第20話 妙な進路
数日後、スタンリーは基地の外周沿いを歩いていた。
「……基地の周り、ほんと何もないな」
『まあ、前線ですからね』
「町とか村とかも全然見えない」
『この辺りは軍事拠点として整備された地域ですので』
「なるほど」
外へ続く道路を眺めながら、スタンリーは歩き続けた。
「そういえば、他の戦線はどうなってる?」
『大きな変化はありません』
「まだ皇国側が優勢?」
『はい。全体としてはグランダ皇国側が優勢です』
「ふーん。そもそも、なんで攻めてきたんだ?」
『主な目的は領土拡大だと言われています』
「領土か」
『もともと隣国は、周辺国への侵攻を繰り返してきた国家ですので』
「侵略国家ってこと?」
『概ね、その認識で問題ありません』
「なるほど」
スタンリーは遠くへ目を向けた。
「にしても、ここまで押し返されてるのに諦めないんだな」
『グランダ皇国は比較的豊かな国ですからね』
「そうなんだ」
『はい。農業、工業、交易のいずれも盛んです。領土を奪えれば、それだけ得られるものも大きいのでしょう』
「簡単には諦めたくないわけか」
『そうですね』
少し間を置いて、エディが声を上げた。
『あ』
「ん?」
『傍受――』
「今、傍受って言った?」
『……無線が入りました』
「言い直したな」
『敵機がこちらへ向かっているようです』
「またか」
その直後、スタンリーの端末にも通信が入った。
「……こっちにも来た」
『正式な方ですね』
「お前のは正式じゃないのかよ!」
『作戦室へ向かわれますか?』
「そうする」
『はい』
*
作戦室には、すでに数人の士官が集まっていた。
スタンリーが入ると、エリアス中佐が前方の表示を指した。
「来たか」
「はい」
「今回も敵機が小隊単位でこちらへ向かっている」
「前と同じくらいですか?」
「規模だけ見ればな。ただ、動きが妙だ」
エリアスが表示を拡大すると、シェパード大尉が画面へ目を向けた。
「進路ですか?」
「ああ。前回までと比べて不自然だ。何を確かめに来ているのか、まだ見えん」
「何か狙っているんでしょうか?」
「その可能性はある。今回は、いつも以上に警戒して当たれ」
エリアスはシェパードへ向き直った。
「シェパード大尉。小隊を率いて迎撃に出てくれ」
「了解」
「敵の目的が見えんうちは、深追いするなよ」
「分かりました」
シェパードが頷く。その横で、スタンリーは表示された敵の進路をじっと見ていた。
『どうしますか?』
耳元でエディが尋ねた。
「……今回も出る」
『承知しました』
「ただ、前と同じじゃないなら、少し様子を見た方が良さそうだな」
『私もそう思います』
「珍しく意見が合ったな」
『およよ』
「そこでそれ使うな」
スタンリーは顔を上げ、エリアスへ声をかけた。
「俺も同行します。まずは敵の動きを見てから、どう動くか決めます」
「分かった。何か分かったら、こちらにも知らせてくれ」
「はい」
もう一度画面の進路を確かめてから、スタンリーは格納庫へ向かった。
*
しばらくして、シェパード隊と《誉》は基地を発進した。
敵部隊と接触すると、前回と同じように射撃と短い加速を繰り返し、互いに距離を取りながら牽制を始めた。
「……なんだ?」
シェパードは敵の動きに眉をひそめた。
『どうしましたか?』
「妙だな。本当に、いつもの小競り合い以下だ」
『前に出てきませんね』
「ああ」
こちらが押せば下がり、距離を詰めようとしても、すぐに引く。それでいて、戦闘を切り上げる様子もなかった。
「何がしたいんだ?」
*
スタンリーは戦場から少し離れた位置で、敵の動きを見ていた。
『スタンリー。敵部隊の後方に、一機確認しました』
「どこだ?」
画面に新たな反応が示された。表示を拡大すると、戦闘に加わらず、一機だけ離れた場所に留まっている。
「……本当だ。何してるんだ、あれ」
『おそらく、《誉》の動きを確認するためでしょう』
「俺を?」
『正確には《誉》を』
「分かってるよ」
スタンリーは、その機体と前方の敵部隊の位置を見比べた。
「よく見つけたな」
『私は優秀ですので』
「自分で言うんだな」
『事実です』
「……その後方の機体、こっちには気づいてる?」
『今のところ、こちらを捕捉した様子はありません』
「まだ見つかってないってことか」
『《誉》はステルス性にも優れていますので』
「そういえば、その辺あんまり試してなかったな」
『条件が良ければ、敵側の観測機器には安定して捕捉されません』
「見えない?」
『そこまでではありません』
「じゃあ、どう見える?」
『今のように出力を抑え、地形や戦場の反応に紛れていれば、映ったり消えたりする程度でしょう』
「かなり嫌だな」
『ありがとうございます』
「褒めてない」
正面では、シェパード隊と敵部隊が牽制を続けている。その後方に留まる一機は、こちらを探しているのかもしれない。
「……エディ。戦場を大きく迂回して、敵の後ろに出られるか?」
『可能です』
「見つからずに?」
『可能性は高いです』
「なら、確認してみるか」
『敵後方への侵入を?』
「ああ。うまく回り込めて、タイミングも合えば、その一機を狙う」
『承知しました』
「まずシェパード大尉に伝える」
スタンリーは通信を開いた。
「シェパード大尉」
『なんだ?』
「少し試したいことがあります。これから戦場を大きく迂回して、敵部隊の後方へ出られるか確認します」
『後方へ?』
「はい。エディが、戦闘に加わっていない敵機を一機見つけました。位置を送ります」
『……こいつか』
スタンリーは後方に留まる敵機を見た。
「うまく裏へ回り込めたら、可能ならその一機を狙います」
『分かった』
「ただ、撃破した後に敵部隊がどう動くかは分かりません。前回みたいに混乱するかもしれませんし、こちらへ向かってくるかもしれません」
『まあ、おそらく退くだろうがな』
「俺もそう思います」
『だが、決めつけずに警戒しておく』
「お願いします。こちらに合わせて、無理に誘導しなくて大丈夫です」
『分かった。そっちも無理するなよ』
「無理そうなら帰ります」
『……そういうところは迷わないんだな』
「死にたくないので」
『正しい』
「では、行きます」
『了解』
通信を切り、スタンリーは操縦桿を握り直した。
「エディ。迂回開始」
『承知しました』
敵部隊との距離を取り、その外側を大きく回り込んでいく。
*
シェパード隊と敵部隊が牽制を続ける中、《誉》はその外側を音もなく進んでいた。
「どうだ?」
『敵機に、こちらへ気づいた様子はありません』
「本当に見つからないもんだな……」
スタンリーは敵の反応を確かめながら、少し感心した。
「これ、敵にいたら相当嫌じゃないか?」
『でしょうね』
「さらっと言うな」
『事実ですので』
さらに迂回を続け、先ほど確認した一機の背後へ回り込む。
『到達しました』
「……本当に出られたな。向こうは?」
『まだこちらを捕捉した様子はありません』
敵機は戦場へ向いたまま、こちらに背中を晒していた。
『ここからでしたら狙えます』
スタンリーは敵機と、その周囲の地形を見比べた。
「エディ。もしやばくなっても、《誉》なら逃げられるな?」
『現状では、その可能性は高いです』
「理由は?」
『相手は一機で、ほかの敵機とも距離があります。こちらが囲まれる可能性も低いため、仮に攻撃に失敗しても、退避できると判断します』
「なるほど。それなら、やってみるか」
スタンリーは操縦桿を握り直した。
『承知しました』
「今の動き、ちゃんとデータは取れてるんだよな?」
『もちろんです』
「博士は?」
『喜んでいます』
「だろうな」
『ただ、博士とルディさん、どちらも若干複雑そうな表情をしています』
「……なんでだ?」
『さあ』
「お前でも分からないのか」
『推測はできますが』
「まあいい。今はこっちだ」
スタンリーは敵機へ視線を戻した。
「狙うぞ」
『承知しました』
《誉》が静かにランスを構えた。
*
スタンリーは敵機の背中へ狙いを定めた。
「行くぞ」
『承知しました』
《誉》が一気に加速する。黒い機体は噴射音もなく距離を詰め、敵機が振り向き始めた時には、すでに間合いへ入っていた。
「もらった!」
ランスを突き出すと、鈍い衝撃が伝わった。穂先が敵機の背部へ深く突き刺さる。
「パージ!」
『完了』
「離脱!」
スタンリーは即座に入力を切り替えた。《誉》が敵機から離れ、その直後、背後で爆発が起きる。
『敵機、撃破を確認』
「よし」
*
『後方機、撃破された!』
『なんだ!? どこから来た!?』
一機が後方へ向き直り、銃口を爆煙へ向けた。
『黒い機体だ! 前回のやつだ!』
『どこにいる!?』
『もう離れてる!』
その機体が追おうとしたところへ、正面から砲弾が飛んできた。足元で土煙が上がり、慌てて横へ避ける。
『正面を空けるな!』
『後方にも敵がいます!』
『分かっている!』
後ろを向いた機体と、正面への射撃を続ける機体との間が開いていく。側方へ動いた一機が味方の射線を横切り、援護射撃も途切れた。
『右へ寄るな! 撃てない!』
『じゃあ、どこへ行けっていうんだ!』
『隊長、後ろを塞がれてるんじゃ――』
『敵は一機か!?』
『分かりません! 反応が消えています!』
正面のシェパード隊からも、敵の乱れは見えていた。
「敵が崩れた!」
『追いますか!?』
「いや、無理に追うな!」
『了解!』
「陣形を維持。周囲の警戒を続けろ!」
敵小隊は正面への射撃を散発的に続けながら、後退を始めた。後方を警戒する機体が先に動き、残りも間隔を揃えられないまま続いていく。
*
「……あ」
『はい?』
スタンリーは、敵小隊の移動方向と《誉》の位置を見比べた。
「これ、敵が退避するとき、こっちに来るな」
『そうですね』
「……お前、最初から分かってた?」
『お考えになると思いました』
「わざとか」
『何のことでしょうか?』
「絶対わざとだろ」
『結果として、良い退避訓練にもなりますね』
「後付けだろ、それ」
敵小隊との距離が縮まり始めていた。スタンリーは敵の進路から視線を外し、周囲の空間を確かめる。
「まあいい。このまま高速機動で撤退する」
『承知しました』
「囲まれる前に抜けるぞ」
『退避経路を表示します』
「頼む」
『三、二、一』
合図に合わせて《誉》を急上昇させる。続けて横へ切り返し、さらに斜め後方へ。身体にかかる力の向きが次々と変わり、敵小隊の進路が眼下へ遠ざかった。
「おおっ!」
『敵機、追従できていません』
「そりゃそうだろ!」
そのまま加速を続けると、敵影は急速に小さくなっていった。
「よし」
『退避成功です』
スタンリーは息を吐き、出力を落とした。
「攻撃して、逃げる。正面から殴り合わなくていいんだな」
『はい』
「追ってきても、こっちに逃げる余地があれば振り切れる」
『今回の状況では、その通りです』
「……これ、結構使えるな」
スタンリーが少し笑うと、エディも応じた。
『私もそう思います』




