第二十話 おどるおばけ
翌朝。
まだ外は薄暗かった。
障子の向こうから、柔らかな朝の光が少しずつ部屋へ差し込んでくる。
駿は目を覚ますと、大きく伸びをした。
昨日の疲れはまだ少し残っている。
それでも、不思議と体は軽かった。
「ふぁぁ……。」
隣を見ると、健二はもう起きていた。
布団の上に座ったまま、ぼんやり窓の外を見ている。
「早いな。」
「……。」
「どうした?」
健二は振り向くと、少し困ったような顔で笑った。
「変な夢見た。」
「夢?」
「うん。」
「怖いやつ?」
「いや……。」
健二は首をかしげる。
「怖くはなかった。」
「じゃあどんな夢?」
健二は腕を組んだ。
「説明しづらい。」
「昨日さ。」
「夜中に目が覚めたんだよ。」
「風がうるさかったから?」
「たぶん。」
「月明かりだけで部屋が少し明るかったんだ。」
「それで?」
「なんか……。」
健二は笑いそうになる。
「駿の布団のほうから、小さい声が聞こえた。」
「は?」
「なんて言ってるか分かんない。」
「でも、楽しそうなんだ。」
「子どもが遊んでるみたいな。」
駿は黙って聞いていた。
「気になって見たらさ。」
「……いたんだよ。」
「何が?」
「白いの。」
「白い?」
「うん。」
健二は両手で大きさを表した。
「これくらい。」
十センチほど。
「小人?」
「いや。」
「いきもの?」
「きのこ?」
駿は思わず首をかしげる。
「きのこ、白いきのこ!」
「なんだそれ。」
二人とも吹き出した。
「でもさ。」
健二は笑いながら続ける。
「その白いきのこみたいなのが十匹くらいいて。」
「駿の布団の周りをぐるぐる回って踊ってるんだ。」
「踊る?」
「うん。」
「こんな感じ。」
健二は布団の上で肩を揺らしてみせる。
「ぷるぷるぷる……って。」
「なんだよ、それ。」
「分かんないんだよ。」
二人は笑いが止まらない。
「怖くなかったのか?」
「全然。」
「むしろ……。」
健二は少し考える。
「腹減った。」
「は?」
「見てたら、きのこの味噌汁飲みたくなった。」
「なんでだよ!」
駿は腹を抱えて笑った。
「普通逃げるだろ。」
「いや。」
「なんか美味そうだったんだ。」
「食うな!」
部屋に笑い声が響く。
「夢だろ?」
「たぶん。」
「でも妙にリアルなんだ。」
健二は窓の外を見る。
「月明かりとか。」
「風の音とか。」
「全部覚えてる。」
「夢って場所は違わない?」
「そうかな。」
その時だった。
朝食を知らせる声が一階から聞こえてきた。
「ご飯できましたよー。」
「ほら。」
「本当にきのこ汁かも。」
「あるわけない。」
二人は笑いながら階段を下りた。
朝食は焼き魚。
味噌汁。
卵。
納豆。
そして。
「あ。」
健二が箸を止める。
味噌汁の中には、たっぷりのしめじが入っていた。
駿は健二を見る。
健二は駿を見る。
一秒。
二秒。
そして。
「出た。」
二人は同時に吹き出した。
「夢のやつ!」
「だから腹減ったのか!」
笑いが止まらない。
女将が不思議そうな顔をする。
「どうしました?」
「い、いえ。」
「何でもありません。」
二人は必死に笑いをこらえた。
宿を出る準備をしながらも、健二はまだ笑っていた。
「たぶん一生忘れない。」
「白いしめじ。」
「俺も。」
「夢なのに。」
駿は荷物を持ち上げる。
ふと昨夜の布団を見る。
もちろん何もいない。
畳の上には朝日が差し込んでいるだけだった。
宿をあとにする。
湖から吹く風は昨日より穏やかだった。
白い軽自動車へ乗り込む。
エンジンをかける。
「今日はいよいよ。」
「本州最北端。」
「大間崎。」
健二がアクセルを踏む。
湖畔の道を車はゆっくり走り始めた。
その頃。
二人が泊まっていた部屋では。
朝日が差し込む畳の上を、小さな白い綿毛がひとつだけ――
ふわり、と舞い上がった。
答えを知る者は、誰もいない。




