第2章 前世 蒼 未来に触れた祈りの夜
ドグォォォ……ッ!!!
車輪が光り
鉄の塊が迫ってくる
その前に立つのは――
自分だった
(……オレ……?)
背丈も
顔立ちも
全然違う
なのに
一目でわかる
あれは
オレだ
鉄の巨体が
突っ込む
右腕に
光が走る
砕け散る未来が
先に見えた
バチィィィン!!
世界が
白く弾ける
その最後に――
紅い風船が
ふわ……
と浮いた
ヴィヴィは飛び起きた
――夢
なのに
ただの夢じゃないと
体が知っている
✦ ✦ ✦
まだ8歳のヴィヴィは
上着も整えないまま
城裏の訓練場へ走った
朝露を含んだ風が
頬を刺す
胸の鼓動だけが
急いでいる
そこには
同い年の幼馴染
銀の戦士
ジンがいた
朝の冷気の中でも
ジンは静かだった
先に気配に気づき
振り向く
「ジン!来い!」
息を切らしながら
ヴィヴィが詰め寄る
ジンの眉が
わずかに動いた
「……何があった」
ヴィヴィは
夢で見たものを
一気に話した
見たことのない道
巨大な鉄の塊
大人の自分
砕ける右腕
そして
紅い風船
言葉にするたび
胸の奥の黄金が
ざわついた
ジンは
遮らない
黙って
最後まで聞いた
その指先が
一瞬だけ止まる
視線が
ヴィヴィの胸元へ落ちる
「……夢じゃない」
ヴィヴィの動きが
ぴたりと止まった
ジンは
静かに視線を落とす
「未来だ」
断定だった
朝の空気が
ひとつ重くなる
「未来に
触れてる……」
ヴィヴィの喉が鳴る
自分の見たものが
現実だと認められた瞬間
怖さが
少しだけ形を持った
「……変えられるのか」
ジンは
すぐには答えなかった
まぶたが
わずかに伏せられる
「……変える」
静かな声
「だけど
何かは失う」
一拍
風だけが通る
それでも
ヴィヴィは笑った
強がりじゃない
腹を決めた時の
笑いだった
「上等だ」
「オレは
まだ終わらない」
ジンは
その顔を見て
小さく息を吐いた
「……わかった」
「ヴィヴィが選ぶなら
僕も行く」
ふたりは
迷いなく
地下の術式室へ向かった
✦ ✦ ✦
地下深く
術式室の中央に
古代の紋章が浮かんでいた
床に描かれた線が
呼吸するみたいに
淡く脈打つ
金と銀の光が
ゆっくり絡み合い
まだ来ていない未来の線を
空間へ引きずり出していく
そこに映るのは
大人のヴィヴィ
轢かれる瞬間
右腕が砕け
命が尽きる未来
像が揺れていた
ヴィヴィの喉が
ひくりと震える
自分の死を
真正面から見るには
8歳はまだ幼い
それでも
目を逸らさなかった
ジンが告げる
「……見すぎないで」
「……でも
離さないで」
銀の指先が
術式を撫でる
「僕が線を組み直す」
「ヴィヴィは
未来を掴んで」
ヴィヴィは
小さな指を
光の流れへ差し込んだ
瞬間
熱が
骨まで走る
――熱い
焼ける
皮膚じゃない
もっと奥
骨と神経を
直接火で炙られるみたいだ
指先が
溶けるように歪む
(……クソ……
熱すぎる……)
顔が歪む
歯を食いしばる
それでも
離さない
視界が
波打つ
呼吸が浅くなる
涙がにじむ
それでも――
(……ここで掴めば)
(オレは……
死なない)
黄金が
銀と絡む
未来線が
ミシ……
と軋んだ
運命が
抵抗している
それでも
ジンの銀が
静かに線を捻じ曲げる
ヴィヴィの黄金が
未来へ食い込んだ
その時だった
「きゃあああああッ!!」
城の上層から
蒼い悲鳴が
落ちてきた
ヴィヴィの胸で
黄金が
跳ねた
――放っておけば
死ぬ
ジンの声が
鋭く走る
「ヴィヴィ
離れれば
線が崩壊する」
ピチ……
一瞬
未来と現在が
ぶつかった
金と銀の流れが
細く軋む
だが
ヴィヴィは
駆け出していた
「知るか!」
「見捨てられるかよ!!」
指を引き抜く
未完成の術式が
逆流する
金と銀の光が
一瞬だけ
反転した
パキ……ッ
息が止まるような音
未来線の端が
右腕の位置で
折れた
運命の流れが
わずかに逸れる
死は
薄くなる
だが
完全には
消えない
細い線が
歪んだまま残った
ジンは
消えかけた紋章を見つめた
細い線がひとつ
どこかへ
繋がっている
(……死は消えた)
(だけど
右腕は――)
喉が
小さく動く
だが
何も言わなかった
✦ ✦ ✦
回廊へ飛び込んだ瞬間――
空気が
ビリビリと裂けたッ!!
床に広がる影が
ドロ……
ドロロ……ッ
と
蠢いている
黒い粘影の魔性
壁の燭台の光を
吸い込むみたいに
輪郭が揺れていた
その前に
見知らぬ少女がいる
まだ幼い
細い肩が震えている
胸元の蒼石だけが
チリ……
チリチリ……
と
祈るように光っていた
ヴィヴィの胸の黄金が
ざわりと揺れる
チリ……
胸元の蒼石が
ヴィヴィへ向けて
小さく光った
(……蒼の巫女……!?)
言葉にする前に
体が察した
その子は
ただの子どもじゃない
影が
怨嗟みたいに震える
グジュゥゥゥ……ッ!!
触手が
槍のように変形する
一直線に
少女へ突き出される――ッ!
ヴィヴィは跳んだ
「させるかッ!!」
黄金の拳が唸る
バギィィィィン!!
触手を砕く
黒い飛沫が散る
だが
終わらない
砕けた粘影の中から
新しい刃が生まれる
ズバシュゥゥ……ッ!!
反撃
刃が
右腕をかすめた
激痛
視界が
白く跳ねる
右腕の奥が
ギシ……
と軋んだ
ヴィヴィは
それを感じた
さっき
術式室で折れ残った
あの線だ
右腕の中に
何かが残っている
――それでも
止まらない
(……痛い……)
怖い
足が
止まりそうになる
右腕の奥が
悲鳴を上げている
でも
少女の震える背中が
見えた
小さな肩が
ひとりで
恐怖に耐えていた
胸の奥が
ぎゅっと痛む
それでも
(……助けなきゃ)
それだけだった
ヴィヴィは
少女を庇うように
前へ立つ
「平気だ!」
「オレがいる!」
蒼い瞳が揺れた
怯えの中に
かすかな安心が混ざる
そこへ
ジンが駆け込んだ
銀刃が閃く
ズバァァァァン!!
魔性を裂いた
ヒュゥゥ……ン……
黒が
霧のように薄れ
消滅した
✦ ✦ ✦
脅威が消えたあと
回廊に
焼けた匂いだけが残る
ジンが
静かに口を開いた
「……途中で切れた」
ヴィヴィが振り向く
ジンは
静かに視線を落とす
消えかけた紋章を
思い出すように
細い線が
まだ残っていた
まるで
砕け損ねた未来みたいに
「死は逸れた」
静かな声
「でも――」
一拍
「砕けるはずだった痛みだけが
右腕に残った」
沈黙
ヴィヴィは
自分の右腕を見る
傷は浅い
だが
奥が
ズキ……
と疼いた
未来の欠片が
骨の中へ
埋まったみたいに
消えない違和感が
残っている
少しだけ
眉をひそめる
それから
「大丈夫さ」
ぎゅっと拳を握る
痛みが走る
それでも
緩めない
「この腕くらい」
顔を上げる
視線の先には
助かった少女
「……あいつが助かった」
一拍
「それでいい」
ジンは
何も言えなかった
その答えが
あまりにも
ヴィヴィらしかったから
✦ ✦ ✦
少女は
その場にへたり込み
遅れて
泣き崩れた
張りつめていた恐怖が
一気にほどけたのだと
わかった
ヴィヴィは
しゃがみ込む
そっと手を差し出す
「……大丈夫か?」
少女は
涙で濡れた目を上げた
まだ震えている
「……ありがとう……」
「あなた……だれ……?」
ヴィヴィは
少しだけ戸惑って
それから笑った
「オレはヴィヴィ」
「ただの子どもだ」
一拍
「だからさ……
ヴィヴィでいい」
少女は
涙を拭った
小さく
小さく
微笑む
けれど
まだ
袖を掴む指は震えていた
「わたし……マリア」
その名が
静かに落ちた
マリアは
ヴィヴィの手を見た
黒い飛沫を受けた拳
ぎゅっと握られた
右腕
それでも
差し出された手だけは
あたたかかった
次の言葉は
もっと小さかった
「あなたの光……
あったかい……」
ヴィヴィの呼吸が
止まる
胸の奥で
黄金が
ドクン……
と鳴った
それは
戦いの時の鼓動とは違う
もっと深い
もっと静かな
知らない脈動
マリアの蒼が
揺れている
壊れそうなのに
まっすぐで
澄んでいて
見ているだけで
胸の奥が
ほどけそうになる
マリアの小さな手が
ヴィヴィの袖を掴む
震えながら
それでも
まっすぐに
「ヴィヴィ……
ここにいてもいい……?」
その瞬間
黄金が
ドクン……
もう一度
強く鳴った
答えなんて
考えるより先に
心が掴まれていた
――泣かせたくない




