第36話 喜劇と『悲劇』・後編
※シリアス展開は、今回でひとまず終了です。
==========
デュークたちの拠点である隠し洞窟に連行されたフリッツとマリーは、即座に引き剥がされた。
「おい、マリーに何をする気だ!」
「騒ぐなっつったろ」
――ドゴォォッ!
男の振るった棍棒が、フリッツのわき腹に深々とめり込む。
「フリッツ!」
呼吸ができず、泥のように崩れ落ちる恋人を見て、マリーが悲鳴を上げた。
「オメェもだよ」
マリーの長い髪が乱暴に鷲掴みにされる。
彼女はそのままズルズルと、洞窟の奥へ引きずられていった。遠ざかる悲鳴が、やがて聞こえなくなる。
「俺たちが欲しいのは、アイテムと金だ。
だがそれを奪う前に、まずは抵抗する気力を奪う。
人質がいることを忘れんなよ」
洞窟内の別室に連れてかれたあと、
3人の男たちは嗜虐的な笑みを浮かべ、フリッツを取り囲んだ。
そこからの時間は、地獄だった。
フリッツがどれだけ叫ぼうとも、許しを請おうとも、男たちは止まらない。手慣れた様子で、肉体と精神を削り取っていく。
死なせないように、
じっくりと丁寧に、
拷問した。
30分後。
永劫とも思える苦痛の時間が終わった。
男たちの目論見通り、フリッツにはもう、抵抗する気力など1ミリも残されていなかった。虚ろな目で、スマホの生体認証を解除し、暗証番号を吐く。
「おー、さすが上位ランカー様だな。
いいもんいっぱい持ってるわ」
男たちはフリッツのアイテムポーチから次々とアイテムを取り出し、自分たちのストレージへと移動させていく。
「マナストーンに、スキルスクロール。
それと……ん、これはなんだ?」
スマホをスクロールしていた男の手が止まる。
そして、目に留まったアイテムをタップした。
――シュン!
取り出したのは、銀色の指輪だった。
(――それは、返せ!)
声にならない叫びが喉で詰まる。
それは、婚約指輪だ。
元職人のクラウスが、二人のために丹精込めて作り上げてくれた、世界に一つだけの指輪。
本当なら今日、マリーに渡すはずだった。
「特になんの能力もないゴミアイテムだな。
そういえばお前、お気に入りの女がいたろ。
これ渡せば喜ぶんじゃねぇか?」
「あぁ、あいつならもう殺ったよ。
生意気だったからな。
今、別の女がいるから、そいつに渡すわ」
「そうか、ほらよ」
男は欠伸混じりにそう言うと、指輪を放り投げた。
カランと乾いた音がして、地面を転がる。
その指輪は、フリッツにとってとても大切なものだ。他のアイテムなら全部奪われてもいい。
だが、それだけは――。
「返……せ」
「あ、なんか言ったか?」
「それは……マリーに渡す、婚約指輪だ」
「マリー?
あぁ、あの女か」
「プッ……婚約指輪って、お前、もう男としての機能も果たせないのに、何言ってんだ?」
先ほどの拷問で、
フリッツの尊厳は徹底的に破壊されていた。
「くっ……返せ!」
「お前、生意気だな」
追加の暴行が加えられる。すでに原型を留めていない顔面が、さらに赤黒く腫れ上がった。
と、そこへ、足音が近づいてきた。
「こっちはまだ終わってないのか?」
ハンカチで手を拭きながら、デュークが現れる。
「いや、すでにアイテムの回収は終わっている。
こいつが生意気なことを言ってきたから、もう少し楽しませてもらってるだけだ」
「生意気なこと?」
「こいつ、あの女とデキてたんだってよ。
近々、婚約指輪を渡すつもりだったらしい。
そんで、その指輪を返せって言ってきたんだ。
ほら、これだ」
男が拾い上げた指輪を見せる。
それを見たデュークは、ほんの一瞬、口角を上げた。
「なるほど、婚約指輪か。
そのことなら、安心して欲しい。
おい、彼女を持ってきてやってくれ」
フリッツは、言葉の違和感に気が付かなかった。
ただ、マリーに会えると思って安堵の息を漏らす。
命令を受けた男が、部屋から出ていった。
「……お前らは、いったい何者なんだ?」
少し冷静さを取り戻したフリッツが、デュークにそう問いかける。
人を殺せば、その代償として全ステータス値が極限まで低下し、まともに歩くことすら許されなくなる。それは神が定めた絶対のルールであり、例外など存在しない実質的な死刑宣告だ。
この『天罰システム』があったからこそ、この無法地帯でも最低限の秩序は保たれていた。
そのはずなのに、こいつらはクラウス夫妻を殺しておきながら、なんのペナルティも負っていない。
なぜ、『天罰』が下らない?
神が見落としているとでも言うのか?
そんな疑問を抱くフリッツに、
デュークは平然とした口調で答える。
「俺たちか?
俺たちは『英雄』だよ」
「……は?」
「といっても、まだ道半ばだけどな」
フリッツには意味が理解できなかった。
英雄?
犯罪者の間違いだろ?
「まぁ、黙って待ってろ。
すぐに、愛しの彼女に会わせてやるよ」
そう言って、デュークは血で汚れた拷問器具の手入れを始めた。説明する気など毛頭ないらしい。
それから3分もしないうちに、
「お頭、持ってきましたぜ」
男が戻ってきた。
その手には、大きな麻袋が握られている。
底からは、ポタポタと赤い雫が垂れていた。
(――え?)
「広げて見せてやれ」
「はいよ」
男は乱暴に、袋の中身をフリッツの前にぶちまけた。
――ゴロゴロ、ドサッ。
湿った音を立てて、見覚えのある肉の塊が散乱する。
「君の彼女、もう指ないから。
婚約指輪を付けることはできないんだ。
どうだ、安心したか?」
袋の中から最後に1つ。
指をすべて切断された彼女の腕が、転がり落ちた。
「はぁはぁぁぁァアアアアアアアアアアッ!」
フリッツは、絶叫した。
数時間前まで、あんなに幸せだったのに。
優しかったクラウス夫婦も、
今日、永遠の愛を誓うはずだったマリーも、
この男たちに陵辱され、虫のように殺された。
もう、フリッツには何も残されていない。
「もう十分だろ、殺れ」
デュークたちはひとしきり笑ったあと、壊れた人形のように叫び続けるフリッツの首を刎ねた。
「おい、見ろよ!
めっちゃステータス上がったわ!」
「モンスターをちまちま狩るより、こっちの方が何倍も経験値がたまるし、金もアイテムも手に入る。
こりゃ、やめられねえなぁ!」
デュークの仲間たちが、自分たちのスマホに表示されたステータスを見て歓喜の声を上げる。
そんな仲間たちの様子を満足そうに見ながら、
デュークは冷酷に告げた。
「よし、次の獲物を探すぞ」
かつて、
我がイギリスが誇る映画俳優、
『喜劇王チャップリン』はこう言った。
『1人を殺せば犯罪者だが、
100万人殺すと英雄になる』
彼はきっと、気づいていたのだろう。
『喜劇は、悲劇の上にしか成り立たない』
自分ではない誰かが不幸な目に遭っているのを見た時、人は心のどこかで安堵し、ほくそ笑む。
自分にとっての喜劇は、
他者にとっての悲劇なのだ。
この世界も、そして人間も、
どうしようもないほどに残酷である。
だからこそ、
俺は『英雄』になる。
自分だけが喜劇の世界を謳歌するために、
他者に悲劇を押し付け、すべてを奪う。
神は、その権利を俺に与えた。
神が、それを許可したのだ。
あぁ、最高に気分がいい。
==========
【プレデターズ(VR)】
略奪者。自身を含めた9名の人間は、罪を犯しても天罰が降ることはない。また、人間を殺すと、殺した人間がこれまでに得た経験値の一定量を手に入れることができる。
==========




