第七章 凍てつく再会、夜の鬱憤
北風が吹き始め、夜気が一段と冷たさを増した冬の初め。黎央は、昼の王妃通いに激しい気まずさを感じていた。己の内に宿る暴虐な衝動を恐れ、王妃に近づけない苛立ちを募らせていたそんなある夜、ついに御苑の池のほとり側で、護衛の「水」が姿を現した。
それは、毒殺事件の苦しい日々を乗り越え、王妃としての身体が完全に回復してから、ちょうど一ヶ月ぶりのことであった。
「……やっと来たか!」
黎央は再会の言葉よりも早く、飢えた獣のように瑞月へと躍りかかった。成熟した大人の男の凄まじい力で木刀を打ち込み、瑞月を池の岩陰へと押し込む。黎央は瑞月の胸ぐらを掴んばかりに顔を近づけ、激しい怒りと共に問い詰めた。
「なぜだ! なぜあの夜に毎日会うと約束を交わしておきながら、今まで一度も姿を見せなかった! 王妃の身体が回復してから一ヶ月もの間、その間にお前と全く会えなかった理由を、今ここで私に問い詰めさせろ! どう抗弁する!」
瑞月は黎央の激しい怒りを受け止めながら、声を低くして冷静に返した。
「……滅相もございません、陛下。王妃様が毒から回復されたとはいえ、後宮内は未だ不穏。私は王妃様の専属護衛として、周囲の警戒強化を解くことができず、御苑へ赴く余裕など一瞬ともございませんでした」
その弁明は完璧だったが、黎央の胸に燻る火は消えなかった。昼間、王妃に対して抱いている「迫ってしまった気まずさ」と、彼女に近づけない苛立ち――そのすべての鬱憤を、黎央は目の前の護衛「水」へと激しく叩きつけた。
「言い訳など聞かん! お前が来なかった間、私の心がどれほど渇いていたか、その身体に教えてやる!」
黎央は昼の王妃通いの気まずさから生じる鬱憤を夜の護衛に撒き散らすように、狂ったように木刀を振り回して襲いかかった。瑞月はその重く荒々しい一撃一撃を全身で受け止め、黎央の心の傷をすべて吸い上げるように剣を合わせた。
この夜を境に、二人は毎日深夜、御苑の池のほとりで密会を重ねるようになる。黎央は昼間の王妃への気まずさを紛らわせるかのように、夜の護衛にすべての感情の鬱憤を撒き散らし、瑞月もまた、それを黙って受け入れ続けた。
そうして二人の肉体と魂の境界が危うく融解していくなか、雪が激しく舞い散る冬の終わり、ついに実家の水家から秘密の伝書が届いた。
そこには、出奔した妹・美蘭に関する驚くべき経緯が詳細に記されていた。水家は美蘭を連れ戻すため、裏で密かに画策し、彼女が駆け落ちした愛する男に、わざと別の女と不倫を働くよう仕向けたのだ。男のあまりに容易い裏切りを目の当たりにした美蘭は、激しい幻滅と絶望のなかで涙を流し、自らの愚かさを悔いて実家へと泣きついて戻ってきたという。
伝書の最後には、こう締めくくられていた。
『美蘭が完全に実家へと戻った。すべての準備は整った。新月の夜、王宮の裏門にて速やかに入れ替われ』
私室に瑞月と侍女3人が集まり、密やかに荷物をまとめ始めた。瑞月は真剣な表情で頷いた。
「やってみせる。何が何でも王妃の仮面を被り通し、最後を飾ってみせる。水家の名に懸けて」




