第5章 現世 黄金と翠 目覚めの交差
「ヴィヴィ……!!
マリア……!!
ジンッッッ!!」
救急車のサイレンが
夜の空気を切り裂いた
天空病院の救急入口へ
車体が滑り込む
ストレッチャーが
白い廊下へ押し込まれた
翔が
叫びながら運ばれてくる
「押さえて!」
「鎮痛剤 すぐ!」
白衣の腕が重なる
ギ……ッ
ストレッチャーの柵が
軋む
それでも
叫びは止まらない
「ヴィヴィ……!!
お前を守るって決めたんだよ!!」
息が詰まる
「俺は……
盾なんだ……!!」
その声は
ただのうわ言じゃなかった
廊下の角で
ヴィオは足を止めた
(……またこの名前)
知らないはずなのに
胸の奥が
先に反応する
ドクンッ……
息が
浅くなる
(またか……?)
(何なんだよ……これ)
胸の奥で
黄金が
チリ……と疼く
理屈は追いつかない
だが
違和感だけが
爪痕みたいに残る
ピシィ……
空気が
一瞬だけ
薄く鳴った
翔の瞳が
虚空を掴む
何かを見ている
ここにはない
どこかを
次の瞬間
スゥ……
全身から
力が抜けた
薬が回る
呼吸が
一定になる
眠りに落ちた顔は
不自然なほど静かだった
怒りも
恐怖も
痛みも
全部
引いている
だが
その胸の奥で
何かだけが
まだ
ドク……ン……
脈を打っていた
✦ ✦ ✦
一週間後
翔の退院日
検査結果は
異常なし
脳も
神経も
身体も問題ない
医師は
カルテを見ながら言った
「……現時点では
明確な異常は見られません」
「事故のショックで
記憶が混線することは
あります」
その声は
事務的だった
だが
わずかに止まる
「……ただ」
視線が
ほんの一瞬だけ止まる
「夢として処理するには
少し……」
言いかけて
止めた
カルテへ
視線が落ちる
「……いえ
経過観察で問題ないでしょう」
翔は
ポリ……と頭をかく
「まあ
そう言われると
そうなんだが」
納得したふりをしながら
視線は
フワ……と宙を彷徨う
口では流している
だが
流しきれていないのが
見てわかった
ぽつりと
続ける
「だが
本気で生々しかった」
視線が
少し落ちる
「シャレにならないくらい
リアルだった」
「目覚めても
まだ頭から離れない」
さらに
「一瞬だけ
現実の方がズレていると
錯覚する時がある」
ヴィオは
黙って聞いていた
翔は
笑うように息を吐く
「しかも
俺が竜だったらしい」
「……は?」
肩をすくめる
「守るのが
役目だった」
言葉を探すように
右手が開いて
閉じる
指先に
まだギュ……と
力が残っている
「空を飛んで
知らない戦場を
見下ろしていた」
「笑えるだろ?」
フッ……と笑う
だが
目だけは笑っていない
「そこに
金色の背中と
銀の気配があった」
少しだけ
遠くを見る
「なんつーか……」
「……二人の背中が
妙に大きく見えた」
ヴィオの視線が
ユラ……と揺れた
喉が締まる
胸の奥の黄金が
小さく鳴る
ドクン……
翔は
さらに続ける
「蒼い子もいた……」
「竜の俺に
優しく話しかけてくれてた」
ヴィオの呼吸が
わずかに乱れる
脳裏に
茉莉奈がよぎる
翔は
誤魔化すように笑った
「なんなんだろうなぁ……」
「ガキの頃でも
見たことない夢だった」
ヴィオは
黙ったまま
視線を落とした
胸の奥で
黄金が
鈍く脈を打つ
ドクン……
それから
静かに口を開いた
「……あの日の俺の態度
悪かった……」
一拍
「……翔が正しかった」
翔は
目を瞬かせる
次いで
肩をすくめた
「……でも」
「そんな顔はするな」
「俺だって
訳がわかっていないんだ」
少しだけ
沈黙が落ちる
「……でもよ」
視線が
まっすぐになる
「身体が先に動いて」
「――守るのが
当たり前みたいに」
沈黙が落ちる
だが
それは気まずさじゃない
張りつめていた糸が
キィ……と
緩む音だった
何かが
一段
ほどける
✦ ✦ ✦
数日後
ヴィオは
外出許可をもらった
街に出ると
人の多さに
クラ……と酔う
ブランドショップ
照明が
ギラ……と眩しい
右腕は
まだ万全じゃない
無意識に
庇うように抱えたまま
店内を歩く
ショーケースの中で
金色が
キラ……と光った
ゴールドのブレスレット
怪我から戻るための
願掛けみたいなものだった
復帰した時
この右手に
これをつけていたい
なぜか
そう思った
その瞬間
視界の奥で
ほんの一瞬だけ
位置が
ズレた
ピシィ……
光と音が
噛み合わない
すぐに戻る
だが
その感覚だけが
妙に残る
会計を済ませたあと
隣の棚に
視線が止まった
サファイア――
蒼色のペンダント
深く
静かな色
覗き込むほど
底が見えなくなる
胸の奥が
ミシ……と軋む
(……茉莉奈)
名前を思い出した瞬間
ドクン……
胸の奥が
勝手に答えた
気づけば
手に取っていた
自然に
胸元へ落ちる形
守るように
寄り添う色だった
✦ ✦ ✦
夕方
実習帰りの茉莉奈は
大通り公園を歩いていた
足取りは軽い
だが
意識は
胸の奥にあった
このところ
祈るたびに
ヴィオの顔が浮かぶ
ベンチに
見覚えのある背中があった
「あ……」
小さく息を呑む
「ヴィオさん?」
振り返る
驚き
それから
小さく笑う
「……偶然ですね」
ヴィオも
短く頷いた
風が
木々を揺らす
夕方の公園は
騒がしいのに
どこか静かだった
並んで座る
街の音
風
葉擦れ
沈黙が
妙に心地いい
ヴィオは
小さな箱を取り出した
指先に
ギュ……と力が入る
本当は
もっと別の言葉を
用意していた
礼を言うだけでいい
無事でよかったと
笑えばいい
まだ早い
そう思った
だが
胸の奥の黄金が
それを許さなかった
――顔を上げる
「……これ
受け取ってくれ」
声は低い
だが
誤魔化していない
それでも
視線は逸らさない
喉が鳴る
「気づいたら
あんたを探してた」
「だから……
そばにいてほしい」
ヴィオが
箱を開く
蒼石が
夕光を受けて揺れた
ヴィオは
それをそっと取り出す
迷わない
そのまま
茉莉奈の手に
触れるように渡した
その指先が
一瞬だけ
触れた
風が止まる
音が
一段遠くなる
茉莉奈の呼吸が
細くなる
「え……?」
蒼石が
掌の中で
かすかに光る
その瞬間
茉莉奈の背後に
蒼が重なる
巫女衣
静かな眼差し
世界から
一段浮いているような
澄んだ存在
――スゥ……
空気が澄む
ピシィ……
ほんの一瞬だけ
時間が
ズレた
音が消える
風が遅れる
ヴィオの喉が鳴る
(……今の……)
確かに見えた
幻じゃない
目の錯覚でもない
自分にだけ
起きた干渉
だが
茉莉奈は気づかない
気づかないまま
言葉を失っていた
胸が
強く締まる
(……だめ……)
胸が
苦しい
涙が
止まらない
どうしてなのか
わからない
なのに
心の奥の
知らない場所が
震えていた
涙が滲む
「……嬉しいです」
呼吸を整える
「私のなかでも
ずっと
ヴィオさんが消えなかった」
視線を逸らさない
「そばにいさせてください」
風が
静かに抜ける
茉莉奈は
蒼石を胸元へ抱いた
まるで
最初から
そこにあったみたいに
✦ ✦ ✦
その夜
――ヴィオは
ベッドに仰向けになった
天井が遠い
右腕が重い
――ドクン
鼓動が
少しだけズレる
(……今日……
何度目だ)
目を閉じる
夕方の光景が
戻ってくる
蒼石
光
重なった影
――スゥ……
胸の奥で
黄金が応える
ドクン……
眠りの手前で
何かが
また近づく
✦ ✦ ✦
茉莉奈は
鏡の前に立っていた
胸元に触れる
サファイアの蒼が
まだ温かい
ドクン……
胸の奥で
蒼が
静かに脈を打つ
(……不思議)
息が止まる
だが
すぐに戻る
世界はまだ
何も知らない
けれど
知らないまま
動き出している
✦ ✦ ✦
同じ夜
翔もまた
眠れずにいた
寮の天井を見上げ
目を閉じる
空が見える
風が見える
蒼い巫女
黄金の王子
銀の背中
そして――
空を飛ぶ
自分
ドクン……
胸の奥で
何かが鳴った
理由はわからない
だが
忘れてはいけない気がした
✦ ✦ ✦
離れた場所で
黄金が脈を打つ
蒼が応える
翠が揺れる
まだ
名前も知らないまま
三つの光は
静かに
近づいていた




