第26話 吹っ切れて『ワンパン』
「これは……中ボスの部屋か?」
進路を塞ぐように、
巨大な石の扉が立ちはだかっていた。
表面には、ゴブリンの顔らしき模様が彫られている。
歪んだ笑みを浮かべたその顔は、まるで「よく来たな」と挑発しているようだ。
「やばい……ホンモノを見るの、初めて。
上位ランカーの配信でしか見たことなかったのに」
「これ、配信した方がいいんじゃないか?
絶対バズるだろ」
「これまでに発見された中ボス部屋って何個だっけ?
まだ、20個もないよな?」
「あぁ、それに、実際に攻略された中ボスは10体もいない。
奴らに勝つには、『レベル2』に上がった実力者が2人以上は必要らしいからな」
俺とルナリアを除く18人のメンバー全員が、初めて生で見る中ボス部屋に興奮している。
中ボス部屋に到達すること自体が、かなりの偉業らしい。
俺個人的としては『レベル2』の方が気になる。
レベルなんて概念、あっただろうか?
……あ。
そういえばステータスの1番上にあったな。
==========
佐藤太一(20・男)(レベル:1)
……(省略) コレ↑
==========
みんなの話を聞く限り、レベルが上がるとステータスが一気に跳ね上がるらしい。
上位ランカーはみんな、『レベル2』に到達しているそうだ。
……俺はまだ1なのに。
「まさか、こんなに早くここまで来れるなんて」
「薄々、というかハッキリ気づいてたけど、
……タナカさん、強すぎないか?」
メンバーの1人が、俺の名を口にする。
一斉に、全員がこちらへ振り向いた。
まぁ、たしかに、ちょっとやりすぎた。
俺としては手加減したつもりなんだが、彼らから見れば異常に映ったに違いない。
雑魚モンスターを倒しても討伐通知は届かない。
だから、俺が『佐藤太一』であることは絶対にバレないが……怪しまれているのは間違いない。
もう少し闘争心を抑えるべきだったな。
反省、反省。
「実は俺も、つい最近『レベル2』に上がったんだ」
「「「おーっ、すげぇ!」」」
とりあえず、また適当な嘘でごまかしておく。
「それでも、中ボスと戦うのはまだ早い。
俺もかなり疲労が溜まっているし、ここまでだな」
もう十分、自分の実力を確かめられた。
目標達成だ。
中ボスと一戦交えてみたい気持ちもある。
だが、諦めよう。
実名入りの討伐通知が届いたら、少なくともここにいる18人には俺が佐藤太一であることがバレてしまう。
「そうね、私たちにはまだ早いわ。
名残惜しいけど、村へ帰りましょう」
ソフィアさんも賛成してくれた。
他のみんなも頷く。
――ただ、1人を除いて。
「……俺は、進むぞ」
ミゲルは皆の意見を聞かずに、扉に手を触れた。
――ゴゴゴゴゴ……。
触覚センサーでも付いているのか。
ミゲルが触れた瞬間、扉がひとりでに開いた。
「ちょっと、何してるのミゲル!」
「中ボスは俺1人で討伐する!
よそ者に勝負で負けたまま、オメオメと村には帰れねぇよ!
それに、中ボスを倒したら大金が手に入る!
俺が頑張れば、村のみんなが喜ぶんだ!」
そう言うと、
ミゲルはためらうことなく扉の中へ入っていった。
「あのバカ、本当に何してるの!」
ソフィアさんが、心配そうに叫ぶ。
仕方がないので、俺たちはミゲルを追うように部屋の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、
――バタン!
重い音を立てて、扉が勝手に閉まった。
どうやら、閉じ込められたらしい。
一度入った者を逃がさない仕組みのようだ。
――ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ。
部屋を取り囲む燭台に、順番に火が灯っていく。
ゆらめく炎が、薄暗い空間を照らし出した。
そこは、まるで闘技場のような円形の部屋だった。
古びた石造りの床。壁の一部は崩れ、天井の装飾はもう形をなしていない。
かつて人の手で作られた人工の遺跡。
そんな雰囲気を放っている。
その中心で、
――ソイツは、静かに佇んでいた。
『ジェネラルゴブリン』
通常のゴブリンとは明らかに違う。
全長が2メートルを超える筋肉の塊。
体中に古傷と刺青が刻まれている。
片手には重厚な剣、もう一方には黒鉄の盾。
まるで、歴戦の戦士だ。
「あいつが……中ボス」
その圧に、あれだけ意気込んでいたミゲルも思わず息をのんだ。
1、2、3、4……20。
ジェネラルゴブリンは俺たちの人数を数えるようにゆっくりと目を動かし、
『ティシャ・アサル。
《19》』
謎の言葉を口にした。
次の瞬間、
『『ギャギギ!』』
ジェネラルゴブリンの背後から、19体のゴブリンが新たに姿を現した。
彼らもまた、通常の個体とは違っていた。
刺青を入れた、戦闘部隊のような連中。
武器も粗末な棍棒ではなく、金属の短刀や槍を持っている。
「誰がどいつを相手にする?」
恐怖で声を失っているメンバーたちに、俺は短く問いかけた。
「……俺が、中ボスを倒す」
そう言って、ミゲルが前に出る。
彼の手は少し震えているが、心は折れていない。
「分かった。
俺がそれ以外のゴブリンをすべて引き受ける。
みんなは、ミゲルの手助けをしてやってくれ。
ルナリアも、引き続きみんなの援護を頼む」
こうして、中ボス戦が幕を開けた。
戦闘開始から、すでに10分が経過した。
俺はその間に、80体以上の強化版ゴブリン(ソルジャーゴブリン)を倒している。
1体倒しても、またすぐに次の1体が現れる。
つまり、中ボスの取り巻きをいくら倒しても、『20対20』という構図がずっと続く仕様だ。
中ボスを倒さないかぎり、こいつらは無限に湧き続ける。
(やはり、通常のゴブリンよりも強いな)
強化版ゴブリン(ソルジャーゴブリン)の強さは、通常ゴブリン3体分。
だが俺にとっては、余裕の相手だ。
赤子の手をひねるより楽な作業、ではないが、俺は淡々と確実に仕留めていく。
一方で、
向こうは、かなり苦戦しているようだ。
「ファイヤー・ボール!」
「アイス・バレッド!」
「アンカー・クラッシュ!」
ミゲルを中心に18人でジェネラルゴブリンを取り囲み、四方八方から波状攻撃を仕掛ける。
1対18。
数だけ見れば、圧倒的にこちらが有利。
だが、
『ツィラツィーム・タサルブー。
《ハエ共が、邪魔をするな》』
ジェネラルゴブリンは、彼ら18人全員の攻撃を軽々とかわし続ける。
そしてただ1人、ルナリアだけを睨みつけていた。
どうやら、ジェネラルゴブリンは彼女のみを脅威として認識しているようだ。
その判断は、正しい。
彼女がいなければ、すでに全員が死んでいてもおかしくなかった。
現に、
『ムート!
《死ね!》』
ジェネラルゴブリンが、メンバーの1人めがけて剣を振り下ろした。
誰が見ても、即死確定の一撃。
「シェル・ヴェール!」
それを、ルナリアが防御スキルで防ぎ、
「アイシクル・ジャベリン!」
すかさず攻撃スキルを発動。
ジェネラルゴブリンの追撃を阻止する。
『ダイム、シューヴ・ナサグ。
《チッ、また防がれたか》』
ルナリアの完璧な援護により、誰一人死者は出ていない。だが、それでも決め手には欠けていた。
ルナリアなら、奴を仕留められる。
だが彼女は、彼らの意思を尊重して、あくまで支援に徹しているようだ。
まさに、『膠着状態』である。
「みんな、俺はアレを使うぞ!」
そのとき、ミゲルが声を張り上げた。
何かの合図だ。
切り札があるらしい。
「おい、本当にやるのか!?」
「もし失敗したら、お前ほぼ動けなくなるだろ!」
「やるしかねぇだろ!
みんなはコイツの注意を引きつけてくれ!」
と、彼らがそんな感じの会話をしている最中、
俺はというと『モグラ叩き』をしていた。
倒した分だけ、新手のソルジャーゴブリンが穴から湧いて出てくる。
しかも、10か所ある穴のうち、次に奴らがどこから飛び出してくるかは完全にランダムだった。
だが、何十体も相手にしているうちに、俺はなんとなく次に出てくる位置が分かるようになっていた。
こうなったらもう、完全に『モグラ叩き』だ。
出てきた瞬間に切って、
出てきた瞬間に切って、
出てきた瞬間に切って、
驚異的なペースでゴブリンを狩っていく。
倒した数は、すでに300体を超えていた。
まさに作業ゲーである。
(たしかに面白くはあるけど、
これじゃないんだよなぁ)
342体目のゴブリンを真っ二つにしながら、俺は心の中でため息をついた。
(俺が本当にやりたいのは、『命を賭けた戦い』。
雑魚を何百体倒しても、渇きは癒えない)
――俺が本当に殺りたいのは。
俺は血走った目でジェネラルゴブリンを見つめる。
あの中ボスと、1対1で決闘したい。
(でも、ダメだ。
アイツと戦ったら、俺の正体がバレてしまう。
あぁ、俺はなんて不自由なんだ。
――あれ、不自由?)
俺は、ふと気がついた。
『なんで、俺は他人の目を気にしてるんだ?』
『なんで、俺は戦いたい気持ちを抑えてるんだ?』
『なんで、俺は俺自身を不自由にしているんだ?』
他人から注目されるのは、嫌だ。
有名になればなるほど、自分は望んでもないのに、彼らは勝手に評価をつけてきて、それを周りに広めていく。
校内模試で一位を取ったときもそうだった。
同学年どころか、別の学年のやつまで俺の名前を知っていて、わざと聞こえるような声で俺の噂をしていた。
俺はそういうのが、本当に嫌だった。
しかも今回は、それの全世界ver。
グローバルに俺の名前が轟いている。
最悪だ。
(でも、それでも。
それを理由に自ら不自由になるのは違うだろ)
そんなのは、
――俺の望んだ『自由な異世界生活』じゃない。
気がついた瞬間、俺は全力で駆け出していた。
「やってやるよッ!
パワー・バースト!」
瞬間、ミゲルの魔力がものすごい勢いで消費されていく。その代わりに、彼の身体から立ち上る闘気が爆発的に膨れ上がった。
『パワー・バースト(R)』
5秒ほどですべての魔力を消費し切る代わりに、その何倍もの闘気を一度に得られる特別な攻撃スキル。
――タタタタタタタンッ!
一瞬の隙をつき、
ミゲルは一気にジェネラルゴブリンの背後を取った。
――あと2秒。いける!
渾身の一撃を喰らわすには、十分な時間だ。
「クソゴブリンが!死にさらせ!」
ミゲルはありったけの力を込めて、ジェネラルゴブリンの背中に剣を突き立てた。
――とった!
そう確信した次の瞬間、
「アイアン・ボディー」
――ガキィィンッ!
硬い金属音が、洞窟内に響き渡る。
ミゲルの渾身の一撃は、ジェネラルゴブリンが咄嗟に発動した防御スキルによって完全に防がれていた。
『エイフス・トォラ。
《残念だったな、虫ケラ》』
絶望を叩きつけられたミゲルは、目を見開いたまま動けなくなる。その頭上で、ジェネラルゴブリンが容赦なく剣を振りかぶった。
――全力を出しても、勝てない。
スキルの効果は、まだ一秒ほど残っていた。
だが、心を折られたミゲルの体はもう動かない。
彼は、自分に振り下ろされる剣を、ただ見つめることしかできなかった。
けれど、
――その刃が彼に触れることは、ついぞなかった。
俺、参上。
「おい、ミゲルじゃなくて俺と戦ってくれよ」
――ガシッ!
余裕の笑みを浮かべるジェネラルゴブリン。
俺はその顔面を鷲掴みにし、
――バァァァァァァアンッ!
硬い地面に思いっきし叩きつけた。
(中ボスなら、これくらい余裕で耐えるだろう)
そう思ったが、俺の期待は見事に裏切られた。
ジェネラルゴブリンの頭部は、ハンマーで殴られたスイカのようにあっけなく砕け散り、光の粒となって消えていった。
「――え、もしかして、死んだのか?」
思わず声が漏れる。
(嘘、だろ……)
俺はとても、驚いた。
だが、周囲の反応はそれ以上だった。
さっきまでの喧騒が嘘のように、その場にいた全員が、口を大きく開いたまま、凍りついたように固まっていた。




