第25話 戦い方
研究所が見えてくる。
しばらく離れていただけだが、見慣れた建物が妙に懐かしく感じられた。
『誘導信号を受信しました』
「了解」
格納庫上部のゲートが開く。
表示された進入経路に従い、《誉》はゆっくりと高度を下げていった。
前を向いたまま降下し、そのまま格納庫内部へ入る。
『収容位置まで残り十五メートル』
「このままでいいか?」
『はい』
速度を落とし、指定された場所で静止する。
すぐに整備員たちが動き始めた。
機体の周囲へ固定装置が伸び、《誉》を係留していく。
『係留を確認』
「よし」
スタンリーは操縦系を切り、降機手順に入った。
*
コックピットから降りると、一体の人影がこちらへ近づいてきた。
「お帰りなさいませ、スタンリー様」
「……クライテン」
作業用アンドロイドのクライテンだった。
「なんとも素晴らしい戦果であったとか」
「そんなことはないが」
「敵機を複数撃破されたと伺っております」
「正規軍が正面を支えてくれてたからな」
「なるほど」
クライテンは《誉》へ目を向けた。
「機体も無事のようで何よりです」
「博士なら、そっちを先に言いそうだな」
「否定はできません」
「できないのかよ」
スタンリーは装備を外しながら尋ねた。
「博士は?」
「マーチン博士とルディ主任は研究室におります」
「格納庫には来てないのか」
「すでに戦闘ログをご覧になっていますので」
「……ああ」
何となく察した。
「そっちに夢中か」
「非常に楽しそうでした」
「だろうな」
*
研究室へ向かう。
扉を開けると、博士は大型の表示画面へ張りついていた。
「お! 帰ったか!」
「帰りましたよ」
「なかなか派手にやっておるようじゃの!」
「別に派手にはやってません」
「敵の後ろへ回って、突然現れて爆発させておるではないか!」
「それ派手ですか?」
「十分じゃ!」
近くでは、ルディが別の画面を確認している。
「お帰りなさい、スタンリーさん」
「どうも」
「身体の方は問題ありませんか?」
「特には」
「それなら何よりです」
博士が戦闘ログから顔を上げる。
「実戦を通して、《誉》にもかなり慣れてきたようじゃな」
「まあ、最初よりは」
「高速機動中の入力も安定してきておる。攻撃後の離脱も随分早くなった」
「慣れないと死にそうですからね」
「その心構えは大事じゃ!」
「博士が言うと怖いんだよ」
ルディが小さく息を吐いた。
「機体については、こちらで詳しく確認します」
「基地でも整備はしてもらってましたけど」
「あちらでできる点検には限界がありますから」
博士も頷く。
「メンテナンスは任せておけ」
「お願いします」
「重力制御系統から操縦系、液体防護、それに各部の負荷まで全部見る」
「結構かかりそうですね」
「せっかく戻したんじゃ。徹底的に調べる」
「まあ、それなら安心か」
「それとな」
「ん?」
博士の顔が少し楽しそうになる。
「武装も新しく作っておる」
「もう?」
「おぬしの実戦データが取れたからの」
スタンリーは少し興味を持った。
「どんなのですか?」
「まだ完成しておらん」
「じゃあ先に言うなよ」
「構想はできておる!」
「それで?」
「まだ秘密じゃ」
「なんなんだよ」
博士は楽しそうに笑った。
だが、すぐに少しだけ表情を変える。
「それで……スタンリー」
「なんだ?」
「一つ、確認したいことがあるんじゃが」
「?」
博士は画面を操作した。
表示されたのは、《誉》の戦闘記録だった。
「おぬしの戦い方についてじゃ」
「俺の?」
「そうじゃ」
博士は画面を指差した。
「この機体の名前は知っておるな?」
「《誉》」
「そうじゃ」
「それが?」
「では」
博士が今度は、《誉》の外観を映した。
黒い装甲。
騎士を思わせる姿。
長いランスと盾。
「この見た目については?」
「……騎士っぽいですよね」
「じゃろ?」
「はい」
「名前は《誉》」
「はい」
「見た目は騎士」
「はい」
「武装はランスと盾」
「……はい」
スタンリーは少し嫌な予感を覚えた。
「それが何ですか?」
博士は無言で、もう一度戦闘記録へ表示を戻した。
正面で撃ち合う皇国軍と敵軍。
その外側を大きく回り込む《誉》。
敵の後方へ入り込み、背後からランスを突き立て、爆発する前に離脱する。
「……」
「……」
しばらく沈黙が続いた。
「スタンリー」
「はい」
「おぬし」
博士は画面を指差した。
「どうして、こんな戦い方になった?」
「どうして……?」
スタンリーは画面を見る。
「正面から戦う必要がありますか?」
「……実戦データは、できるだけ幅広く欲しいからの」
「正面から戦った時のデータも欲しい、と?」
「そうじゃ」
「具体的には? 弾を避けられるかとか、近接戦闘とかですか?」
「こちらに気づいて迎撃してくる敵へ、どう接近するか。攻撃を防がれた時にどう対応するか。そういうものも見ておきたい」
「近接戦闘って、このランスで斬り合いをしろと……?」
「斬り合えとは言っとらん!」
「でも、刺したら爆発する前に離れないと駄目ですよね?」
「それはそうじゃ」
「防がれた時も、無理せず離れた方がいい」
「うむ」
「必要になったらやりますけど、そのデータのために、わざわざ正面から行くんですか?」
博士は口を開きかけ、少し考えた。
「……そこまでしろとは言わん」
「ですよね」
スタンリーは戦闘記録を指した。
「今のやり方なら、機体も安全です」
「……うむ」
「俺も安全」
「うむ……」
「高速機動も使うし、敵へ接近もする。ランスも使う。離脱もする」
「そうじゃな」
「データも取れる」
「取れておる」
「敵も倒せる」
「……倒しておるな」
「味方の援護にもなる」
「……なっておる」
スタンリーは首を傾げた。
「じゃあ、いいじゃないですか」
「ぐぬ……」
「それに」
「まだあるのか?」
「ありますよ」
スタンリーは画面の《誉》を見る。
「普通の機体じゃ、敵の後ろまであんな簡単に回れないんですよね?」
「まあ……そうじゃ」
「速くて」
「うむ」
「レーダーにも捕まりにくくて」
「うむ……」
「姿勢を変えずに好きな方向へ動けて」
「……うむ」
「敵の後ろまで回り込める」
「……」
スタンリーは博士を見る。
「博士?」
「……なんじゃ」
「使わない理由がありますか?」
「……」
博士はしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言った。
「せっかくだから、格好いいところも見たかったんじゃ……」
「格好いいところ?」
「こう……敵へ真正面から接近してじゃな」
博士が身振りを交える。
「ランスを構え、一騎駆けのように――」
「敵に接近してランス突き立てるじゃないですか」
「そういう意味ではない!」
「何が違うんですか?」
「後ろから行っとるじゃろ!」
「当てやすいので」
「そういうところじゃ!」
「俺にだって浪漫はあるわ!」
『え?』
耳元からエディの声がした。
「なんだよ」
『あるんですか? 本当に?』
「あるわ!」
スタンリーは思わず声を荒げた。
「ただな! 撃たれたら駄目だって言われてる機体で、正面から堂々と突っ込めるか!」
『それはもっともです』
「だろ?」
『ですが』
「なんだよ」
『仮に《誉》の装甲が、もう少し厚かったとしても』
「うん」
『スタンリー、戦術自体は変えませんよね?』
「……」
『おそらく、多少強引になるだけで』
「……」
『正面から行ける状況が増えたとしても、わざわざ正面からは行かないかと』
「……」
『側面か後方へ回り込み、今より多少被弾を気にせず突っ込み、刺して、爆破して、逃げますよね?』
「……」
スタンリーは黙った。
博士がゆっくりとこちらを見る。
ルディも見る。
「……なんだよ」
『図星ですか?』
「いや」
『では違いますか?』
「……」
『スタンリー?』
「うるさいな」
『およよ』
「それやめろ!」
博士が机を叩いた。
「ほれ見ろ!」
「何がですか!」
「機体のせいではないではないか!」
「いや、機体のせいでもありますよ!」
「“でも”と言ったな!?」
「細かいな!」
博士は腕を組み、《誉》の戦闘記録を見る。
「つまりじゃ」
「何ですか?」
「《誉》がおぬしをこうしたのではない」
「……」
「《誉》がおぬしに合いすぎたんじゃ」
「……それ、褒めてますか?」
「褒めてはおらん!」
『私は非常に高い適性だと評価しています』
「お前の評価もなんか嫌だな……」
スタンリーは少し考えてから、博士を見る。
「じゃあ、博士が乗りますか?」
「……は?」
「正面から堂々と行きたいんですよね?」
「いや」
「騎士らしく」
「待て」
「《誉》に乗って」
「待て待て」
「真正面から」
「乗らんぞ!」
博士が即答した。
「なんでですか?」
「わしが乗ったら死ぬわ!」
「ですよね」
「ですよね、ではない!」
「じゃあ俺も死にたくないんですよ」
「……」
「機体も壊したくない」
「……」
「データも取りたい」
「……うむ」
「だから今の戦い方なんです」
博士は何とも言えない顔をした。
「まあ、博士が乗るなら止めませんけど」
「絶対に乗らん!」
「即答ですね」
「わしは研究者じゃ!」
「俺も軍人じゃないですよ?」
「……」
「研究所のテストパイロットです」
「……ぐぬ」
ルディが小さく頷いた。
「そこは事実ですね」
「ルディ、おぬしまで!」
「事実を確認しただけです」
博士は頭をかき、しばらくスタンリーを見た。
「……そもそもじゃ」
「何ですか?」
「おぬしのような慎重な――」
そこで止まる。
「……慎重なのか?」
「俺に聞かれても」
『無駄な危険は避ける傾向にあります』
「ほれ」
『ただし、必要と判断した場合は危険へ踏み込みます』
「必要ならな。誰も行かなくていいなら、俺も行かないけど」
「……必要なら、か」
博士は少し考え込んだ。
「それが分からんのじゃ」
「何がですか?」
「人体強化実験のことじゃ。おぬしは、あれにも自分から志願しておる」
「……」
スタンリーは少し考えた。
「記憶にありません」
「それは分かっとる」
「じゃあ、聞かれても」
「当時のおぬしから、理由は聞いた。理屈は分かるんじゃ」
博士は腕を組んだ。
「じゃが、今のおぬしを見ておるとな」
「はい」
「危ないことは避ける」
「無駄なら」
「正面から行く必要がなければ後ろへ回る」
「そりゃそうでしょう」
『非常に一貫しています』
「エディは黙ってろ」
『はい』
博士は続けた。
「そんなおぬしが、命の保証もできん実験に、自分から志願したんじゃ」
「……」
「ほかの方法ではいかんかったのか。そこまでせねばならんことだったのか。わしには、そこが分からん」
スタンリーは答えなかった。
危険を承知で志願したことは聞いている。
だが、それを決めた時の自分が何を考えていたのかは、何も思い出せない。
「……当時の俺には、必要だったんじゃないですか」
「そうなんじゃろうな」
博士は頷いたものの、まだ腑に落ちない顔をしていた。
「じゃが、おぬしが何をそこまで重く見ておったのか」
「それは、俺にも分からないですよ」
「……そうじゃな」
少しして、スタンリーが口を開く。
「今の俺からしたら、ほとんど他人ですし」
「自分じゃろうが」
「覚えてない俺です」
「……ややこしいのう」
『ですが』
エディが口を挟んだ。
「なんだ?」
『少なくとも、当時のスタンリーは、危険性を説明された上で志願しています』
「……そうなんだよな」
スタンリーは小さく息を吐いた。
「分かった上で、それでもやろうと思ったんだよな」
「うむ」
「……何を考えてたんだろうな、俺」
博士もしばらく黙っていた。
「わしも、そこを聞いてみたいんじゃ」




