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第7章 現世 無色 戻り方の地図

クリスマス・イヴ

病院ロビー


「怪我から復帰した時――

あなたは

真の二刀龍になります」


退院手続きを終えた

ヴィオの足が止まる


ヴィオは

ゆっくり振り返った


チャプレンは

すでに

こちらを見ていた


天空病院のチャプレン

神楽一花かぐらいちか(23)


穏やかな顔


だが

その目だけが

静かに揺れていた


「本日は

祈りだけを捧げて

失礼します」


静かな声だった


押しつけない


けれど

その言葉だけが

胸へ残る


一礼して

去っていく


……ドクン


拍がズレる


ヴィオは

しばらく動けなかった


✦ ✦ ✦


数日後

球団施設のリハビリ室


機械音

呼吸音

時計の秒針


時間だけが

削れていく


ヴィオは

黙々と身体を動かしていた


汗が

ポタ……と床へ落ちる


右腕はまだ重い


だが

止めない


そこで


ガチャ……


扉が開いた


空気が変わる


重い足音


ヴィオは

振り返る


レオン・ゴールド監督(40)


無駄のない視線


その目だけで

場の温度が下がる


レオンは

まっすぐヴィオを見る


窓の向こうでは

雪が降っていた


「来季――育成契約」


一拍


「支配下は外す」


静かな声だった


だが

逃げ場がない


リハビリ室の空気が

止まる


普通なら

心が折れる言葉


ドラフト一位

二刀流

スター候補


その全部を

一度外される言葉だった


ヴィオの視線が

わずかに落ちる


白い床


汗が

ポタ……と落ちた


一軍の歓声

満員のドーム


歓声の中で振ったバット

マウンドの景色


全部が

遠くなる


右腕が

ズキ……と疼く


――終わるのか


その言葉だけが

一瞬

喉の奥を掠めた


だが


ヴィオは

ゆっくり息を吸う


右腕を見た


ズキ……

鈍い痛み


だが

まだ終われない


レオンが続ける


「壊れた奴は戻らない」


「お前はどうする」


静寂


ヴィオは

まっすぐ前を見る


「……マウンドも

打席も


まだ譲る気はありません」


短い返事


だが

逃げていない


レオンの目が

わずかに細まる


「……ならば」


一拍


「――這い上がってこい」


その言葉だけを残して

監督は去っていった


扉が閉じる


静寂


ヴィオは

右腕へ触れる


――ドクン


胸の奥が鳴る


育成


終わりじゃない


戻るための

スタートラインだ


✦ ✦ ✦


大晦日の昼

天空病院の礼拝堂


昨夜届いた

一花からの連絡


<明日の昼に来てください>


それだけで

胸がざわついた


そのざわめきが

消えないまま


茉莉奈は

ここに立っている


扉へ手をかける


きい……


小さく鳴る


中は静かだった


冷えている


祭壇の前に

一花が立っていた


穏やかな顔


だが

目だけが静かだった


「来てくれて

ありがとうございます

茉莉奈さん」


声は

柔らかい


けれど

奥が深い


「……何かありましたか」


茉莉奈は

胸元の蒼石を握る


温度が上がる


背筋は冷たい


なのに

そこだけ熱い


「……あなたに

ひとつだけ聞きます」


一花の声は

変わらない


波立たない


「彼のそばにいる時

あなたは

何を感じていますか」


茉莉奈の

呼吸が止まる


胸の奥が

ざわつく


わかっている


答えは

もうある


言葉にした瞬間

何かが変わる


蒼石が

トク……と脈を打つ


「……安心します」


小さな声


だが

それだけじゃない


一花は

急かさない


ただ

待っている


茉莉奈の

呼吸が浅くなる


背筋は

冷たい


なのに

胸の奥だけが

熱い


それでも

目を閉じない


「……違います」


言葉が出た


「安心するのに……

苦しいんです……」


「見ていると

離れたくなくなるんです」


一拍


「……なのに」


「……少し怖いです」


静かに落ちる


理由はわからない


「でも」


指先に力が入る


蒼石が

熱を帯びる


その熱が

自分の鼓動と重なる


顔を上げる


逃げない


「……それでも

目を逸らしたくない」


ひと呼吸


「ずっと……

一緒にいたい……」


沈黙


礼拝堂の空気だけが

揺れずに残る


一花は

ただ

見つめている


「……それが

あなたの魂です」


茉莉奈の手が

蒼石を強く握る


一花は

少しだけ目を伏せた


普段なら

何も言わない


祈りは

答えを与えるものではない


だが――


沈黙だけでは

届かない夜もある


一拍


「魂は

消えません」


一拍


「巡るだけです」


礼拝堂の空気が

静かに沈む


「形を変え

……名を変え

……時を越えて」


茉莉奈の

呼吸が止まる


一花は

ゆっくりと言葉を続けた


「また

重なります」


胸元の蒼石が

トク……と鳴った


「あなたが感じている

その痛みも

懐かしさも

恐れも」


「……まだ

残っています」


茉莉奈の瞳が

揺れる


(……魂が……)


一花は

優しく告げる


導くのではなく

迎えるみたいに


「だから

迷ってもいい」


「怖くてもいい」


「でも……

彼のそばで

心がほどけるなら」


静かな間


「それは

――もう」


一拍


「戻る場所を

知っているということです」


(……私は)


怖い


わからない


でも


答えはもう

自分の中にある


喉の奥が

きゅ……と締まる


ゆっくりと息を吸う


「……そばにいます」


その言葉は

願いじゃない


決定だった


胸の奥が

静かに定まる


一花は

わずかに頷く


その瞬間


一花の瞳が

ほんの一瞬だけ

光を失った気がした


茉莉奈は

気づかない


だが


燭台の火だけが

わずかに揺れた


――チリ


茉莉奈の胸元で

蒼石が

ほんの一瞬だけ脈打った


✦ ✦ ✦


礼拝堂を出たあとも

茉莉奈の胸の奥には

さっきの言葉が残っていた


〈そばにいます〉


その言葉が

胸の奥へ

静かに沈んでいく


蒼石が

トク……と脈を打った


だが

嫌ではなかった


まだ

名前はない


だが

進む方向だけは

もう見えている


✦ ✦ ✦


同じ頃


ヴィオは

リハビリ室の窓際に立っていた


夜の札幌


光の粒が

ガラス越しに滲む


右腕は重い


思うように

力も入らない


握った感覚すら

遠い


マウンドまでの距離が

果てしなく思えた


それでも


終わった感覚だけは

なかった


レオンの言葉が残る


〈壊れた奴は戻らない〉


――ドクン


胸の奥が鳴る


悔しい


それでいい


折れていない証拠だ


ヴィオは

ゆっくり拳を握る


まだ届く


まだ終われない


右腕の奥で

チリ……と何かが応えた


冬の風が

窓を揺らす


ヴィオは

静かに目を閉じる


〈復帰――二刀流〉


右腕の奥で

熱が

わずかに灯る


痛みは消えない


それでいい


失ったものじゃない


取り戻すものだ


まだ

終わらない


戻る


あの日の場所へ

もう一度


――ドクン


胸の奥で

黄金が

静かに脈打った

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