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第6話 設計思想

 帰還後。


 スタンリーは耐Gスーツのまま、再び《誉》の前に立っていた。


 機体の周囲では、整備員たちが慌ただしく動いている。


 その中に、一体だけ人ではない姿が混じっていた。


 人型。


 簡素な外装。


 工具箱を抱え、整備員の間を行き来している。


「……あれは?」


「ああ」


 博士がそちらを見る。


「クライテンじゃ」


「クライテン?」


「わしが作った試作アンドロイドじゃ。整備補助と雑用をさせておる」


「雑用……」


 クライテンは無言で工具を整備員へ渡し、別の機材を持って移動していく。


「結構ちゃんと働いてるな」


「当然じゃ。雑用のために作ったんじゃからな」


「言い方ひどくないか?」


「本人は気にせん」


 クライテンがこちらを向いた。


「マーチン博士。次はこちらでよろしいですか?」


「うむ。ランスの点検を頼む」


「承知しました」


 クライテンはそのままランスの方へ歩いていった。


「……普通に喋るんだな」


「喋らんと指示が面倒じゃろ」


「そこ基準なのか」


「さて」


 博士が《誉》を見上げる。


「まずは、基本設計思想からじゃな」


「ようやくか……」


「《誉》は、軽量、高速、高機動」


 博士が指を折る。


「その三つを徹底した、強襲用実験機じゃ」


「強襲用……」


「うむ」


 スタンリーは黒い装甲を見る。


「じゃあ、防御は?」


「ない」


「……は?」


「正確には最低限じゃな」


「最低限?」


「基本的に被弾は考えておらん」


「おい」


「必死で避けろ」


「無茶苦茶だな!」


「当たらなければ問題ない!」


「それ言う側は楽だな!」


「だから高速高機動なんじゃろうが」


「そういう問題か?」


「そういう問題じゃ」


 博士は気にした様子もなく続ける。


「次に武装じゃ」


「やっとか」


「まず、遠距離用の武装はない」


「ええ!?」


「ない」


「強襲用なのに!?」


「強襲するからいらん」


「意味が分からない!」


「見れば分かる」


 博士が格納庫の一角を指差した。


「あそこにランスと盾が見えるか?」


 スタンリーが目を向ける。


 さきほどクライテンが点検に行った長大なランス。そして、機体用の盾。


「見えるが……」


 嫌な予感がした。


「まさか」


「そうじゃ!」


 博士の顔が輝く。


「高速、高機動で敵へ接近!」


「……」


「そのまま、あのランスで仕留める!」


「ちょっと待て」


「なんじゃ?」


「近づく」


「うむ」


「刺す」


「うむ」


「それは分かった」


「よし」


「一回刺したら終わりじゃないのか?」


「いや」


 博士がにやりと笑う。


「あのランスは、穂先を分離できる」


「分離?」


「敵へ突き刺したまま、先端部分だけをパージするんじゃ」


「……」


「そして、その穂先には炸薬が仕込んである」


「……なるほど」


 スタンリーはランスを見る。


「刺す」


「うむ」


「穂先を残す」


「うむ」


「離れる」


「そうじゃ」


「そのあと爆発」


「完璧じゃ!」


「かなり物騒だな」


「兵器じゃからな」


「それはそうだけど」


 博士は《誉》の腰回りを指差した。


「そして、交換用の穂先が」


「……まさか」


「スカートの中に四発入っておる」


「やっぱりそこかよ!」


「足なんぞ付けるより有効活用できるじゃろ」


「それで足なくしたのか?」


「浮くのに足はいらん」


「まだ言うか」


「事実じゃ」


「じゃあ、盾は?」


「うむ」


 博士は盾を見る。


「あれを、最初からずっと構えて使うものとは考えるでない」


「違うのか?」


「《誉》は避ける機体じゃ」


「まあ、それは聞いた」


「じゃから盾は、接近した最後の最後」


 博士が指を立てる。


「どうしても避けきれん時に使え」


「緊急用か」


「そうじゃ」


「じゃあ、あれで攻撃を受け続けるわけじゃない?」


「そんなことをすれば、そのうち盾ごと吹き飛ばされるわ!」


「ですよね」


「高速で接近する。基本は避ける。どうしても最後の一発だけ避けられん」


 博士は盾を指した。


「その時だけ、あれで凌げ」


「……なるほど」


「盾も防具ではない」


「じゃあ何なんだ?」


「最後の保険じゃ」


「この機体、保険ばっかりだな」


「死ぬよりよかろう!」


「それはそうだ」


「武装については、今後も更新していく予定じゃ」


「まだ増えるのか?」


「当然じゃろ」


 博士は腕を組んだ。


「そもそも今までは、乗れる者がおらんかったからの……」


「……」


「いや」


 博士が目を逸らす。


「なんでもないわい」


「おい」


「気にするでない」


「気になるに決まってるだろ!」


「まあまあ」


 博士は強引に話を戻した。


「現行の機動兵器は、基本的にスラスター主導じゃ」


「それが?」


「推進方向と機体姿勢に制約がある」


 博士は《誉》を見上げる。


「その点、《誉》は違う」


「重力方向推進……」


「そうじゃ」


 前を向いたまま上へ。横を向いたまま後ろへ。


 姿勢を変えずに、進行方向だけを切り替える。


 今日、スタンリー自身が体験した動きだった。


「今の機動兵器では」


 博士が続ける。


「束になってかかられでもせん限り、《誉》の動きへ反応するのは至難の業じゃろう」


「……そんなにか」


「ただし」


「?」


「当たれば脆い」


「やっぱりそこに戻るのか」


「重要じゃからな」


 博士は笑う。


「避けろ」


「はいはい」


「必死でな」


「分かったって」


「よし!」


 博士は満足そうに頷いた。


「今日はもう休め」


「やっとか……」


「初日から予定以上に進んだからの」


「誰のせいだよ」


「結果が良かったからよいではないか!」


「よくない」


「それと」


 博士が近くに置かれていた端末を手に取る。


「これじゃ」


「なんだ?」


「《誉》の仕様書」


 スタンリーは受け取り、画面を開いた。


 機体構造。重力制御系。操縦系統。安全装置。武装。緊急時手順。


 項目が並んでいた。


「多くないか?」


「当然じゃ」


「これ全部?」


「徹底的に頭へ入れておけ」


「……」


「次からは」


 博士がにやりと笑った。


「知らんかったでは済まんぞ」


「記憶なくした奴に言う台詞か、それ」


「じゃから覚え直せと言うとるんじゃ」


「……」


 スタンリーは仕様書を見る。


 それから、もう一度《誉》を見上げた。


 黒い機体は、変わらず静かに浮いていた。

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