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第4話 初飛行

『では、格納庫ハッチを開きます』


 頭上で、重い駆動音が響いた。


「……上?」


 スタンリーが見上げる。


 《誉》の真上にある巨大なハッチが、ゆっくりと左右へ開いていく。


 エディが告げる。


『スタンリー』


「ん?」


『色々と複雑な状況だとは思いますが』


「まあな」


『おそらく、自由に空を飛べるのは、とても気持ちがいいと思いますよ』


「……そうか?」


『はい』


 少し間があった。


『急に方向転換しなければ』


「余計な一言を言うな!」


『大事なことですので』


「怖くなるだろうが!」


 ハッチが完全に開いた。


 その先には、縦に伸びる脱出路が続いている。壁面に沿って、光のラインが一本ずつ点灯していった。


『上昇ガイドライン、点灯』


「……あれに沿えばいいんだな?」


『はい』


 スタンリーは操縦桿を握る。


「改めて、エディでいいんだな?」


『はい』


「エディ。ゆっくり頼むぞ」


『承知しました』


『まだ操縦には不安があると思いますので、安全圏までは私が補助します』


「頼む」


 《誉》が、静かに浮き上がる。


「……おお?」


 機体は前を向いたまま。姿勢は変わっていない。


 それでも、真上へ進んでいく。


「前向いてるのに上昇してるぞ?」


『重力方向推進ですからね』


「……」


『機体がどちらを向いていても、任意方向へ加速できます』


「じゃあ、後ろ向いたまま前にも進める?」


『可能です』


「横向いたまま上にも?」


『可能です』


「逆さまでも?」


『可能です』


「……めちゃくちゃだな」


『誉め言葉として受け取っておきます』


「機体の《誉》と掛けたのか?」


『偶然です』


「本当か?」


『およよ』


「怪しいな……」


 《誉》は、光のガイドラインに沿ってゆっくりと上昇していく。


『最終ゲートへ到達します』


「ここが出口か」


『はい』


 頭上の隔壁が開き始める。


 隙間から外の光が差し込み、青い空が見えた。


『最終ゲート、開放完了』


 《誉》はそのまま上昇した。


 脱出路を抜けると、一瞬で視界が開けた。


「……おお」


 遮るものがない。


 空。遠くの地平線。遥か下の地面。


「これは……」


『はい?』


「気持ちいいもんだな」


『でしょう?』


「コックピットがもう少し開放的なら、もっと気持ちよさそうだけど」


『それはおすすめしません』


「なんで?」


『高速飛行時に大変なことになります』


「……そうだったな」


『それに液体も全部飛び散ります』


「そこかよ」


     *


『まずは低出力で動きます』


「頼む」


 《誉》はゆっくりと空を進んでいった。


 前を向いたまま、上へ、横へ、時には斜めへ。


 姿勢をほとんど変えずに、進行方向だけが変わる。


「……すごいな」


『はい』


「本当に、空をそのまま歩いてるみたいだ」


 しばらく、スタンリーはただ空を眺めていた。


『では』


「ん?」


『少し加速します』


「え?」


『安心してください』


「その言葉、最近怖いんだけど」


『一方向へ加速するだけであれば、以前の試験でも問題はなかったと記録されています』


「……以前の人も?」


『はい』


「そ、そうか」


 スタンリーは操縦桿を握り直した。


「まあ……やらないとな」


『では、上方向へ加速します』


「上?」


『開始します』


 次の瞬間、《誉》が前を向いたまま急激に上昇した。


「ぐおおおおっ!?」


 身体が座席へ押しつけられる。


「おい! これ大丈夫か!?」


『大丈夫です』


「ほんとか!?」


『身体数値、安定しています』


「数字じゃなくて体感がすごいんだよ!」


『良好です』


「何がだ!」


 数秒後。


『減速します』


「減速?」


 逆方向へ力がかかる。


「うおっ……!」


 速度が落ちていき、《誉》は空中で静かに止まった。


「……止まった」


『はい』


「もっと急に止まれるのか?」


『可能です』


「……」


『ですが、現在はおすすめしません』


「ですよね」


『では続けて、連続機動に入ります』


「お、おい、それ……」


『安心してください』


「その言葉がもう怖いんだって」


『現在の身体数値と許容量を比較した場合、かなり余裕があります』


「……かなり?」


『はい』


『さらに、今回はまだ低速域での連続移行です』


「低速なら……まあ」


『では開始します』


「ちょっと待――」


 《誉》が動いた。


 前を向いたまま、まず、上へ。


「ぐっ……!」


 次の瞬間、右へ。


「おおっ!?」


 さらに斜め下。


「うわっ!」


 そして左へ。


「お、おい!」


 機体の姿勢はほとんど変わっていない。


 進む方向だけが、次々と切り替わっていく。


「なんだこれ……!」


『身体数値、安定しています』


「俺の感覚は全然安定してない!」


『おお!』


 通信の向こうで、博士の声が弾んだ。


『なんだかんだ叫んではおるが、普通に思考できておるではないか!』


「評価基準そこなのか?」


『重要じゃぞ!』


『そうですね』


 ルディ主任も同意する。


『受け答えも正常ですし、身体数値にもかなり余裕があります』


「ちなみに、これ、普通の人間だったらどうなる?」


『おそらく』


 ルディ主任が少し間を置く。


『良くて気絶しています』


「良くてか……」


『はい』


「悪い方は聞かないでおく」


『賢明です』

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