第25話 圧倒的『快進撃』
「あの洞窟がダンジョンだ。
出てくるのはほとんどゴブリンだが、舐めてかかると普通に死ぬぜ。
あいつら、繁華街のゴキブリ並みに、わらわら湧いてくるからな」
ミゲルが顎でクイっと、ある一点を指し示す。
村から歩いて40分ほど離れた森の奥。
渓流のそばに、ぽっかりと大きな穴が空いていた。
中は真っ暗でよく見えない。
だが、風に乗って鼻を刺す獣臭が漂ってくる。
「なるほど、ゴブリンの巣窟になってるのか」
「知ってると思うけど、ダンジョンの中は本当に危険だからね。
危なくなったら、2人ともちゃんと逃げるのよ。
無理はしないこと」
ソフィアさんが心配そうに声をかけてくる。
一応、彼女がこの村のリーダー的な立場らしい。
リーダーである彼女の言葉は絶対だ。
俺はコクリとうなづく。
現在、俺たちは20人の少数精鋭で行動している。
ダンジョンに潜る力のない人たちは、安全な草原でモンスターを狩ったり、村の整備を担当している。
俺とルナリアを除く、この18人のメンバーが、村の主力を担っている。
村にとって、欠けてはならない存在。
大丈夫だとは思うが、一応、ルナリアに彼らの護衛をこっそり頼んである。
「あぁ、姉貴に言われなくても分かってるよ。
死んだら元も子もないからな。
無事に村へ帰るのが最優先だ。
――よし、行くぞ!」
こうして、俺たちは洞窟に足を踏み入れた。
==========
「おい、出たぞ!」
洞窟に入って5分もしないうちに、17体のゴブリンが姿を現した。
『ギャギャギャギャッ!』
大きな鼻に、つり上がった黄色い目。
緑色の肌は脂でぎらつき、手には赤黒い血がこびりついた棍棒を握っている。
身長は140センチほど。
俺たちより小さいが、動きは野生そのものだ。
(17体か……正直、物足りないな)
ゴブリンの実力は、もう分かっている。
すでに何体か倒しているから。
正直、何体来ようと困らないくらい弱いモンスターではあるが、せめて70体くらいは一斉にかかってきて欲しい。
俺は鞘から愛剣『ナイト=ペイン』を引き抜く。
そして、
「ミゲル、一度に何体を相手にできる?」
「あ、なんだ急に?」
「いいから、教えてくれよ」
「チッ。
まぁ、8体ってところか。
それがどうしたんだよ?」
「え、8体?
……そうか、ありがとう」
ミゲルは総合ランキング229位。
人類の中ではかなりトップの強さを誇る実力者だ。
にもかかわらず、
8体しか同時に相手にできないとは。
意外と謙虚なのかもしれない。
(まぁ、戦いを見ればすぐに分かる。
ミゲルの本当の強さを。
まずは彼が実力を出し切れるように、俺が場を整えてやろう)
つまり、ミゲルが同時に戦える8体のゴブリンを除いた、残りの9体のゴブリンを瞬殺する。
――ダンッ!
地面を一蹴り。
瞬く間に、ゴブリンとの距離を詰める。
『ギャ――』
ゴブリンたちは驚きの声を上げようとしたが、俺はそんな暇も与えることなく彼らを一刀両断していく。
刃が閃くたびに、血煙と光の粒が舞う。
1、2、3、4、5、6、7、8、9!
10秒もかからず、
ゴブリン9体が光の粒となって消えた。
「よし、これで残り8体。
ミゲル、あとは頼んだ」
「「「はぁぁぁぁぁぁッ!?」」」
ルナリアを除いた18人のメンバー全員が、声をそろえて叫んだ。
あれだけ威勢のよかったミゲルでさえ、目をまん丸にして固まっている。
「どうした?
やらないなら俺がやるぞ」
「く、クソッ!
舐めてんじゃねぇぞ!」
挑発すると、ミゲルは顔を真っ赤にして吠えた。
よし、いい反応だ。
これで彼の本気が見られる。
俺は退路をふさぐように立ち、ゴブリンたちが逃げないよう見張りながら、ミゲルの戦いぶりをじっと観察する。
「はぁはぁ――どうだ、全員倒したぞ!」
30秒後、ミゲルは息を荒げながら剣を下ろした。
たしかに、彼は人間離れした動きをしていた。
ゴブリン8体程度なら、身の安全を確保しながら戦えるだけの実力はある。
だがそれでも――弱い。
もしミゲルを『星画天蓋』に放り込んだら、中ボスの龍と戦う前に、妖精たちの凶悪なスキル攻撃で瞬殺されるだろう。
ランキング229位でこれなら、迷宮攻略者がいまだに俺だけなのもうなづける。
正直、拍子抜けだった。
(やはり、魔王のスキルはランキングの算出に反映されていないようだな)
「よし、この調子で先に進もう。
まだ勝負は始まったばかりだからな」
こうして、
俺たちは破竹の勢いでダンジョンを進んでいった。
奥に行くほどゴブリンの数は増えたが、いくら出てこようとゴブリンはゴブリンだ。
まったく問題にならない。
ゴブリンの大群が現れるたびに、俺は8体だけ残して、それ以外をすべて瞬殺していった。
ミゲルが安全に戦えるよう、配慮して。
「ハァハァ……クソッ!
まだ、勝負は終わってねぇぞ!」
ミゲルはまだ続ける気らしいが、正直、もう勝負はついている。
最初のうちは皆が俺たち2人の討伐数を数えていたが、今はもう誰も数えていない。
勝負の結果は明白だった。
しかも、
ミゲルは明らかに疲労で動きが鈍っている。
「おい、後ろ!」
ミゲルの背後に、いつの間にか1体のゴブリンが忍び寄っていた。
(マズい!)
俺は咄嗟に駆け出したが、
「フレア・ボム!」
護衛役のルナリアが瞬時に火球を放ち、ミゲルを襲おうとしていたゴブリンを爆散させた。
俺もその隙に、残ったゴブリンを切り伏せる。
「ナイス、ルナリア」
「うん、護衛は任せてちょうだい」
ルナリアは小さく笑って、杖を肩に担ぐ。
さすがは俺の頼れる相棒。
「なぁ、もう十分だろう?
村に帰ろう」
地面にへたり込んだミゲルに手を差し出す。
これ以上は危険だ。
無事に帰ることがいちばん大事だ。
「タナカさんの言うとおりよ。
今日はもう十分稼いだし、帰って夕ご飯にしよう?
ほら、タナカさんにちゃんと謝って。
これまで無礼な態度をとってごめんなさいって。
きっと許してくれるから」
ソフィアさんも、優しく諭す。
一瞬、「田中って誰だ?」と思ったが、すぐに偽名を使っていたことを思い出した。
戦いに没頭しすぎて設定を忘れていた。
俺は佐藤ではなく田中だった。
あぶない、あぶない。
「うるせぇ!」
――バシッ!
ミゲルに、差し伸べた手を叩かれる。
「俺はまだ負けちゃいねぇ!」
そう叫ぶと、彼はそのまま奥へ走っていった。
「ちょっと、ミゲル!」
ソフィアさんが心配そうに声を上げる。
「大丈夫だ。
俺がなんとかするさ」
「本当にすみません。
どうか、私の弟を頼みます」
ソフィアさんは深く頭を下げた。
弟思いの、いいお姉さんだ。
(家族に心配をかけるのは、良くないな)
ふと、俺は母親のことを思い出した。
母が病気で倒れたあの日、
俺は心配で一睡もできなかった。
家族の心配事は、特別胸にのしかかる。
病気になるのは仕方がないだろう。
けど、今回のこれは――完全に無駄な心配だ。
というわけで俺は、ミゲルに流すゴブリンの数を8体から1体に減らすことにした。
1体だけなら背後を取られる心配もない。
何かあっても、俺がすぐ対応できるし。
「ほら、お前の分だ。
1体なら大丈夫だろ?」
「ハァ、クッ……クソッ!」
もう、勝負の結果は明らかだ。
討伐数は、圧倒的に俺が上。
どう転んでも、俺の勝ちは動かない。
だが、それでもミゲルは諦めなかった。
プライドだけではない。
彼には、強くあらねばならない理由があった。
村で1番強い自分が、誰よりもモンスターを倒して、誰よりも金を稼ぐ。
村のみんなが、そして、たった1人残された家族である姉貴が、不自由のない幸せな暮らしを送れるように。
ミゲルは、口はすこぶる悪いが、仲間と家族思いの優しい青年だったのだ。
だから、彼は負けを認めず、進み続けた。
――そして、
「これは……中ボスの部屋か?」
気づけば、俺たちはいつの間にか巨大な石扉の前に立っていた。




