第24話 スターバグ
「……ルディ」
「はい?」
博士は戦闘ログを見たまま、しばらく黙っていた。
「今回は少し規模の大きな戦闘になるはずじゃったよな?」
「ええ。敵も味方も二個小隊でしたからね」
「ならば、これはなんじゃ?」
博士が画面を指差した。
「なぜ暗殺者のような動きをしておる?」
表示されているのは、《誉》の戦闘軌跡だった。
正面の交戦を避けて側面へ回り、敵後方の援護機を撃破。その場を離れたあと、今度は逃げ始めた指揮官機へ接近している。
どちらも、攻撃を終えればすぐに離脱していた。
「敵量産機程度の機動性能であれば、シェパード大尉を狙っておる連中へ正面から突っ込んでも、ある程度はどうにかなったじゃろうに」
「まあ、《誉》なら可能でしょうね。ただ、今の戦い方の方が危険は少ないです」
「……」
「警戒の薄いところから接近して、一撃で仕留めて離れる。合理的ではあります」
「分かっとる!」
博士が机を叩いた。
「分かっとるから腹が立つんじゃ!」
「そこですか」
「わしが付けた《誉》という名前の、誉れはどこへ行った!?」
「以前は、名前については言うなとおっしゃっていましたが」
「あの時より悪化しておる!」
ルディは画面へ目を戻した。敵の背後から離脱した《誉》が、大きく進路を変えている。
「ですが、操縦技量は上がっていますよ。高速機動も安定してきましたし、攻撃後の離脱も手際がいい」
「それはそうじゃ」
「狙う相手も悪くありません。援護機を落として味方を助けていますし」
「うむ」
「十分優秀では?」
「だから、文句をつけにくいんじゃ!」
「面倒ですね」
博士は腕を組み、しばらく画面を睨んでいた。やがて、何かを思いついたように顔を上げる。
「決めた!」
「何をですか?」
「研究所内では、こやつを《スターバグ》と呼ぶ!」
「……正式名称は《誉》ですよ」
「それは変えん。研究所内での呼び名じゃ!」
「どうしてまた、その名前に?」
「敵陣の隙間を這い回り、突然現れて爆弾を刺して消える。虫みたいじゃろ!」
「まあ、敵からすれば悪夢でしょうね」
「そうじゃ! 気づけば後ろにおる。振り向いた時には、もう逃げておる!しかも黒い!」
博士は画面の黒い機体を指差した。
「《スターバグ》じゃ。決定じゃ!」
「……気に入ってますね?」
「気に入っとらん!」
「そうですか」
「そうじゃ!」
ルディはそれ以上言わず、戦闘ログを次の項目へ切り替えた。
機体各部の負荷と、スタンリーの生体データが並ぶ。博士も画面へ向き直り、数値を確かめ始めた。
「……そろそろ一度、メンテナンスに呼び戻すか」
「定期点検ですか?」
「うむ。実戦で何度か使ったことじゃし、こちらの設備で一通り確認しておきたい」
「戦闘データも溜まりましたしね。整備班へ連絡しておきます」
「頼む」
博士も端末へ手を伸ばした。
「《スターバグ》を一度、巣へ戻すぞ」
「もう完全に気に入ってるじゃないですか」
*
基地へ帰投したあと、スタンリーは《誉》を整備班へ預け、装備を外していた。
「スタンリー」
声をかけられて振り向くと、エリアス中佐が近づいてきた。
「今回はよくやってくれた。シェパードも助かったと言っていたぞ」
「それならよかったです」
「それと、このあと司令室まで来てもらえるか?」
「……司令室まで? 何かありましたか?」
「行けば分かる」
「またそれですか……」
スタンリーは少し声を落とし、耳元のAIへ尋ねた。
「エディ。何か聞いてるか?」
『いいえ。何も聞いていません』
「本当に?」
『はい』
返答には、少しも迷いがなかった。
今回の戦闘で問題を起こした覚えはない。シェパード隊の援護もできたし、今も褒められたばかりだ。
「……悪い話ではないはずだよな」
『おそらく』
「そこは曖昧なんだな」
『内容を知らないことには、何とも申し上げられません』
「……まあ、そうか」
スタンリーは装備を片づけ、エリアスへ向き直った。
「お待たせしました」
「では、行こう」
*
司令室へ入ると、ハメル准将が椅子を勧めた。
「まずは座れ」
「失礼します」
スタンリーが腰を下ろすと、ハメルは手元の資料へ目を落とした。
「戦闘には、だいぶ慣れたようだな」
「最初よりは。《誉》も動かしやすくなってきました」
「そうか。戦い方も、非常に合理的だと聞いている」
「ありがとうございます」
「褒めては……いや、いい」
「何ですか?」
「気にするな」
「気になるんですが」
ハメルは資料から顔を上げた。
「敵の後ろへ回り、気づかれる前に刺して離脱する。その報告を読んで、少し言葉を選んでいただけだ」
「合理的なんですよね?」
「ああ。味方の損害を抑える助けにもなった」
「なら、よかったです」
ハメルは一度頷き、資料を置いた。
「それで、本題だ。エディからも聞いたと思うが、研究所から連絡が来ている」
「研究所から?」
「定期メンテナンスのため、一度《誉》を戻すように、とのことだ」
「ああ、分かりました」
「こちらも、お前が不在になる間の予定を確認しておきたい。出発の日時が決まったら、エリアスへ知らせてくれ」
「はい。……ん?」
スタンリーは返事をしたところで、顔を上げた。
「今、エディからも聞いたと思うが、って言いましたか?」
「言ったが」
「……エディ?」
『はい』
「研究所からの連絡、来てたのか?」
『はい。定期メンテナンスのため、研究所へ戻るようにとのことです』
「いつ来た?」
『基地へ帰投する前です』
「さっき、何も聞いてないって言ったよな?」
『……お伝えしていませんでしたか?』
「今、何も聞いてないって言った話をしてるんだよ!」
『およよ』
「およよじゃない!」
ハメルとエリアスは、しばらく黙ってやり取りを聞いていた。
「……いつもこんな感じなのか?」
ハメルに尋ねられ、スタンリーはため息をついた。
「最近は、だいたい」
『仲良くやっています』
「誰がだ!」




