第18話 参考映像
基地へ向かうシェパード隊の少し後方を、《誉》がついていく。
正面を向いたまま横へ滑り、少し傾いたかと思えば、その姿勢のまま斜め上へ移動する。機体の向きと進行方向が、まるで一致していない。
『いやー……見てても何が起こったのか、いまいち分からんな』
通信越しに、シェパードの声が聞こえた。
「俺も最初はそうでしたよ」
『あれだけ動いて、よく平気だな』
「慣れました」
『慣れるもんなのか、それ』
「たぶん」
スタンリーは前を行く通常機へ目を向けた。脚で地面を蹴り、時折スラスターを短く噴かして進んでいる。それに比べれば、《誉》の飛び方はやはり妙だった。
『しかし、今こうして見てると、空を自由に飛べるのは気持ちよさそうだな』
「ああ。それは気持ちいいですよ」
『だろうな』
「シェパード大尉も飛べますよ。おそらく」
『……俺も?』
「飛ぶだけであれば」
『本当か?』
「たぶん」
『さっきから、たぶん多くないか?』
「俺も詳しいところまでは知らないんですよ」
『おい』
その時、機内でエディが告げた。
『映像データを送信しました』
「ん? 何を?」
『参考資料です』
「参考資料?」
ほどなくして、シェパードからの通信が途切れた。
「どうしましたか?」
『いや……』
少し間があった。
『や、やめておこう』
「何をですか?」
『飛ぶの』
「なんでですか?」
『何か分からんが、参考映像のようなものが届いた』
「参考映像?」
『途中から盛大にモザイクがかかってるんだが』
「……」
『しかも、その直前まで物凄い勢いで機体が動いてる』
スタンリーは外部通信の音声を切った。
「エディ?」
『はい』
「何を送った?」
『私は何も知りません』
「さっき送信したって言っただろ」
『通信経路上の偶発的な現象かもしれません』
「そんなわけあるか」
『世の中には不思議なこともあります』
「お前が言うな」
『……スタンリー』
シェパードの低い声が聞こえ、スタンリーは外部通信へ応じた。
「はい」
『やっぱり俺は今の機体でいい』
「そうですか」
『ああ』
「残念ですね」
『全然残念そうに聞こえんぞ』
そんな会話をしているうちに、基地の輪郭が見えてきた。《誉》は小隊に合わせて速度を落とし、静かに高度を下げていった。
*
研究所では、受信した戦闘ログが次々と画面に表示されていた。マーチン博士はそれを眺め、満足そうに腕を組んだ。
「ふむ! 戦闘も問題なくこなせそうじゃな!」
「少なくとも、今回の交戦を見る限りでは」
ルディが答えた。
「機体、操縦者ともに致命的な問題は確認されていません。ただし、一度の実戦だけで結論を出すのは早計です」
「分かっておるわ!」
「本当ですか?」
「当然じゃ!」
博士は画面へ身を乗り出した。
「高速機動時の生体反応、兵装使用時の姿勢変化、離脱時の負荷……まだまだ足りん!」
「そうですね。スタンリーには、今後もデータ収集に励んでもらいましょう」
「うむ!」
ルディは画面を切り替え、ふと手を止めた。
「ところで」
「なんじゃ?」
「エディが勝手に過去の試験映像を軍人へ送信しています」
「ほう」
「止めなくていいのですか?」
「モザイクは?」
「かかっています」
「ならよかろう」
「よくありません」
*
同じ頃、敵部隊も帰投の途上にあった。損傷した機体を庇いながら、戦場から距離を取っていく。
『……なあ。さっきの、あれは何だったんだ?』
『分からん』
『俺、見てたぞ』
『何をだ?』
『四号機だ』
一瞬、通信が静かになった。
『黒いのが急に取りついたと思ったら、そのまま飛び去った』
『俺も見た。そのあと、四号機が爆発した』
『何をされた?』
『分からん。少なくとも、砲撃には見えなかった』
『じゃあ何だ』
『だから分からんって』
苛立った声が返った。
『あれ、皇国の新型兵器か?』
『たぶんな』
『あんな機体、今まで見たことないぞ』
『俺もだ。脚もなかった』
『見間違いじゃないのか?』
『いや、なかった』
『じゃあ、どうやって飛んでる?』
『知るかよ』
再び沈黙が落ちたところへ、隊長の声が割って入った。
『とにかく、今は帰還する。あれについては、見たことをそのまま報告しろ』
『推測は?』
『見たことと混ぜるな』
『でも、新型なら――』
『だから報告するんだ』
『……了解』
『四号機の撃破状況もだ』
『分かりました』
部隊は帰投を続けた。黒い機体が近づき、離れた直後に四号機が爆発した。確かに見たはずの光景を、操縦士たちは何度も思い返していた。




