第六章 不倫事件の嵐と、昼の衝撃
王妃の毒殺未遂からしばらく経ち、冷え込みが厳しくなった頃。後宮の腐敗はそれだけにとどまらなかった。最高位の側妃である華貴妃が、近衛副隊長と密かに通じ、夜な夜な不倫を重ねていたという決定的な証拠が、蘭の情報網によって暴かれたのだ。
厳粛な空気が流れる大殿の、冷たい大理石の上。そこでは凄惨な尋問が行われていた。玉座には冷徹な表情の黎央が座り、そのすぐ隣の椅子には、病から一応の復帰を果たした瑞月が、王妃の正装を身にまとって静かに座っていた。顔色はまだ完全に優れないものの、その佇まいは凛として揺るぎない。
廷下には、後ろ手に縛られた華貴妃と、血の気の引いた顔で平伏する近衛副隊長が並べられていた。
「陛下、これは罠にございます! 誰かが私をおとしめるために仕組んだ偽りの証拠です!」
華貴妃が狂ったように叫び、呪詛を吐き散らす。しかし、黎央の目は完全に据わっていた。先に麗妃らをその場で斬り捨てたあの狂気と冷徹さが、再び大殿を支配する。
「不義密通の罪、言い逃れはできぬ。我が後宮を、ひいては近衛の規律を汚した代償は、その命で支払え」
言い終わるや否や、黎央は玉座から立ち上がり、腰の宝剣を凄まじい速さで引き抜いた。大殿に鋭い風が鳴る。黎央は躊躇うことなく、平伏していた近衛副隊長の首を一閃してその場で斬り捨てた。
「……がはっ……!?」
鮮血が大理石の床へ激しく飛び散り、男の肉体がどさりと崩れ落ちる。目の前で繰り広げられたあまりの惨劇に、華貴妃は悲鳴すら上げられず、ガチガチと歯を鳴らして恐怖に震えた。黎央は血に染まった剣をそのままに、冷酷な声で言い放った。
「華貴妃は身分を剥奪し、即刻、極寒の地へ流刑に処す。二度と私の前にその顔を見せるな」
引きずられていく華貴妃の絶叫が大殿に響き渡る。
尋問が終わり、百官が恐怖に震えながら退いた直後。黎央は狂気的な眼差しのまま、隣の椅子に座っていた瑞月の手を強く掴み、荒々しく誰もいない奥の休息所へと連れ去った。休息所の扉が閉まるや否や、黎央は王妃の仮面を剥ぎ取ろうとするかのように、至近距離で瑞月に激しく迫った。これまでにない、昼の衝撃が瑞月を襲う。
「お前は本当に、水家のお抱え護衛から護身術を学んだだけなのか……? なぜお前の身体の芯は、これほどまでにあの護衛の男と似ている!? なぜお前は、あの男と全く同じ鋭さで国政を見通せるのだ! 答えろ、王妃!」
だが瑞月はあえて抵抗をピタリと止め、凍てつくほどに強い瞳で、己を圧倒する黎央の目を真っ直ぐに射抜いた。
「……私の忠誠をお疑いであれば、どうぞこの首を撥ね、お好きになさいませ、我が君。ですが、陛下。あなたが今、あの裏切りへの怒りを私にぶぜ、力尽くで私を屈服させることで得るものは、一時の虚しい支配欲だけです。私は……あなたに、これ以上ご自分を傷つけてほしくないのです!」
若輩とは思えぬ真摯な言葉、その眼光。それは、かつて自分を諫めてきたあの護衛「水」のものと完全に重なった。黎央が激昂をさらに募らせ、瑞月の肩を強く掴もうとしたその瞬間、休息所の重々しい扉が静かに開いた。
「そこまでになさい、兄上」
現れたのは、すべてを察したような冷徹な瞳をした王妹・明凛であった。彼女の毅然とした制止の声に、黎央はハッと我に返る。明凛の放つただならぬ気配と、瑞月の魂の気高さに圧倒されたように、黎央は苦い表情のまま掴んでいた手を離し、逃げるようにその場から立ち去っていった。
この時の、王妃に対して激昂して迫ってしまった衝動への嫌悪と当惑が原因となり、黎央の胸には、昼間に王妃の宮へ通うことに対する強い「気まずさ」が生まれ、二人の間には奇妙な距離ができてしまう。




