↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/44

第35話 喜劇と『悲劇』・前編

==========

【☆1ダンジョン『悲像神殿』】


――ゴゴゴゴゴ。


 何か重たいものを引きずるような音が、

 暗い神殿の奥深くから聞こえてくる。


 いったい、この奥に何が待ち受けているのか。


 好奇心が背中を押すだろうが、

 汝、ここが迷宮であることを忘れること勿れ。


 暗闇の中、

 人の形を模した石像が並び立っている。


 彼らの表情は激しく歪み、

 哀しみに沈み、

 苦悶に満ち、

 絶望を刻みこんでいた。


 汝は一通り見渡したあと、

 石像たちから目を逸らし、

 奥へ奥へと進み続けるだろう。


 石像の瞳が、

 汝の背中をじっと見つめている事も知らずに。

==========




==========

【ランキング18位:クラウス=ヘルゲン】


リンク:

i tube://watch?v=A7x9Qz31krM

【クラ爺の異世界冒険記】爺、中ボスと戦う

視聴者:182,912 高評価:46.2万 低評価:512



 そこは、古代ギリシャの神殿を想起させる荘厳な空間だった。


 天を衝くような巨大な円柱。壁面には、火山灰に埋もれた『ポンペイ』の遺跡を思わせる、古き時代の栄華が描かれている。


『ハガアヴァー・マフシハー・カヴォド。

 《傲慢は栄光に影を落とす》』


『シムハー・ベアナヴァー・トーヴァー。

 《喜びは謙虚に嗜むが最良》』


『ペラフ・アディン・ブリ・エメト・ノーベル。

 《花は繊細、真心込めねば、すぐに凋落す》』


――ウフフフフフフ!

――アハハハハハハ!

――オホホホホホホ!


 部屋の中央に鎮座する三体の女神像が、挑戦者たちを見下して嘲笑う。


 彼女たちは大理石の彫像であるにもかかわらず、その裸体は不気味なほどに肉肉しく、魅惑的だった。


 どのような名匠が手掛けても、これほど生々しい質感は出せないだろう。美しく、それ故に、人智を超えた恐ろしさを孕んでいる。


「4体3か。

 こっちの方が数は多いが、相手は中ボス。

 どうする、じいちゃん?」


 パーティーメンバーの青年、フリッツが杖を構えながら問う。その隣では、彼の恋人であるマリーも緊張した面持ちで杖を握りしめていた。


「敵が強かろうと、ワシらはいつも通りに戦う」


 穏やかな、しかし芯のある声が響く。


「ワシと婆さんで1体ずつ相手するから、お主らは2人で1体を相手してくれ。

 さぁ、婆さんや、いくぞい」


 ローブを身にまとった、長い白鬚《しろひげ》の老人。

 その姿は、某ダンブルド◯先生を彷彿とさせる。


 クラウス=ヘルゲン。


 戦後間もない混沌としたドイツに生を受け、激動の時代を生き抜いてきた御年78歳の魔(・)法(・)使(・)い(・)だ。


「ドラゴン・フレイム」


 クラウスは初手から、自身の持つ最大火力のスキルを解き放った。


 手加減はしない。早く自分の敵を倒して、婆さんや孫たちの加勢に行かねばならないからだ。


 準備は万全。携帯マナバーの上位アイテム、『マナドリX』も潤沢に買い込んである。魔力を惜しむ必要はない。


 轟音と共に、

 灼熱の炎竜が女神像へと襲いかかった。





 3時間後。


 クラウスたちは無事に中ボスを討伐し、迷宮の外へ脱出していた。


 ひとまず、安全である。


「せっかく中ボスを倒したのに。

 世間は『佐藤太一』一色だもんなぁ。

 あーあ、おもしろくないなー」


 青年フリッツは、スマホでエゴサーチをしながら愚痴をこぼした。


 昨日、佐藤太一なる日本人が☆1ダンジョンを単独攻略した結果、世間の注目は完全にそちらへ奪われてしまっていた。


 どれだけスクロールしても、自分たちの功績は話題に上がっていない。承認欲求盛りの若者にとって、それは少しばかり堪える現実だった。


 だが、

 隣を歩くマリーが、彼の背中に優しく触れる。


「そんなことないわ。

 今日の視聴者数、これまでで1番多かったもの。

 それに、登録者も100人以上増えたのよ?

 私たち、ちゃんと成長しているわ」


「……たしかに、マリーの言う通りだな。

 よし、この調子でラスボスも倒すぞ!」


「ええ、頑張りましょう」


 若い男女が、仲睦まじく笑い合う。


(まるで、若い頃のワシらにそっくりじゃな)


 そんな2人の様子を、

 クラウスは目を細めて眺めていた。



 異世界転移前、


 クラウスは貴金属細工の親方《マイスター》として、妻と2人で小さな商店を営んでいた。


 彼らに実(・)の(・)子(・)供(・)はいない。

 いや、できなかったと言うのが正しいだろう。


 夫か妻、あるいは二人の相性が原因だったのか。当時は高度な不妊治療もなく、為す術もなかったのだ。


 彼ら夫婦にとって、子供のいない家はあまりにも静かすぎた。


 そのことで喧嘩をすることはなかったが、二人とも心のどこかに埋まらない空洞を抱えて生きてきた。


 だが、そんな彼らにある日、転機が訪れた。

 

 『全人類総異世界転移』である。


 彼ら夫婦は偶然にも、転移特典で強力なスキルを手に入れ、人類の未来を背負う上位ランカーの一員となった。


 クラウスは『総合ランキング18位』。

 妻のヨハンナは『総合ランキング129位』。


 強者となった2人は、異世界で無事に再会を果たす。そして更に幸運なことに――孫と孫娘ができた。


 たまたま知り合った同郷の若い男女。

 フリッツとマリー。  


 最初はただのパーティーメンバーだったが、死線を共に潜り抜けるうち、いつしか本当の家族のような絆で結ばれていた。


 まるで、

 夢にまで見た孫と孫娘ができた気分だった。


(しかも今日は、とても特別な日。

 フリッツがマリーに婚約を申し込む日じゃ)


 ダンジョンの中ボスを倒したら、結婚を申し込む。

 マリーに内緒で、3人は準備を進めてきた。


 当然、彼らの婚約指輪は、元マイスターであるクラウスが作った。


「プロポーズ、成功するといいですね」


 すべてを知っている妻が、隣でそっと囁く。


「うまく行く、大丈夫じゃ」


 クラウスはこれ以上ないほどの幸福を感じていた。




 ちょうど、その時だった。


「クラウスさん、

 中ボス討伐おめでとうございます」


 聞き覚えのある男の声がして、数人の集団が姿を現した。数日前に町で声をかけてきた、自分たちのファンを名乗る男たちだ。


 中ボスの討伐を知っているということは、今の今まで配信を見てくれていたのだろう。


 先頭に立つ男の名はたしか――。


「おぬしはたしか、デュークじゃったか?」


 30代前後の、イギリス人の男。


 整えられた顎髭に、ロマンスグレーが混じり始めた髪。渋さと知性を感じさせる、紳士的な風貌をしている。


「おお、覚えていてくれたんですか。

 とても嬉しいです」


「おぬしらは、ここで何をしているんじゃ?」


「そんなの決まっているじゃないですか。

 わたしたちはアナタ方のファンですよ。

 誰よりも最初にお祝いしたいと、

 ここで待っていたんです」


 彼は人懐っこい笑みを浮かべて、両手を広げた。


「本当か、ありがとう!」


 フリッツが顔をほころばせる。


 見ず知らずの他人が、こうして自分たちを応援し、祝福してくれる。その事実が、若者の承認欲求をこの上なく満たしてくれた。


「よかったじゃない、フリッツ。

 ちゃんと見てくれている人がいて」


 ボーイフレンドの幸せそうな顔を見て、マリーも嬉しそうに微笑む。


 警戒心など、微塵も抱いていなかった。ここはダンジョンの外であり、相手は自分たちを慕うファンなのだから。


「今日の配信は本当に素晴らしかったです。

 感動しました。

 ぜひ、私たちと握手していただけませんか?」


 デュークとその仲間たちが、歩み寄ってくる。


「握手くらい、いくらでもしますよ!」


 フリッツが快諾し、手を差し出す。


 デュークは満面の笑みで、クラウスの目の前に立った。


「おめでとうございます、クラウスさん」


「あぁ、ありがとう」


 とても礼儀正しい男だ。


 クラウスはデュークに好感を抱きながら、握手をするために右手を伸ばした。


――ズブリ。


「……あ」


 握手の感触はなかった。


 代わりに、胸の奥で焼けるような激痛が弾ける。


 ゆっくりと、視線を落とす。


 デュークの手には刃渡り15センチほどの短剣が握られており、それがクラウスの胸に深々と埋まっていた。


 思考が追いつかない。

 状況が理解できない。


 激痛に耐えきれず、

 クラウスはその場に崩れ落ちた。


 直後、


――ドサッ。


 隣で、何かが倒れる音がする。


「ババアのくせに。

 けっこう勢いよく吹き出すじゃねぇか」


 その音の正体は、


「……ク……ラウス」


 デュークの仲間に喉を切り裂かれた、

 最愛の妻だった。


「……あ」


 地面に倒れた妻と目が合った。


 彼女は助けを求めて、震える手を伸ばしてくる。


 裂けた喉からは、ヒューヒューという空気の漏れる音と共に、真っ赤な鮮血がドクンドクンと吹き出していた。


「あ……あぁぁ、ヨハンナぁ」


 クラウスは妻の名を呼び、必死に手を伸ばす。


 彼女の手を、握らなければ。


 だが、


 二人の指先が、触れ合おうとしたその瞬間。


「やっぱ、喉を切るのが早いか」


――ドンッ!


 デュークは、必死に手を伸ばすクラウスを蹴り倒し、胸に刺さったナイフを抜く。


 そしてそのまま、


――シュッ!


 躊躇なく、クラウスの喉を裂いた。


「あーあ、返り血で汚れちまったよ。

 帰ったら新しい服を買わないといけないな」


 それが、クラウスが聞いた最期の言葉だった。


 クラウス=ヘルゲン。

 ヨハンナ=ヘルゲン。


 両名の名前が、

 総合ランキングからほぼ同時に消え去った。


「――え、なんで」


「騒ぐな、動くな、抵抗するな」


 一瞬の出来事に、フリッツとマリーは悲鳴を上げることすらできなかった。


 そもそも、『殺人』は神によって禁止されているはずなのに。この男は平然とそれをやってのけた。


 呆然と立ち尽くす二人の首筋に、冷たい刃の切っ先が押し当てられる。デュークの仲間たちが、手際よく背後に回り込んでいたのだ。


「お前たちが、パーティーの金庫番だよな?」


 ナイフについた老人の血を袖で拭いながら、デュークは事務的な口調で問いかける。


 フリッツとマリーは、恐怖で声が出ない。ガチガチと歯を鳴らして震えることしかできなかった。


 まぁ、い(・)つ(・)も(・)の(・)こ(・)と(・)だ。


「とりあえず、アジトに帰ろうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。