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人攫いの末路

 スラムへ下りると、メイン通りから脇へ入った道が騒がしい。何事かと人垣を覗くと、監獄の兵士が道端に倒れている人間を重ねるように荷車へ積んでいる。


「何があった?」


 目の前でその光景を見守っていた男に聞くと、そいつはこちらを振り返りもせず肩ごしに返事した。


「今朝方、男が5人殺されたんだとよ。身なりのいい奴だったから貴族同士で喧嘩でもしたんじゃねえか? お貴族様と殺り合うような馬鹿、街の人間にはいねぇからな」


 胸糞悪いとでも言いたげに、男はケッと唾を吐いた。

 その時、男の隣にいた老人が振り返り、俺を見た途端、幽霊でも見たような声を上げる。


「わぁっ! 首切り役人だぁ!」


 人垣は見る間に崩れて逃げ去って行った。

 喋りかけられた男などは、死を宣告でもされたように青ざめてへたり込む。俺はそれを避けながら、死体を積み込んだ荷車へ歩いていった。石畳についたシミを落とすため、下働きのものが水をまいて箒をかけていた。荷台に積まれた死体は血を抜かれた家畜のように青ざめており、首や脇に鮮やかな太刀傷がついている。最小限の攻撃で致命傷を与えていた。持ち主の血を吸って黒ずんだ外套に見覚えがある。


 5体の中の1体、灰色の目をした細身の男のブーツを脱がして脛を検める。そこには青黒く痣が残っていた。等間隔で着いた瘡蓋から俺は確信を得る。間違いない。

 いつぞやか、雨の帰り道で俺を襲い『王都から連れてこられた女』について聞きたがっていた奴らだ。この痣はその時俺の義足で蹴られて付いたものだ。

 全員検めてみると、その中のひとりが何かを握っている。無理やりこじ開けると手の中からボタンが出てきた。鈍い銀色のそれには、龍が剣に絡み付いたような紋章が刻まれている。


「下がれ! 見世物ではないぞ!」


 野次馬のひとりが好奇心から寄って来ているとでも思ったのか、兵士のひとりが追い払うように手を振りながら近づいてくる。俺が首切り役人だと分かると、あまり歓迎しない様子でありながらも追い払うようなことはしなかった。


「何が起きた?」

「さぁ、喧嘩でしょう? 犯人はまだ見つかってませんが、殺しが起きたのは明け方の人通りのない時間帯だったようですから。特定するのは難しいかと」


 先ほどの男が言ったように確かに身なりはいい。だが、着飾りたがる貴族とは違う気がした。地味な服装で、良く見ると生地や持ち物がいいものであると分かるが、少し見ただけでは街のものと大差ない。それにもかかわらず身元を知らせるようなものが何一つない。

 荷物に金目のものは残っている。物取りに襲われたわけではなさそうだ。胸元をめくると服の下に鎖帷子を着ている。俺のように常に身辺に気をつけなければならないものならいざ知らず。普通の人間が街を歩くにしては用心深すぎる。


 やはり刺客か。


 彼らを襲った者はこれを予期していたのだろう。その隙間を狙うようにナイフを突き立てている。余程の手練に違いない。これがマリー・アンに向けられた刺客であるなら、彼らを殺した者はお姫さまを守る側の人間なのだろうか?


 はっきりとした確証は得ないがそんな予感がした。


 ボタンは俺がもらうことにした。

 犯人探しを真面目にする気がなさそうなこいつ等に、渡したところで何も分かるまい。この紋章がどこに繋がるのか探せば、刺客を殺った奴もわかるかもしれない。


 俺は監獄へ行くと、書類の保管所へ向かった。

 ボタンの紋章を探していると、ヴァンフォーゲン伯に会ってしまった。


「随分とのんびりした追跡だな。逃亡者を逃がす時間稼ぎなら無駄だぞ」

「誰か協力者がいます。スラムで王都から差し向けられた刺客が今朝殺されました。お心当たりは?」


 確信はない。だが、何か心当たりがあるなら反応を得られるのではないかという一種の賭けだ。監獄長は何の反応も示さなかった。つまらないことを聞いたとでも言うように、俺が見ていた棚の書類の背を指でなぞる。


「それで?」

「マリー・アンに繋がる人間の名を知りたいのですが。例えば、俺を教会へ呼ぶために、どなたかが思いもよらぬ利益を得たようですから、その資金の出どころを知っているのではないですか?」

「さぁ? 知るわけないだろう。それとも、逆に君に心当たりがあるとでも?」

「知っていたなら、わざわざお手を煩わせたりはしません」


 もちろん。賄賂を受け取ったヴァンフォーゲン伯自身のことを言っているのだが、それを指摘されても素知らぬ顔だ。よほど面の皮が厚いと見える。


 だだ、これだけ踏み込んだことを言えば何か行動を起こすかもしれない。


昔、ここから逃げ出せるチャンスが一度だけあった。

だが、あと一歩のところで阻まれ、大切なものを永遠に失った。それを機に俺は諦めてしまったのだ。しかし、それから益々監獄長は俺を警戒するようになり、仕事以外の情報を得ることが難しくなった。

 思えば、あれが最後のチャンスだったのかもしれない。次同じことを起こせば、今度こそ両目をなくすことになるだろう。


俺は古い書類をあれこれと探し、ようやく紋章がなにを意味するのか突き止めることが出来た。


シュテル家の紋章だ。この国の東側で広い領地を治めている国内でも指折りの力を持つ侯爵家らしい。だが、穏健派であり、今回の争いでも中立を保ったと聞いている。新たに立った王は気に入らないことだろう。だがその実力故に表立って避難もできず、中立を保ったということでお構い無しになったとか。

もし、シュテル家が前の王に加担していたら、政変はなし得なかったかもしれないのだ。


このシュテル家とマリー・アンとの繋がりが分かればいいのだが。


俺は屋敷へ戻るとマリー・アンにシュテル家の人間となにか繋がりはないかと直接訪ねてみた。


「私の母の家は商家と言っても蓄えた財を細々と使い暮らしているような小さな家でした。祖父母が亡くなってからは母と私だけで住んでおりましたの。母はあまり社交的ではありませんでしたし、にわかに増えた親戚を快く思っていませんでしたから、知り合いは多くはありませんでしたわ」


「親戚や友人の中に、アンタを助けてくれるような奴は居なかったのか?」


「母が王に目をかけられたと言うだけで、利用したくてよってきた人たちですよ? それが出来ないと分かると綺麗さっぱりいなくなりましたわ」


「このボタンに見覚えは?」


俺が差し出した銀のボタンを見て、マリー・アンは考えこむように眉をしかめる。


「どこかで見たような気もするのですが、思い出せないのです」

「それじゃ、君に金を渡していたのは誰だ? 資金を出していた人物じゃない。直接君に渡していた人物だ」

「それが……分からないのです。私へ渡されるお金は、それこそ魔法みたいに私のポシェットの中へいつの間にか入れられていて。食事や諸々の費用は知らない内に支払われていたので」


王都で刑が決まり、こちらへ連れてこられる時の手荷物の中に、必要になった時のことを考えてある程度の金を持ってきたらしい。だが、その金を使ってもいつの間にか補充され、初めの金額から一向に減らないらしい。マリー・アンの知らない内に、何者かが足しているのかもしれないという。


「それで、アンタは誰からもたらされたか分からない金を使ってしまったんだな」

「いいえ、気付いてからは怖かったので使っていません。あ、でもゾルバさんをお呼びした時に少しお借りしました……」

「それを使ったと言うんだ」

「書き留めてありますから、どなたかわかった時にちゃんとお返してきます。大丈夫です!」

「返すと言っても宛があるのか? 」

「私が城へいく前に母が残していてくれたものを、伯父が管理してくれているはずです。ここから出ることが出来ましたら、いつでも返せますわ」


残っていれば、だがな。

幽閉が決まった時点でその伯父が、彼女をしんだものとみなして相続していなければの話だ。それを当てにするのは少々心もとない気もするが。それとなくそれを匂わせると、マリー・アンは怒り出してしまった。


「スミス伯父様はそんな人ではありません。それは母とはあまり仲が良くはなかったようですけれど。私を大変可愛がってくださいました」

「居るじゃないか。その伯父が資金を出していたということはないのか?」


孤立無援だと思っていたマリー・アンにも、ちゃんとした親戚がいたらしい。


「分かりません。伯父様が私に会いに来て下さっていたのは母が存命だった頃の話です。城に上がる時、母の財産のことで何度か手紙のやり取りをしただけで、今は疎遠になっていましたから」


「だが、調べてみる価値はある。アンタの伯父さんの名前は?」

「ワーナード・スミスです。私と母の家からほど近い所に夏の間だけお住いでした。一度だけ招待されたことがあります」


マリー・アンを逃がすための光明が見えた気がした。


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