第23章 現世 七色 銀を呼ぶ夜
クリスマス・イヴ
子猫小路六丁目
雪の残る路地裏で
小さな看板が灯っていた
「居酒屋ロック」
今夜は
貸し切りだった
店の扉を開けた瞬間
暖房の熱と
酒の匂いが流れてくる
――ドン……
低いベース音が
床を小さく震わせた
披露宴のあと
流れ込むように集まった六人
ヴィオは
無意識に中央へ座っていた
その隣へ
茉莉奈が
自然に腰を下ろす
指先は
静かに蒼石へ触れている
翔が椅子を引く
ギ……と鳴った音だけ
妙に重かった
夕羅は
グラスを指先で遊ばせながら
店の空気を観察している
オーガは
まだコートを脱がない
赤の熱だけが
身体の奥で残っていた
そして――
一花だけが
最初から
全員を待っていたみたいに
静かだった
まだ
誰も完全には
座りきれていない
祝いの延長のはずなのに
空気だけが
妙に静かだった
カウンターでは
茉莉奈の親友が
グラスを磨いている
美沙稀(22)
カラン……
氷が鳴る
美沙稀が
小さく笑った
「茉莉奈
来てくれたのね」
視線を流す
「……しかも
知らない人まで増えてるし」
困ったように
肩をすくめた
「今日はちょっと
不思議な夜ね」
その言葉へ
誰もすぐ返さない
笑えば
普通の二次会になるはずだった
なのに――
場の奥で
何かが沈んでいる
夕羅が
グラスを揺らした
氷がまた
小さく鳴る
「普通じゃないことの後に
居酒屋って最高ね」
軽く笑う
けれど
紫の瞳は笑っていない
「ねぇ」
ゆっくり
視線を巡らせる
「あの“向こう側の記録”
みんなはどう感じたの?」
空気が止まる
答えようとして
誰も言葉を選べない
ゴゴゴ……
スクリーンで見た光景が
まだ胸の奥へ残っていた
色が残る
声が離れない
知らないはずの記憶だけが
身体へ沈んでいた
祝宴の続きだったはずの場所が
いつの間にか
確認の場へ変わっていた
✦ ✦ ✦
最初に口を開いたのは
茉莉奈だった
「……私」
蒼の呼吸が落ちる
「前に
一花さんから
少し質問されていたんです」
指先が
胸元の蒼石へ触れる
「ヴィオのことを……」
その瞬間
空気が
少し冷えた
一花は
静かに頷く
「はい」
低い声
やわらかい
けれど
逃げ道は作らない
「今日は
その続きを話します」
翔が
椅子へ深く座り直した
「準備なら
とっくにできてる」
皆を見回す
翠の重さが落ちる
「……いいぜ」
オーガは
何も言わないまま
拳を固く握りしめる
赤はまだ
言葉より先に
熱を抱えていた
夕羅は
頬杖をついたまま
静かに一花を見る
ヴィオだけが
窓の外を見ていた
何を考えているのか
誰にもわからない
だが
不思議と
迷っているようには見えなかった
一花が
ゆっくり指を立てる
「まず
確認させてください」
その声で
場の温度が変わった
「皆さんは
あの映像を見た時」
一花の視線が
ヴィオへ向く
「ただの作り物だと
思えましたか」
ヴィオは
答えなかった
答えないことが
答えだった
茉莉奈の指先が
蒼石へ触れる
翔は
椅子の背を握る
夕羅は
笑っているのに
目だけが動かない
オーガの拳には
力が入っていた
一花は
静かに続ける
「あれは
誰かが作った映像ではありません」
氷が
小さく鳴った
「記録です」
その一言で
店の空気が沈む
「皆さん自身が
かつて生きた場所の」
誰も
すぐには息を吐けなかった
知っている
でも
まだ思い出しきれていない
そんな感覚だけが残る
✦ ✦ ✦
「女神イヴは
世界を守るために
七つの光に願いを託しました」
静かな説明だった
だが
言葉の一つ一つが重い
「黄金」
ヴィオの黄金が
胸奥で脈打つ
「蒼」
茉莉奈の呼吸が
静かに深くなる
「翠」
翔の呼吸が
すっと整う
「紫」
夕羅の瞳が
細く笑った
「赤――」
オーガの胸奥で
熱が揺れる
一花は
そこで視線を伏せた
「……そして
まだ欠けている二色」
夕羅が
氷を回した
カラン……
店の空気が
一段沈む
ピシ……
頭の奥で
知らない声が響く
――スターライト
夕羅が
眉を寄せた
「……スターライト?」
自分でも
なぜ出たのか
わからない
店内が静まる
一花だけが
小さく目を見開いた
「その名を
覚えているのですね」
夕羅の眉が動く
「覚えてる?」
一花は
静かに首を振った
「……思い出しています」
空気が沈む
紫煙が揺れるように
声が踊る
「お人形遊びの台本なんて
最高につまらないわ」
笑う
だが
目だけは鋭い
「私は私の気分でしか
踊らないのよ――」
視線が
真っ直ぐ一花へ向いた
「感情で選ぶのよ」
一拍置く
「物語は
私たちのもの」
その言葉で
空気が
わずかに揺れた
一花の目が
ほんの少しだけ細まる
「……ヴィヴィ」
その名で
ヴィオが顔を上げた
「あの星を離れ
この地球へ至ったのは」
一花は
視線を逸らさない
「あなたの選択です」
ヴィオの眉が寄る
「……選択?」
低い声
黄金の重みがある
「ええ」
一花は
静かに頷いた
「心を学ぶために」
一拍
「女神イヴからの
虹の転生術を
あなた自身が
受け入れた結果です」
ズズ……
胸奥へ
重みが沈む
ヴィオは
窓から空を見た
乾いた風が
脳裏を吹き抜ける
笑うように
息を吐く
(心を学ぶための旅か)
だったら
(この地球で泥をすすって生きてきたのも
――全部上等だ)
呼吸が落ちる
✦ ✦ ✦
店内のツリーが
ゆっくり色を変える
金の灯りが揺れる
蒼が
静かに混じる
白い光だけが
少し遅れて残った
その三色が重なった瞬間――
空気が変わる
ゴゴゴゴ……
店の奥が沈む
息が
少し吸いづらい
美沙稀が
思わず目を見開く
「……なに
これ……」
誰も
答えない
答えられない
一花だけが
静かに言った
「……始まります」
――ピシ
どこかで
何かがほどける音がした
「皆さんの記憶は
これから少しずつ戻ります」
全員の呼吸が止まる
その瞬間
ヴィオの右手が
ズキ……と疼いた
黄金が
骨の奥で脈打つ
茉莉奈の肌を
白い気配が撫でる
薬草の匂いが
喉の奥へ蘇る
翔の身体が
わずかに熱くなる
守るべき仲間の顔が
急にはっきりする
夕羅の唇へ
知らない魔法の言葉が浮かぶ
オーガは
骨の奥で熱が走った
「……全部
思い出すのか?」
一花が頷く
「はい」
少しだけ間を置いて
続ける
「……ただし
例外があります」
夕羅が
すぐ身を乗り出した
「例外?」
紫らしい反応だった
一花は
ゆっくり目を伏せる
「三つの光が世界を渡り」
静かに息を整える
「均衡が崩れた
あの日――」
空気が冷える
「星が滅びた
最後の一日だけは」
低く落とす
「誰の記憶にも残っていません」
……静寂
翔が
わずかに目を見開く
「……一日で
終わったのか」
その瞬間
ヴィオの黄金が
ドクン……と鳴った
一花は
静かに続ける
「話しましょう」
声が深くなる
「“あの一日”を」
店内の空気が
わずかに沈んだ
誰も
瞬きをしない
そして――
光が割れた
煙が満ちる
崩れたのは
地面じゃない
世界の境目だった
祈りも
叫びも
届く前に
何かへ弾かれる
空間は
静かに止まった
語りが終わる
誰も
すぐには動けない
沈黙だけが
店内へ沈んでいく
その時
ヴィオが
ふっと笑った
ごまかしじゃない
納得した者の笑みだった
「……なるほどな」
グラスを持ち上げる
「じゃあ
白の光ってやつは――」
黄金の瞳が細まる
「未来だな――」
「家族ってやつの
顔をしてた」
一瞬
空気が止まる
茉莉奈の顔が赤くなる
「ヴィ……ヴィオ……!」
耳まで赤い
夕羅が
肩を揺らした
「本当に真っ直ぐね」
笑う
「嫌いじゃないわ」
翔の肩が
小さく揺れる
守るべき場所の感覚
オーガの胸にも
赤い熱が灯る
ヴィオは
ゆっくり一花を見る
「……なら聞く」
黄金の圧が落ちる
「最後のピースは
どこにいる?」
一花は
静かに答えた
「銀は
すでに動いています」
その瞬間
空気が
一段深く沈んだ
カラン……
美沙稀の手が
わずかに止まる
ヴィオは立ち上がる
椅子が
わずかに鳴る
全員を見回した
黄金が
自然に中心へ立つ
「なら話は簡単だ」
金の灯りが揺れる
蒼が
その熱を包む
白だけが
静かに残っていた
魂の再集合は
もう止まらない
ヴィオは
テーブルに置かれた
白い羽を見たまま笑う
「待たせすぎたな――」
一拍
「迎えに行く」
誰も否定しなかった
翔が
静かに頷く
夕羅が笑う
オーガの赤も
もう迷っていない
美沙稀だけが
まだ何も知らないまま
場の熱へ呑まれていた
一花は
店の扉へ視線を向ける
(今度こそ――)
小さな祈り
(銀を見失わないでください)
外の雪は
もう止んでいた
欠けた光は
互いを呼び合うように
静かに
動き始めていた




