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第5話 予定以上

『では』


 エディの声がする。


『一度、高速域での加速を行います』


「……お、おう」


 スタンリーは自分の身体を確かめる。


 少し息は上がっている。だが、思ったより平気だった。


「なんか……いけそうな気がする」


『では開始します』


 次の瞬間、《誉》が加速した。


「――っ!」


 身体が一気に座席へ押しつけられる。


「ぐっ……!」


 先ほどとは明らかに違う。


 重い。胸が圧迫され、呼吸もしづらい。


「きつ……っ!」


『身体数値、正常範囲』


「きつい……けど!」


 歯を食いしばる。


 意識ははっきりしている。


「思ったより……耐えられる!」


『良好です』


『おおお!』


 博士の歓声が響く。


『やはり成功じゃ!』


『博士、まだです』


『分かっとるわ!』


 しばらくして、加速が緩む。


「……はぁ」


『スタンリー』


「ん?」


『では、次は』


 エディが少し間を置いた。


『分かりますか?』


「……連続機動……か?」


『はい』


「高速で?」


『はい』


「……」


『どうしますか? スタンリー』


「……」


『高速機動試験を後日にすることもできます』


「後日でも?」


『身体的条件は変わりません』


「……まあ、そうだな」


『むしろ、今の感覚が残っているうちに、そのまま試す方が良いかと思います』


「勢いで行けってこと?」


『平たく言えば』


「お前、時々雑になるな」


『学習中です』


「……ちなみに」


『はい?』


「逃げることは?」


 博士が答えた。


『それは残念じゃが認められん』


「即答かよ」


『機密保持の観点からもの』


「……逃げたら?」


『良くて一生、壁の中じゃ』


「良くて!?」


『研究内容を知りすぎておるからの』


 スタンリーはしばらく黙った。


「やるしかねぇか……」


『そういうことじゃ!』


「嬉しそうに言うな!」


『よし! では行ってみようか!』


『今回の計算では、これまでの失敗から得たデータをしっかり反映しておる!』


「……分かった」


 スタンリーは息を整える。


「エディ」


『はい』


「頼むぞ」


『承知しました』


『高速連続機動を開始します』


「……」


『一応、次に進む方向は事前にお伝えします』


「助かる」


『その上で、気合いで耐えてください』


「え?」


『はい』


「気合いで!?」


『冗談です』


「お前、本当にAIか!?」


『学習しています』


「余計なところを学習するな!」


『ご安心ください。この高速機動状態での戦闘も想定されています』


「戦闘まで?」


『はい』


『身体負荷だけでなく、認知能力、反応速度、判断能力についても計算されています』


「……」


『現在のあなたの状態であれば、想像されているより思考は可能かと』


「……まあいい」


 スタンリーは操縦桿を握り直した。


「やってくれ」


『承知しました』


『では』


「……」


『上』


 次の瞬間、《誉》が跳ね上がった。


「ぐっ!」


『右』


「――っ!」


 身体へかかる力の向きが変わる。


『斜め下』


「うおっ!」


『左』


「ぐ……っ!」


『上』


「おおおっ!」


 身体が押される。引かれる。横へ振られる。


 そのすべてが、ほとんど間を置かずに襲ってくる。


「これ……!」


『身体数値、正常』


「正常なのかよ!」


『はい』


「こっちはめちゃくちゃなんだけど!」


『次、右斜め上』


「了解!」


 《誉》が進路を変える。


「ぐっ……!」


 だが、分かる。


 次にどこへ動くのか。事前に伝えられるだけで、身体も意識も構えられる。


「……いける」


『はい?』


「これ……きついけど」


 スタンリーは息を吐いた。


「思ったより、動けるぞ!」


『良好です』


『おおおおお!』


 博士の大声が響いた。


『成功じゃ! ルディ! 見たか!』


『見ています! でもまだ終わってません!』


『じゃが耐えとるぞ!』


『だから最後まで見てください!』


「お前ら少し静かにしてくれ!」


『次、下です』


「うおっ、今!?」


 《誉》が一気に降下した。


 やがて。


『スタンリー』


「なんだ?」


『今までは私が機体を動かしていましたが』


「うん」


『普段は、あなた自身が操縦します』


「……そうか」


『自分で次の動きを把握している分、身体的にも多少は対応しやすくなるかと』


「まあ、そうだな。自分で動かすなら、さっきよりはマシかもしれない」


『では一度、操縦をお任せします』


「いきなり?」


『姿勢制御はこちらで補助します』


「……」


『あなたの入力と意図を読み取り、機体側を合わせます』


「思考まで読むのか?」


『操縦補助に必要な範囲のみです』


「その言い方ちょっと怖いな」


『およよ』


「やめろ」


『では、どうぞ』


「……よし」


 スタンリーはゆっくりと操縦桿を倒した。


 《誉》が前へ進む。


「……お」


 次に、上。右。斜め下。


 少しずつ速度を上げていく。


「なるほど……」


 自分で動かしている。


 だから、次にどこへ力がかかるのか、身体が分かる。


「さっきより楽だな」


『予想通りです』


 そのまま何度か動きを繰り返す。


「なんとか……なりそうだな」


『はい』


『今の中低速域が、主な巡航速度となります』


「これが?」


『はい』


「十分速いけどな」


『そして、先ほどの高速連続機動』


「……あれか」


『あちらが戦闘機動に相当します』


「やっぱり戦闘であれ使うのかよ」


『はい』


『ただし』


「まだあるのか?」


『あります』


「嫌な予感しかしない」


『さらに上の出力領域があります』


「……これ以上?」


『はい』


『今回の結果から再計算したところ、耐えられる可能性は高いです』


「可能性?」


『ただし、あなたでも一時的に意識を失う可能性があります』


「……」


『そのため、通常使用は推奨しません』


「じゃあ何のためにあるんだ?」


『緊急離脱。あるいは、通常機動では回避できない攻撃への対応』


「最後の手段ってことか」


『はい。緊急機動とお考えください』


「……これ以上は考えたくもないな」


『同感です』


「お前が言うのかよ」


 その時。


『スタンリー!』


「うわっ!?」


『ちゃんと生きておるな!』


「博士!?」


『返事がある。よし!』


「確認の仕方がおかしい!」


『意識もあるな!』


「今まで通信聞いてただろ!」


『念のためじゃ!』


「その念のためが怖いんだよ!」


『よーし、スタンリー! では模擬戦を――』


「まだやるのか!?」


『……お?』


「なんだよ」


『わし、武装の説明したか?』


「してない!」


『しておらんかったか』


『忘れていましたね』


 ルディ主任が淡々と言う。


『そもそも本日は慣らし運転の予定だったはずですが』


「……は?」


『中低速域での基本軌道に慣れてもらうところまでです』


「ちょっと待て」


『それが、いつの間にか高速機動の耐久試験までやっています』


「おい!」


『まあ成功したからよいではないか!』


「よくない!」


『結果は非常に良好です』


 エディまで加わる。


「お前もか!」


『予定を確認したところ、本来は数日かけて中低速域での軌道に慣れていただき、その後、高速機動へ移行する計画でした』


「数日!?」


『はい』


「じゃあ、なんで今日やったんだよ!」


『途中の結果から、実施可能と判断しました』


「勝手に!?」


『それと』


「まだあるのか?」


『あなたは、勢いで行った方が良い時もあるでしょう?』


「……」


『違いますか?』


「そ、それは……そうだが」


『では問題ありません』


「あるだろ!」


『よし!』


 博士の声が響く。


『今日はもうよい!』


「急に終わったな」


『ある程度落ち着いたら帰還してくれ!』


「分かったよ……」


『戻ったら武装の説明をする!』


「やっとか」


『それと、《誉》の基本設計についてもの!』


「……それ、乗る前に聞く話じゃないのか?」


『今さらじゃな!』


「開き直るな!」


 スタンリーは大きく息を吐いた。


 そして、眼下に広がる景色を見る。


「……まあ」


『はい?』


「飛ぶのは、悪くなかった」


『でしょう?』


「調子に乗るな」


『およよ』


「それもやめろ」


 《誉》は研究所へ向けて、ゆっくりと進路を変えた。

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