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第14章 前世 紫 境界を越える禁術の夜

「魔法か」


ヴィヴィが

低く呟く


呟きは

コツン……と石壁へ触れ

音もなく消えた


新王子任命式から七日


もし――

紫の魔女がいなかったら


あの戦いは

成立すらしていなかった


拳を握る力

判断の速さ

盾の重み


そのどれもが

決定的に

――足りていなかった


胸の奥で

黄金が

ギ……ッとかすかに軋む


ジンと

シューはいない


任命式の翌日

二人はそれぞれ

修行へ出た


三十日


それを残して


自分だけが

止まっている


その感覚だけは

誤魔化せなかった


足りない道は

ひとつ


ヴィヴィは

マリアへ

置き手紙を残した


言い訳は書かない


止めるなとも書かない


ただ

行く先だけを残した


夜明け前


世界がまだ

眠りきった時間に


ヴィヴィは

城門を抜ける


向かう先は

北の魔法地区


術式と理が

折り重なる

世界の裏側


そして――


あの紫の魔女のいる場所


✦ ✦ ✦


幾何紋の刻まれた石畳が

ス……ッと紫光を滲ませる


巨大な紫の魔法陣


夜の中で

それだけが

冷たく息をしていた


その中央に

ひとりの女性が立っている


艶やかな紫の髪


肩口で揺れる


しなやかな曲線を描く肢体が

夜気の中で

妖艶に浮かぶ


――ユジャ


視線が合った瞬間


場の支配権が

向こうへ移る


「……ずいぶん無鉄砲ね」


声は静かだ


だが

一歩も譲らない


「王子が単身で

ここまで来るなんて」


ヴィヴィは

止まらない


「先日は助かった」


視線を逸らさず言う


「この地の魔法は

あんたのものか」


ユジャは

口元だけで笑った


「正解」


一拍


「それと

踊り子のリンダは妹」


わずかに首を傾ける


ヴィヴィの胸が

ドクン……ッと鳴る


(……視線が鋭い)


(どこまで

見抜かれている)


ユジャの目が

スゥ……と細くなる


品定めではない


もっと深い


どこで折れるかを

測る目だった


ヴィヴィは

視線を据える


「足りない」


「だから

ここに来た」


守るために

必要なものがある


「魔法を教えてくれ」


ユジャは

しばらく黙っていた


やがて

静かに言う


「教えてあげる」


「ただし――」


紫が

足元で揺れる


「壊れる覚悟が

あるなら」


その声音に

脅しはない


事実だけがある


ヴィヴィは顔を上げる


「覚悟はある」


一拍


「遊びで来たんじゃない」


一歩

踏み込む


「止まるつもりはない」


ユジャは

フッ……と肩をすくめた


「言葉だけは一流ね」


だが

その目の色は少しだけ柔らかい


「嫌いじゃないわ」


✦ ✦ ✦


修行は――

最初から

噛み合わなかった


魔力制御

呼吸

術式の拍


どれもが


ギチ……

ギチ……


と歯車を滑らせる


拳なら

身体が答えを出す


剣なら

軌道が教える


だが

魔法だけは違った


力を入れるほど

逃げる


掴もうとするほど

ほどける


紫光は

ピク……

と反応したかと思えば


フワァ……


と霧散する


ユジャが

容赦なく言う


「力任せは

やめなさい」


「力は

ただの暴走よ」


「……くっ」


ヴィヴィの歯が鳴る


ユジャは続ける


「暴れたいのね」


一拍


「だから掴めないのよ」


汗が額を伝う


石畳へ落ちる


ヴィヴィは

何度も試す


何度も失敗する


紫の光は

最後まで

形を持たない


ユジャは

怒らない


慰めもしない


ただ

黙って見ている


それが

かえって重かった


三十日目


紫光は

最後まで応えなかった


ユジャが

断定する


「――今日は終わり」


余地のない声


「才能の壁は

正直に残酷よ」


その言葉は

甘くない


だが

正しい


「それでも続けるなら」


視線が

ヴィヴィの胸の奥へ刺さる


「自分の弱さを

認めなさい」


喉が静かに鳴る


「全部抱え込むのは

王子の美徳じゃない」


ヴィヴィは

少しだけ息を置く


胸の奥で

黄金が静かに鳴った


ドクン……


「……そうだな」


その声は低い


「足りないなら

拾い集めるだけだ」


その言葉が落ちた瞬間


ユジャは

黙った


それから

口元をわずかに上げる


「その顔なら

少しは教える価値があるわ」


軽く肩を竦める


「契約延長ね」


ヴィヴィは

拳を

ギリ……と握る


「もう一つ

頼みがある」


ユジャの眉が

ピクリと動く


「召喚を

教えてくれ」


「却下」


即答だった


ヴィヴィは

引かない


「一度でいい」


一歩

踏み込む


「可能性を見たい」


ユジャの視線は

ヴィヴィではなく


その右手のガントレットへ

一瞬だけ落ちていた


継承された龍神の器


だが

今はまだ未完成


「今のあなたでは

器が足りない」


一拍


「制御も足りない」


さらに

静かに落とす


「世界への礼儀も

足りない」


容赦がない


ヴィヴィは

それでも逸らさない


ユジャは

フン……と鼻で笑った


「一度だけ」


「対価は倍」


ヴィヴィは即答する


「望むところだ」


✦ ✦ ✦


魔法陣の中央


ヴィヴィは

見様見真似の

呪文を刻む


右手のガントレットが


ジュワァ……


と焼けるように

反応する


(……来い)


その祈りとも

命令ともつかない衝動に

術式が応じる


空気が

バチ……!

と弾けた


ピシィ……


世界のどこかで

薄い膜が鳴る


次の瞬間――


夜空が

ズバァァァ……と裂けた


――ズオオオオオ……!!


龍神


確かに

呼んだ


呼んでしまった


だが――


「……くっ」


ヴィヴィの

喉が軋む


重い


デカすぎる


存在が

この場の理に

収まりきっていない


ヴィヴィの器が

その存在を

受け入れきっていない


龍神の輪郭が

歪む


空気が

押し潰される


――ゴゴゴ……


空間そのものが

悲鳴を上げる


「……ッ!!」


一拍


龍神が暴れた


叫びではない


意思でもない


ただ

存在そのものが

溢れた


――ギィィィィッ!!


空間が裂ける


押し広げられる


爪の力が空を

無理やり引き裂いた


傷が残る


閉じない


本来なら

すぐに塞がるはずの境界が


一瞬


耐えきれなかった


ヴィヴィの膝が崩れる


持っていかれる


体力が

魔力が

全部


ガントレットから

逆流する


奪われるのではない


吸われる


龍神が

こちらを見る


器を測る視線


だが――


ヴィヴィの器では

繋ぎ止められない


龍神の輪郭が

崩れ


光が

バラバラにほどける


霧散


消える


その瞬間――


ドクン……


心臓が

遅れる


呼吸が

噛み合わない


ピシィ……


ヴィヴィは

その場へ崩れ落ちた


意識が落ちる直前


見えたのは

閉じきらなかった

空の傷だった


細い


だが

確かに続いている


✦ ✦ ✦


――三日後


気がついたとき


世界は

すでに色を変えていた


紫の天井


薄い薬草の匂い


沈んだ朝の光


「目が覚めましたか」


聞き慣れた声


ジンだった


修行の地へ向かう途上

月の加護で歪みを察知し

立ち寄った剣士


その銀の瞳は

冷徹に揺るがない


ヴィヴィが

ゆっくり顔を向ける


「死にかけていました」


一拍


「無駄死には

秩序に反します」


ヴィヴィは

小さく息を吐く


窓際のユジャが

紫の気配をくゆらせる


何も言わず

ジンを

一瞬だけ見る


剣を軽く掲げると

淡い月光の魔法が

スゥ……と流れた


ヴィヴィの呼吸が

少しだけ整う


「……まだ止まれないな」


ヴィヴィが

乾いた笑みを浮かべる


ジンは

静かに首を振った


「優劣ではない」


ジンの視線が

鋭く射抜く


「進み方が

違うだけです」


それだけだった


「あなたも

立ち止まる男ではないはずだ」


双子の兄――

まだ消えていない


ヴィヴィは

小さく笑った


その笑いには

敗北感より

悔しさが残っている


「なら

俺は置いていかない」


一拍


「誰も」


視線を

ユジャへ向ける


「正式に頼む」


一拍


「王族の魔女として

共に戦ってほしい」


ユジャは

少しだけ目を細めた


「今さら確認するの?」


肩をすくめる


「あなたがどこまで成長するか」


一拍


「見極める価値はあるわ」


スッ


視線が

ヴィヴィの右手へ落ちる


「この三日間で

ガントレットを整えておいたわ」


ヴィヴィの眉が動く


「整えた?」


ユジャが

ゆっくり目を細める


「勘違いしないことね」


「使うんじゃない」


一拍


「――選ばれるの」


空気が沈む


ヴィヴィの喉が鳴る


「龍神に……?」


ユジャは

短く頷いた


「応えなければ

ただの器よ」


ゴゴゴ……


空気が

静かに重くなる


力ではない


選ばれる可能性だけが

残された


その裏で――


別の歪みが

静かに育っていた


未完成の龍神が

空を引っ掻いた

あの瞬間


層は

わずかに裂けた


閉じるはずの境界が

ほんの一瞬だけ


――閉じきらなかった


細い通り道が残る


目には見えない


だが

確かにある


深い層へ落ちる傷


――消えなかった


ピシィ……


どこか遠くで


まだ

膜が鳴り続けていた

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