第26話 エステラの想い
「私は、お兄様が皇位を継ぐものだと思っていましたのに」
エステラは小さく息を吐いた。
「継承権というものは、厄介ですわね」
「そうですね」
傍らを歩く、側仕え兼護衛のカーラが頷く。
「今回の視察も、あれよあれよという間に決まってしまいましたね」
「ええ」
エステラは少し困ったように笑った。
「まあ、私の領地ですし」
窓の外へ目を向ける。
「報告を受けるだけではなく、自分の目で見に行かなければとは思っていましたけれど、こういう形になるとは思いませんでしたわ」
「政治的な意味まで持ってしまいましたからね」
「シリウス兄様は、何でもそつなくこなされますし、皇位を継いでも、支持していたかどうかで扱いを変えないと仰っていますのに」
「そこは、そう単純な話ではないのでしょう」
カーラは少し考えてから続ける。
「いくらシリウス殿下ご本人が公平に、とお考えでも、殿下を長く支えてきた方々まで、同じように考えるとは限りません」
「……そうですわね」
「殿下が皇位を継げば、当然、その方々の立場は強くなります」
「そして、今のうちからシリウス兄様についていない方々は不安になる」
「はい」
エステラはしばらく考えた。
「ですが、それなら、レグルス兄様でもよいのではなくて?」
カーラは少しだけ言葉を選んだ。
「レグルス殿下は……少々、野心が見えると言いますか」
「まあ」
「皇位を継がれた後も安心できるか、と問われると」
「難しい、と」
「そういうことになります」
エステラは眉を下げた。
「シリウス兄様では、その後ろ盾が不安。レグルス兄様では、ご本人が不安」
「少々乱暴なまとめ方ではありますが」
「だいたい合っていますでしょう?」
「……否定はしません」
「どうして私なんでしょう」
「そのどちらにも不安を感じる方々からすれば、殿下ということなのでしょう」
「ですが、私は皇位を望んでいませんわ」
「それも承知していると思います」
「承知していて担ぐんですの?」
「むしろ、その方が安心できると考える者もいるのでしょう」
「……厄介ですわね」
「継承争いですから」
「シリウス兄様が一番支持を集めているのでしょう?」
「はい。現状では、かなり優勢です」
「次がレグルス兄様。そして私」
「そうですね」
エステラは少し考えた。
「でしたら、私など放っておいてくださればよいのに」
「殿下への支持が少なければ、そうなっていたかもしれません」
「……」
「第三勢力とはいえ、殿下を推す方々はすでに一定数います」
「私の知らないところで、そんなに?」
「はい」
「やめてくださいませ」
「事実ですので」
エステラは額へ手を当てた。
「今回の視察も、その方々にとっては好都合なのでしょうね」
「おそらくは」
「戦争で傷んだ領地を、皇女自ら視察して、復旧状況と防衛体制を確認する。それだけなら、領主として当然のことですのに」
「見る側によっては、政治的な実績になります」
「何をしても、そちらにつながりますのね」
しばらく沈黙が続く。
「ですが」
エステラが口を開いた。
「行くこと自体は、間違っていないと思っています」
「はい」
「私の領地ですもの」
表情が少しだけ真面目になる。
「戦争が起きて、住民も兵も苦労しています。報告書だけ読んで、分かったつもりになるのは嫌ですわ」
「では」
「視察には行きます」
エステラは頷いた。
「政治に利用されるのは気に入りませんけれど」
「そこは避けにくいかと」
「分かっていますわ」
そして、少しだけ苦笑する。
「せめて、何事もなく終わればいいのですけれど」
「そうですね」
カーラも静かに頷いた。




