、
その声もすぐに魔物たちの咆哮にかき消された。
☆3ダンジョン『猿猩雲仙』。
迷宮主に施されていた封印が解かれたことで、特殊ギミック『迷宮暴走』が引き起こされたのである。




