賞金稼ぎ
一晩外にいただけで、マリー・アンはだいぶ参っているようだ。気丈に振舞ってはいるが、見るからに疲れているのが分かる。このまま体調を崩されては元も子も無い。仕方が無いので街道沿いの小さな町に寄ることにした。
そこでマリー・アンのドレスをズボンに代えてもらった。
森を歩くのにドレスは必要ない。あんなフリルのお化けのような服を着ているから疲れるのだ。男物の服を着て、帽子をかぶる。マリー・アンは髪を切ろうかと切ったが、俺が止めた。
短い髪の女は苦手だ。好みの問題ではなく、仕事柄好きになれなかった。俺の前に髪を切って現れる女は、首をはねる対象だからな。すっかり少年のような姿になったマリー・アンは、楽しそうに鏡の前で回って自分の姿を見ている。
「変装するなんて、可笑しな感じですね」
身軽になったマリー・アンは、逃げている途中だというのに楽しそうに瞳を輝かせていた。
「ゾルバさんも黒い服を辞めませんか?」
「仕事柄そうもいかなくてな」
「黒い服じゃないといけない決まりでもあるのですか?」
「ないが……シミが落ちないと言われた」
酷いものは捨てるにしても、仕事に出ればそれを着たまま夕方まで帰れないこともある。返り血の跡だらけの服を着るのは、流石に俺もどうかと思う。黒い服なら新しいシミも古いシミも関係ないからな。今はそれ程血を浴びることもなくなったが、着慣れてしまいそのままになっている。
「そうなのですか」
俺の仕事を見たことのないお姫様は首を傾げる。
できれば見せたくはないものだ。
また、しばらく街道を外れて歩くことになるだろう。
ミゲルはまだ追ってこない。簡単な食料や毛布を手に入れ再び森へ戻ることにした。
ヴァンフォーゲンの治める地域を抜けだすには主に二つの道がある。一つは普通に街道を進み関を通る方法。道はいくつかあるもののこれは手配書が出た時点でないと思った方がいい。
もう一つは道無き森に分け入って川を越える方法だ。一口に川と言っても漁村が点在する砂地から、切り立った渓谷が多く流れも早い所まである。流れが緩やかなところは川幅が広く発見されやすい為泳いで渡るのは難しい。ましてやお姫様が一緒なのだ無理がある。谷川沿いに渡れるところを探すしかない。
街道へ出て、少し歩いたところで脇の森へ外れようとすると、急に現れた男に声を掛けられた。
「アンタ、監獄の執行人だろ?」
「だとしたら何だ?」
使い古された鎧を着て腰には剣、背にはボーガン。薄汚れたようすから正規兵とは思えない。傭兵か、賞金稼ぎと言ったところか。
「一人か? 脱獄囚を追っているんだろう? アンタがここに居るってことはこっちの方に逃げているのか?」
「さぁな? 賞金狙いなら自分で探せ」
獲物を横取りするハイエナが。
捜索に派遣された兵隊に付いて歩き、発見した罪人を横取りして賞金を得る奴もいる。多分、こいつも似たようなものだろう。
俺と目を合わせ、少しの間じっと見つめられる。
「驚いたな。あんたゼべスプワール監獄の死神だろう?」
黒いローブを着て、大きな斧で人の命を刈り取る。暗闇で光っているような瞳の色から俺に名付けられた通り名だ。男はまるで幸運が舞い降りたとでも言うように喜んだ。
「あんたから逃げおおせた逃亡者はいないって聞いてるぜ。必ず捕まえるんだってな? ならこっちで正解だってことだよな」
俺は追跡を命じられた脱獄囚を逃したことがない。
この事が通り名に更に花を添えていた。取り憑かれると逃げられないから死神なのだそうな。
「でかい山だ。逃したくない。どうせ役人のアンタが罪人を捕まえたところで賞金は出ないんだろ? 半分やってもいい。俺と組まないか?」
ズケズケと近寄って来てそんな取引を持ちかける。
こんな奴は山ほど見てきた。他力本願なヤツほど危なくなれば組んだ相手を見捨てるし、土壇場で裏切って金を持ち逃げしたりする。
「失せろ。俺に構うな」
「そこにいる小僧よりは役に立つぜ?」
マリー・アンの顔を覗き込もうとしたので、布で包み隠していたハルバードで遮った。
「力ずくで追い払われたいのか? 賞金稼ぎと組むつもりは無い。失せろ。三度目の警告はないぞ」
「チッ……探す気なんかねぇんだろ。噂とはだいぶ違うな」
男は舌打ちして腹立たしそうに町の方へ戻って行った。
「気付かれてしまいましたかしら?」
「大丈夫だろう。だが付きまとわれないように気を付けよう」
深い森へ入るとガランとした日陰が広がっていた。小さな木や草などの下生えは減り、枯葉が積もり横たわる岩肌をコケが覆い隠していた。身軽になったマリー・アンは先にたって歩いている。
逃げているというのに、とても寛いだ表情を見せていた。
「私が母と暮らしていた家の近くにも、こんな森があったんです。馬に乗ってよく遊びに来ました。スミス伯父様が誕生日に私にくれた馬でした。とても綺麗な白馬でしたよ」
「アンタの伯父さんはどんな奴だ? 仕事は何をしている?」
「伯父様も母もその事は余り話してくれなかったので、よくは知らないのですが、商人だと聞いていました。貿易の仕事をしていて普段は王都で働いているとか。夏の間だけ、私の家の近くで過ごしていたようです」
「そこまで送れば、アンタは安全か?」
「さぁ? 分かりません。でも、船に乗って外国へ出られたらヴァンフォーゲン伯も追ってきたりしませんよね?」
「多分な」
「ゾルバさんも一緒に来ませんか?」
その言葉に驚いて思わずマリー・アンをみた。
白い筋のように落ちてくる木漏れ日にあたり、こぼれ落ちた髪を輝かせている。青い瞳が期待をこめて俺の返事を待っていた。
『ねぇ、ゾルバ。貴方も一緒に来てくれる?』
昔聞いた言葉が耳に蘇り、俺はたまらず視線を逸らした。
「そこまでは送る。だが、船には乗らない」
とても悲しげに少女は俯いた。
だがその時、殺気を感じ、マリー・アンを捕まえると大きな木の幹を背に身を隠した。
先程まで俺のいた位置に矢が突き刺さる。
「へぇ、そういう事だったのかよ」
後方から嘲笑うような声が聞こえた。
先ほどの賞金稼ぎが付いてきていたらしい。
「罪人と仲良しとは、執行人も変わったねぇ」
俺はハルバードのかぶせていた布を解き、木の影からそっと出してみる。途端に矢が飛んできて斧の面を弾いた。間髪置かず2本目が飛んできて地面に突き刺さる。
「こっちからは丸見えだ。逃げられると思うなよ」
「執拗いな。まだ何か用か?」
「アンタにじゃねぇ。そこのお嬢さんにだよ」
庇われているマリー・アンがギクリと体を固くする。
「お嬢さんをこちらに引き渡すなら、あんたを見逃してやってもいいぜ。飼い主に告げ口しないでいてやるよ」
自分が優位に立っているという驕りがあるのか、賞金稼ぎはこちらを挑発する言葉を並べる。
「仲良しの罪人ひとり引き渡すぐらいなんでもないだろう? 保身の為に恋人の首を切り落としたって言うじゃないか。なぁ、死神さん。さぞかし切り応がよかっただろう?」
その瞬間、俺は木陰を飛び出した。
見計らった様に飛んでくる矢をハルバードの斧の面で弾く。二本目の矢が足を掠めた。それも構わず、さっき斧の磨き抜かれた面に映して見定めた方向にナイフを投げつける。三本投げたナイフのうち、ひとつは弓に弾かれたが、残りは男に突き刺さった。
バランスを崩したヤツは潜んでいた木の上から落下する。
ナイフが深々と刺さった上に、地面に叩きつけられた男は息も絶え絶えに転がったまま俺を見上げた。
「三度目の警告は無しだと言っただろう?」
俺は恐怖に見開かれた瞳を見つめ、斧を振り下ろした。
死体からナイフを回収し、落ち葉の吹き溜まりへ蹴落として隠す。その間、俺は背中に突き刺さるようなマリー・アンの視線を感じていた。
斧を振り下ろす時、前任者に『つまらない感情移入をするな』と言われ続けたが難しい時もある。
諦めに似た長いため息が漏れた。




