第9話 皇女
さらに数日、高速機動の反復が続いた。
スタンリーは少しずつ、身体にかかる負担の違いを掴み始めていた。同じ速度でも、切り返す方向や間隔によって苦しさは変わる。余裕を持って動ける範囲も、以前より分かるようになってきた。
『次、高速移行』
「来い!」
右へ移り、上昇。続けて斜め後方へ。
視界の中で地面と空が大きく動く。スタンリーは歯を食いしばり、入力を繋いだ。
『身体数値、正常』
「まだいける!」
『では、もう一度』
「おう!」
連続機動を終えて巡航速度へ戻すと、ようやく長く息を吐いた。
『かなり慣れましたね』
「最初は死ぬかと思ったけどな」
『死んでいません』
「そういう問題じゃない」
しばらくは、そのまま飛んだ。落ち着いてくると、訓練以外のことを考える余裕も戻ってくる。
「エステラ皇女って、皇位継承争いにも関わってるのか?」
『候補の一人ではあります』
「有力なのか?」
『現時点では、第一皇子シリウス殿下がかなり優勢です。長年の支持基盤がありますので』
「じゃあ、皇女は?」
『劣勢ですね』
「本人は皇帝になりたがってるのか?」
『積極的に支持を集めている様子はありません。周囲が担いでいる面が大きいようです』
「周囲?」
『シリウス殿下が即位した場合に、立場が弱くなる貴族や商人などです』
「自分たちに都合のいい皇帝が欲しいってことか」
『少なくとも、今より不利にはなりたくないのでしょう』
「皇女本人より、周りの方が必死なんだな」
『そう見受けられます』
「本人からしたら迷惑じゃないのか?」
『そこまでは分かりません』
「……まあ、そうか」
*
その日の訓練を終え、《誉》を帰還コースへ乗せたところで、エディが告げた。
『なお、エステラ殿下は近いうちに領地を視察する予定です』
「へえ。こっちへ来るのか」
『国境地域の復旧状況と、防衛体制の確認を兼ねた視察ですね』
「本人が行きたいって?」
『周囲からの勧めもあったようです』
「……さっきの話を聞くと、政治に思えてくるな」
『その意味もあるでしょう』
「戦争中の領地に顔を出せば、評価も上がるか」
『そう期待している者もいると思われます』
「本人は何て言ってるんだ?」
『自分の領地なのだから、状況を確認する必要がある、と』
「……まあ、それはそうだな」
領地を任せきりにするわけにもいかず、出向けば出向いたで皇位争いに繋がるらしい。
スタンリーは少し笑った。
「皇族も大変だな」
『そうですね』
「まあ、俺には関係ないけど」
『……』
「なんだよ」
『いえ』
「その間やめろ」
『何も申しておりません』
「嫌な予感するな……」




