第3話 初搭乗
しばらくして、スタンリーは見慣れないスーツを着せられていた。
「……これが耐Gスーツ?」
「そうじゃ」
博士が頷く。
「身体へかかる負荷を軽減するためのものじゃ」
「強化した上で、さらにこれが必要なのか?」
「念には念を入れるんじゃ」
「それ聞くと余計に不安なんだけど」
スタンリーは《誉》を見上げた。
「本当にこれ、大丈夫なんだろうな?」
『スタンリー、安心してください』
耳元からエディの声がした。
『私がしっかりと、丁寧に補助します』
「……頼むぞ」
『お任せください』
「おぬし、こやつには随分素直じゃな」
「今この中で一番まともそうだからな」
『光栄です』
「そうでもないぞ」
「博士?」
「なんでもない」
*
整備用の足場を上がり、スタンリーは《誉》のコックピットへ乗り込んだ。
「……狭いな」
『操縦者一名を前提とした設計です』
「まあ、それは分かるけど」
身体を座席へ収める。
固定具が自動で動き、肩と腰を押さえた。
「お、おい」
『固定を開始します』
「先に言えよ」
『申し訳ありません』
次の瞬間。
『機体AI接続開始』
「ん?」
周囲の表示が一斉に点灯する。
『操縦系統接続』
「待て」
『制御系統接続』
「おい」
『掌握完了』
「おい、今“掌握”って言ったか?」
『酸素マスクを装着してください』
「無視するな!」
『注入を開始します』
「注入?」
低い作動音が響いた。
足元から何かが流れ込んでくる。
「おい」
透明な液体だった。
「なにを――」
水位が上がってくる。
「え? なんだこれ、水?」
『正確には――』
「説明は後でいい! これ上がってきてるぞ!」
『酸素マスクを装着してください』
「だから酸素マスクってどれだよ!」
『……』
「おい!」
『ああ』
「なんだよ!」
『記憶がないのでしたね』
「今さら!?」
『上部にあります』
「上!?」
スタンリーは慌てて頭上を見る。
「あった!」
『装着してください』
「最初に言え!」
『通常は説明不要でしたので』
「今は通常じゃないだろ!」
『おっしゃる通りです』
液体はすでに腰まで来ていた。
スタンリーは頭上に収納されていたマスクを引き下ろす。
「これか?」
『はい』
「つけたぞ!」
『確認しました』
マスクが顔へ密着する。
液体が胸を越え、ゆっくりと肩まで上がる。
「おお……なんだこれ」
『操縦席内部を液体で満たすことで、加速度による負荷を軽減します』
「対G用?」
『はい』
スタンリーは自分の身体を見る。
「対G強化した身体に」
『はい』
「耐Gスーツを着て」
『はい』
「さらに液体で防護?」
『はい』
「……博士」
『なんじゃ?』
「これ、本当に大丈夫なんだろうな?」
『……』
「おい」
『今までの試験結果から言えば』
「うん」
『大丈夫とは言い切れん』
「降ろせ!」
『待て待て!』
「何が安心してくださいだ!」
『それを言ったのはAIじゃ!』
『私です』
「どっちでもいい!」
『じゃがな、わしも人命を軽んじておるわけではない!』
「説得力がない!」
『じゃからこその防護じゃ! 身体強化、耐Gスーツ、液体防護! できる対策は全部しておる!』
『その点については事実です』
ルディの声が割り込んだ。
『ただ……』
「ただ?」
『結果が残念なことになった試験が多い点については、言い逃れできませんが』
「やっぱり降ろせ!」
『今回は違う!』
「前もそう思ってたんだろ!」
『……』
「その間はなんだ!」
『計算上は耐えられるはずだったんじゃ』
「じゃあ、なんでトマトになったんだよ!」
『それがのう……』
博士が少し言いよどむ。
『単純な高加速度だけなら、想定通りじゃった』
「?」
『問題は方向じゃ』
「方向?」
『《誉》は重力方向そのものを変える』
ルディが説明を引き継ぐ。
『前方へ加速した直後、横方向へ切り替え、そのまま上方向へ。そういった機動が可能です』
「……」
『従来の試験では、それぞれの方向にかかる負荷を個別に計算していました』
「……」
『ですが実際には、人体内部の血液や臓器は、機体ほど瞬時には追従しません』
「……ああ」
『機体は耐えても、中の人間が耐えられなかった』
博士が言った。
『そういうことじゃ』
「それ、かなり重要な見落としじゃないか?」
『重要じゃったな』
「過去形にするな!」
『今は対策した!』
「本当だろうな!?」
『だからおぬしを強化したんじゃろうが!』
「そこに戻るのかよ!」
『さらにスーツ! 液体防護! 出力制限!』
『初回は低出力に設定しています』
エディが淡々と付け加える。
「……まあ」
『なんじゃ?』
「安心はできないけど」
スタンリーは息を吐く。
「防護しようとはしてるんだな」
『そうじゃ!』
「なんでそんな嬉しそうなんだよ」
『理解してもらえたからの!』
「理解しただけで安心はしてないからな」
『十分じゃ!』
少しして、スタンリーがふと思い出した。
「ところで」
『はい?』
「お前も《誉》を実際に動かすのは初めてなんだよな?」
『はい』
「なんでそんなに詳しいんだ?」
『過去の試験データを解析しております』
「過去の……」
『加えて、今回の対G対策についても新たに学習済みです』
「なるほど」
『ちなみに』
「ん?」
『過去の試験映像も表示できますが、ご覧になりますか?』
「いや、いい」
『承知しました』
「……待て」
『はい?』
「それって」
『はい』
「絶対に見せるなよ」
『承知しました』
「本当にだぞ」
『記録しました』
「そこだけは頼む」
『ただし、シミュレーション上では、これまで何度もあなたと連携しています』
「俺と?」
『はい』
「……記憶はないけど」
『操縦訓練の記録上、あなたの操作傾向は把握しています』
スタンリーは操縦桿へ手を置いた。
初めて見るはずなのに、どこへ手を置けばいいのか、何を見ればいいのか、なぜか分かる。
「……言われてみれば」
『はい』
「何をすればいいかは、なんとなく分かるな」
『想定通りです』
「なら」
スタンリーは前を見る。
「なにはともあれ、やってみるか」
『承知しました』
『《誉》、始動します』
低い振動。
機体の各部から、次々と反応が返ってくる。
『重力制御系、起動』
『姿勢制御、接続』
『推進系統、待機』
『全系統、正常』
「……動いた」
『はい』
「本当に動いたな」
『動く機体ですので』
「そういう意味じゃない」
少しして。
「……ところで」
『はい?』
「これに乗って、俺は何をさせられるんだ?」
通信の向こうで、博士がすぐに答えた。
『データを取ってもらう』
「それはさっき聞いた!」
『では何が聞きたいんじゃ』
「どうやって取るんだよ!」
『そんなもの、決まっておろう』
「……?」
『戦闘してもらう』
「……戦闘?」
『うむ』
「これで?」
『これで』
「……俺が?」
『おぬしが』
「いやいやいや」
『なんじゃ』
「聞いてない!」
『今言った』
「そういう意味じゃない!」
『最終的には実戦環境でしか取れんデータもあるからの』
「実戦!?」
『最終的には、じゃ』
ルディの声が割り込んだ。
『まずは模擬戦闘です』
『分かっとる』
「模擬でも戦うのかよ……」
『その前に』
ルディが続ける。
『まずは、ちゃんと動けるか確認します』
「それを先にやれ!」




