第22章 前世 白 孤独の終わり
――白の子よ……
どうか生きてくれ
彼女の想いを胸に……
カイザーの声だけが
レイラの歩みを
前へ押し出していた
ラヴィット族の谷を離れて
三日目だった
戦いは終わった
だが――
心の奥では
まだ終わっていない
歩くたび
静かな痛みが揺れる
胸の底で
沈む音がした
ゴ……
ゴゴゴ……
風が草を撫でるたび
あの日の笑い声が
薄く蘇る気がする
足音は
淡く散り
白い耳は
垂れたまま
機関銃が重い
心は
もっと重い
(ほんとに……
私だけになっちゃったんだ……)
薬膳の匂い
子どもの笑い
ラヴィの
少し照れた微笑み
全部が――
戻らない
振り返っても
もう誰もいない
呼んでも
返ってこない
生きているのは
自分だけだと
歩くたびに
思い知らされる
白い耳が
小さく震えた
涙は
もう出ない
泣きすぎた後は
胸だけが
静かに痛い
✦ ✦ ✦
視線を落とした瞬間――
――ズルルッ
森の奥で
黒い膜が裂けた
気配が
ひと筋揺れる
ダーク星の魔物
次元の層を潜り抜け
隙間から滲む闇
影が跳ねる
殺気が
薄い膜みたいに漂っていた
レイラの耳が
ピン……と立つ
(来た――)
肌の下が震えた
怖い
だが――
止まれない
「……来るなら来なよ」
声は掠れている
だが
目は鋭い
ラヴィから受け継いだもの
あの背中の熱
引き金へ添えられた
指の重み
戦う覚悟だけは
身体が覚えていた
「私は止まらない」
喉が震える
「ラヴィが……
みんながくれた命を
ムダにしない」
――ドドッ!!
火線が
闇を裂いた
黒残滓が
霧になって溶ける
二体
三体
孤独な戦いが
細く光る
(よし……
終わった)
そう思った瞬間――
背後
ズズ……ッ
死角から
巨大な影が立ち上がった
爪の軌道だけが
異様に鮮明だった
(……間に合わない!)
足が止まる
疲れか
それとも――
胸の奥のどこかが
もう
ひとりを拒んでいたのか
閉じる目
迫る死を
受け入れかけた
その瞬間
光が割り込んだ
「……この子は
もう十分に耐えました」
蒼の巫女の声が
森の空気を変える
「これ以上は
私が許しません」
蒼い光が
地面から湧き上がった
優しい
だが
逃げ場がない
守るための蒼だった
光は
包み込むように広がる
傷へ触れるみたいに
壊れかけた心へ
布をかけるみたいに
「大丈夫です……」
祈るような声だった
「もう
ひとりではありません……」
その一言だけで
胸の奥の何かが
崩れそうになる
同時に
紫の光が
魔物へ突き刺さる
一撃で
急所だけを穿つ色
魔物は崩れ
黒煙となった
残ったのは
静かな森と
三人の息づかいだけ
レイラは振り返る
蒼の巫女
紫の魔女
荒れた森の中で揺れる
二つの光が
不思議な安らぎを放っていた
(……助かった)
その実感が
身体へ遅れて落ちる
(私……
ひとりじゃない)
張りつめていた糸が
ぷつん……と切れた
膝が落ちる
視界が遠のく
最後に見えたのは
駆け寄る巫女の
蒼光の柔らかな揺れだった
✦ ✦ ✦
目が覚めた――
最初に感じたのは
柔らかな布団の感触
それから――
懐かしい香り
白い天井
石造りの部屋
王城の客間だった
マリアが
椅子へ座り
湯気の立つ椀を
そっと差し出している
「安心しました……」
やわらかい声
張っていたものが
少しだけ緩む
「三日間
眠っていました……」
静かな呼吸
「傷と疲労……
それに
心の疲れね」
レイラは
ゆっくり身体を起こす
まだ重い
けれど
寒くはない
「……助けてくれて
ありがとうございます」
マリアは
静かに首を振った
「お礼はいらないわ」
一拍
「あなたが無事――
それが一番」
微笑みは薄い
だが
真っ直ぐだった
スープを一口飲む
温かさが喉を通り
胸の奥へ染みていく
違う味なのに
胸の奥が
懐かしく熱い
それが
余計にこたえた
堪えていたものが
決壊する
「……私はレイラ」
声が小さく震える
「もう……
ひとりなの」
マリアは
静かに息を整えた
真っ直ぐ
レイラを見る
逃げない目だった
「レイラ――」
蒼の声が落ちる
「聞いてほしいことがあるの」
丁寧に
言葉を置く
祈るみたいに
傷へ触れない距離で
「――私はマリア」
静かな間
「私と王子のヴィヴィは……」
少しだけ呼吸を整える
「来週――結婚します」
「え……!」
驚きで
耳が跳ねた
マリアは続ける
「ヴィヴィは……
王子から王に」
微笑みは静かだった
「……私は
隣へ立ちます」
だが
その目は
肩書きへ酔っていない
「新しい名前になっても」
蒼の声は
どこまでも柔らかい
「私は
変わらない」
静かな居場所が
そこにあった
「そしてこの三日間――」
蒼の視線が
揺れずに届く
「シューから話を聞き
ラヴィット族について調べました」
レイラの呼吸が止まる
「あなたの戦い」
「――あなたの想い」
「――それら全てを知った上で
伝えます」
言葉が
ゆっくり落ちた
「私は――」
マリアの声が
ほんの少しだけ
柔らかくなる
「あなたを
家族として迎えたい」
レイラは
椀を握りしめた
指が熱い
「でも……私……」
涙が滲む
「……何も
お返しできません」
言葉が詰まる
息が続かない
「……私
もうボロボロなのに……
本当に
いいんですか……?」
答えが
怖かった
その瞬間――
扉が開いた
「……来たか
白ウサギ」
黄金の圧が
部屋へ満ちる
――ヴィヴィだった
腕を組み
迷いなく言い切る
「白ウサギが来るまで
――俺は王にならない」
レイラの耳が震える
マリアが
小さく息を呑む
だが
止めない
ヴィヴィは続けた
「王子から王になる儀式だ」
一歩
前へ出る
「守る者がいない王なら
俺はならない――」
その声に
飾りはない
「そんな王に
意味はない」
黄金は揺れない
ただ
前へ立っていた
カイザーの熱とは違う
前へ進ませる熱
立ち止まることを
許さない光
レイラの喉が引きつる
「……反則だよ」
小さく漏れた本音
沈黙
その沈黙の中で
初めて
胸の奥がほどける
だが
まだ怖い
本当にここへ
いていいのか
その迷いが
完全には消えない
耳が
小さく震え続ける
「……家族になりたい……」
やっと出た声だった
その瞬間
黄金の気配が
静かに満ちた
ヴィヴィが
一歩前へ出る
「王になれば
守る者は増える」
一拍
「――最初に守るのは
お前だ」
視線は迷わない
「それだけは決めている」
レイラの耳が
震えたまま持ち上がる
ヴィヴィはさらに言う
「ラヴィット族の
最後の戦士として――」
その言葉が
白へ敬意を置く
「俺と共に
新しい歴史を刻もう」
レイラの耳が
ゆっくり持ち上がった
涙で滲んだ視界の奥で
ようやく
前が見えた
「……はい」
小さな声
だが
確かな決意
白は
もう
ひとりじゃなかった
✦ ✦ ✦
王城の大広間は
金糸の光に包まれていた
任命式と結婚式
二つの祝福が
ひとつの儀式として重なり
音色が流れる
桃色の薄衣が
宙を舞った
祝福の中心へいながら
その存在は
静かに溶けている
リンダの舞は
今夜だけ
いつもより静かだった
ジンが
静かに前へ出る
銀の気配が
広間の温度を変える
「この先
誰かが堕ちるなら」
声は低い
揺れがない
「例え私でも
斬ってください」
空気が張る
「王が堕ちた時は
私が斬ります」
重い
だが
必要な誓いだった
レイラは
ヴィヴィを見た
白い耳が
静かに揺れる
「約束して」
幼くはない
だが
まだ傷は新しい
「誰かが堕ちても
終わりにしないって」
喉が詰まる
それでも
言い切る
「……絶対
連れ戻すって」
ヴィヴィは
静かに頷いた
誰も否定しなかった
否定できる者など
いなかった
翠の戦士――
シューが進み出る
少しだけ肩をすくめる
「もっと胸を張りな」
苦笑みたいな息
「……三人まとめて
俺が支える」
一拍
「これからは――
この俺が
――三人の盾だ」
広間の空気が変わる
守るという言葉が
今度は
誓約になる
続いて
紫の衣
ユジャが微笑んだ
「覚えておきなさい」
紫が
灯りへ滲む
「愛は
魔法よりも強い」
「術式は壊れる」
「理屈は崩れる」
一拍
脳裏に
リンダの横顔が掠めた
ふわ……と
紫煙みたいに声が滑った
「愛は
折れた者を
もう一度立たせる」
その言葉は
祝福であり
同時に
警告でもあった
その瞬間――
ドン……
扉が開く
赤鬼の族長
カイザー
空気が
一段深くなる
「ヴィヴィ」
声は低い
だが
礼を失わない
「最後のラヴィット族を
守ってくれたこと」
一拍
「……鬼族として
礼を言う」
カイザーが
一歩前へ出る
その視線が
レイラへ落ちた
「……レイラのことを頼む」
声が
少しだけ低くなる
「彼女の光を――」
沈んだ熱
失ったものを抱えたままの
赤だった
守れなかった想いを
託すように
「家族として
守ってやってほしい」
その言葉に
レイラの胸が大きく鳴る
(胸が
こんなにうるさいのに)
涙が滲む
(こわくない)
白い耳が
小さく震えた
ヴィヴィは
拳を差し出す
「覚悟はできている」
黄金は揺れない
ただ
前へ立っていた
「レイラを
もうひとりにはしない」
カイザーは
黙ってその拳を見つめた
そして
小さく頷く
託した赤と
受け取った黄金が
静かに交わった
✦ ✦ ✦
この日
女神イヴは
スターライトが
ひとつの場所へ集まったのを
静かに見ていた
白金の瞳は
揺れない
だが――
その視線は
一点から離れなかった
白へ重なる
失われたはずの温度
白金の瞳は
揺れない
だが
その存在だけは
長い観測の果てでも
消えていなかった




