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第10章 前世 濃桃 夜に咲いた一度きりの誓い

「気づけば

世界の方から

寄ってきていた」


ヴィヴィは――

18歳になっていた


容姿

強さ

カリスマ


しかも黄金の王族


目を逸らせる理由がない


放っておかれるはずがなかった


それが

18歳のヴィヴィへ

勝手に集まり始めた

熱だった


女性たちの囁きも

止まらない


胸の奥で


黄金が

ドクン……と鳴る


――悪くない


新王子の任命式は三十日後


アサド王とラブア王妃の

後継者としての責務


――俺がやるしかない


自信か

過信か


そのどちらだとしても


新王子ヴィヴィを

ふたりの女性が心配していた


✦ ✦ ✦


《舞姫団》


エスターニャ・コモサス星の

踊り子集団


ヴィヴィとシューは

新王子任命式の催しの打診のため

北の大地まで足を伸ばしていた


稽古場は


――色が舞う


布が揺れるたび

空気まで華やぐ


美と熱が

空間そのものを染める


更に踊り子たちは

ヴィヴィを見て頬を染める


ヴィヴィの視線は

ひとつの場所で止まった


(……違う)


そこだけ

空気の流れが変わる


舞姫団のエース


リンダ


美しい


ただ綺麗なだけじゃない


視線を奪うのに

押し付ける気配がない


――面白い


白い肌

長い髪が

灯りを流す


細い指先が動くたび

視線が吸い寄せられる


彼女がただそこに立つだけで

場の空気が変わる


気づけば


誰の視線も

彼女から外れていなかった


団長が進み出る


深く頭を下げた


「ようこそお越しくださいました

王子殿下」


ヴィヴィは

リンダを見ながら

要点だけ告げる


空気が

わずかに揺れた


団長の声が

静かに落ちる


「承りました」


「主舞は――リンダで」


リンダは返事をしない


ただ

ヴィヴィを見た


長い睫毛の奥で

桃色の視線が揺れる


扇が舞う


ヒュ……ッ


細い指先が

空気を撫でるたび

熱が流れる


そのまま

何事もないように

稽古を続けていく


だが


視線だけは

何度もヴィヴィへ触れていた


ヴィヴィの胸奥で

黄金が

トクン……と鳴りかける


知らない桃色が

特別に思えた


だが


黄金はまだ黙ったまま

呼ばれていない


――まだ


✦ ✦ ✦


稽古が終わる


灯りが少し落ち

布の揺れだけが残る


団長が進み出た


「殿下

明朝から通し稽古を」


声が低く続く


「今夜はこちらへ」


王城へ戻れば


また

王子が始まる


視線

期待

責任


全部が

ヴィヴィへ集まる


そのどれもが

避けたいものじゃない


むしろ

背負うべきものだ


わかっている


だが


少しだけ

息が詰まった


王になる

未来を背負う

誰かの光になる


それは決めている


けれど


18歳の自分は

どこへ行く


ドクン……


胸の奥が鳴る


一晩だけ


王子じゃない自分で

いたかった


誰にも決められず

誰にも期待されず


ただ

ひとりの男として


呼吸をしたかった


ヴィヴィは

静かに頷いた


団員たちの視線が伏せられる


誰も何も言わない


だが


空気だけが知っていた


今夜は

ただの宿泊では終わらない


✦ ✦ ✦


灯りは弱い


布の影が揺れる


夜の匂いは

少し甘い


その中へ


リンダが来た


足音はない


気配だけが

先にある


「……殿下」


静かな声だった


媚びはない


だが

真っ直ぐだった


「私は知っています」


呼吸が薄くなる


「蒼の巫女――

マリア様のこと」


ズン……


空気が沈む


ヴィヴィは動かない


リンダは

ゆっくり続ける


「殿下は……もう決めている」


「誰と並ぶのかも」


「どこへ行くのかも」


長い睫毛が伏せられる


声は静かだ


「本当は……」


一拍


「そう思えたら

楽だったんです」


ヴィヴィの目が

わずかに揺れる


リンダは笑わない


誤魔化さない


「私は」


小さく息を吸う


「殿下が好きです」


静かな告白だった


けれど


その一言だけは

逃がさなかった


「好きにならない方が

よかったのかもしれません」


「でも」


指先が

わずかに震える


「好きでした」


長い沈黙


それでも


視線だけは逸らさない


「だから」


「今夜だけ

私の想いを受け止めてください」


「終わらせるためじゃありません」


一拍


「ちゃんと

好きだったと残すためです」


ヴィヴィは

静かに息を吐く


それから

一歩近づいた


リンダの髪へ触れる


やわらかい


香が近い


「……リンダ」


低い声だった


「誰に流される気もない」


「隣に立つ相手も」


「生き方も」


「全部

俺が決める」


リンダの瞳が

わずかに揺れる


「だから――」


ヴィヴィの指先が

髪を滑る


「今夜ここにいるのも

俺が選んだ」


短い沈黙


リンダは

ゆっくり目を閉じた


拒まない


けれど


奪おうともしない


カチリ……


扉に鍵がかかる


触れた瞬間――


黄金が

トクン……と一度だけ鳴る


長いのか


短いのか


もうわからない


ただ


黄金の奥に

桃が一滴


静かに滲んでいた


それは

永遠を望む色じゃない


今だけを抱く色だった


✦ ✦ ✦


夜明け前


リンダは

ゆっくりと身を起こした


乱れた衣を整える


振り返れない


振り返ったら

終われなくなる気がした


二つの月明かりが

静かに差し込んでいる


薄い光が

肌の輪郭をなぞる


まだ残る温度だけが

そこにあった


ヴィヴィも動かない


天井を見たまま


ただ

息だけをしている


リンダが

小さく息を吐く


「……殿下」


ヴィヴィは動かない


「私といたかったんじゃない」


静かな声だった


優しいまま


少しだけ

寂しかった


「殿下は」


一拍


「逃げたかったんですね」


ドクン……


胸の奥が鳴る


リンダは続ける


「ずっと」


一拍


「頑張っていたんですね」


長い沈黙


ヴィヴィは否定しない


できなかった


リンダは

少しだけ笑う


寂しそうに


けれど

責めない


「それでも」


「今夜

ここへ来てくれて

よかった」


その言葉だけが


やけに重かった


ヴィヴィの指先が

わずかに動く


リンダは

それを見ない


見たら

離れられなくなる


「でも……」


小さく息を吸う


「殿下が」


「ひとりでいる姿は

寂しすぎます」


静かな声だった


「誰かを守るために

前へ出る人です」


一拍


「だから」


長い沈黙


視線が揺れる


涙は見せない


けれど


最後まで

願いだけは隠さない


「殿下が」


小さく息を吸う


「本当に

大切だと思える人と」


一拍


「ちゃんと

並んで歩いてください」


ドクン……


黄金が鳴る


ヴィヴィは

ゆっくり目を閉じた


今夜を選んだ


自分で選んだ


誰にも命じられていない


だが


自由になった気はしなかった


むしろ


自分が何から逃げたのかだけが

見えてしまった


王になる前の自分


強くなりきれない自分


何かが

少しだけ

重かった自分


全部が

そこにいた


リンダは

扉へ向かう


もう振り返らない


振り返れば

願ってしまうから


「……幸せになってください」


声が

少しだけ震えた


一拍


喉が詰まる


けれど


それでも笑った


ヴィヴィは

黙ったまま聞いている


リンダは

微笑む


寂しく


けれど

綺麗に


「私は」


呼吸が揺れる


それでも

最後まで崩れない


「好きになれて

幸せでした」


その一言だけは


最後まで嘘じゃなかった


扉へ手をかける


「だから」


一拍


「今夜は

私の宝物です」


カチャ……


扉が開く


月明かりが流れ込む


「さようなら

ヴィヴィ様」


扉が閉じる


静寂


ヴィヴィは

天井を見たまま動かない


胸の奥で


黒くなりかけていた黄金へ


桃色が

一滴だけ残っていた


消えない


だが


もう戻らない色だった


✦ ✦ ✦


同じ頃


マリアは

蒼紋へ手を伸ばし


そのまま止めた


「……違う」


ひやり――


なのに


どこか暖かい


胸元の蒼石が

ギュ……と締まる


重い……


重力そのものが

落ちたように


マリアは

理由を探らない


ただ


祈りを深くする


見えない何かが


薄く

ずれている


それでも――


闇へ落ち切る寸前で


誰かが

ヴィヴィの手を引いた気がした


理由はわからない


だが


蒼だけが

それを知っていた


✦ ✦ ✦


通し稽古の前


シューが

足を止める


クン……

クン……ッ


焦げた灰が混じる


ここは練習場だ


戦場じゃない


なのに


“起きた後”の匂いが

“起きる前”にある


ゾワ……


背が逆立つ


吠えない


走らない


ただ


王子の影を外さぬよう


低く呼吸し

並走する


――違う


もっと先だ


三十日後


任命式の朝に

同じ匂いが立つ


灰の匂いは

まだ消えない


(……終わりじゃない)


(……来る)


胸の奥で


翠が

低く鳴った


ドクン……


誰もまだ知らない


灰の匂いは


まだ

消えていない


ドクン……


翠だけが


その方向を

見ていた

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